透司郎の後悔
月紗を襲う寸前のところでかろうじて自我を取り戻した俺は、今果てしないほどの後悔に身を包まれていた。
(俺のバカ……なにしてんだよ、いったい)
それは言わずもがな、月紗にしてしまったことに対する後悔である。
もちろん最初からそれを狙って月紗を連れ帰ったなんてことは間違ってもない。それは自分が自分自身に断言できる。しかし現実は、神社で路頭に迷っていた女の子を連れ帰って襲ったのと、なんら変わりがない状況に陥っている。確かに一緒に寝ようと提案してきたのは月紗ではあるが、だからといって自分のしたことに対してはなんの言い訳にもならない。なんでよりによって月紗を襲うなんて(正確には襲いかけた、だが)ことをしてしまったんだろうか。今まで知らなかった自分の理性の弱さというものに、たまらず吐き気がしてくる。……最悪だ。人生で一番、最悪だ。もしこのことで明日月紗が何か言ってきたなら、――いや仮に月紗が何も言ってこなかったのだとしても、土下座でもなんでもして全力で謝ろう。そう決める。
「すぅ……すぅ……」
依然俺の目の前では月紗が心地よさげに静かな寝息を立てている。
けれどもうそれをどうにかしようなどという気は、まったく起きない。
とにかく明日月紗に、全力で謝ろう。俺の頭に中にあるのは、その思いだけだった。
もう寝るか……
しかしそう思って眠る向きを変えようとした、その時だった。
「すう……すう……う〜ん」
――っ!?
あろうことか、月紗が寝返りを打ってこちらに振り向いてしまい、にわかに焦りがつのる。
ドクン、ドクン
「すぅ……すぅ」
月紗はまだ寝ているようではあったが、こちらはもうそれどころではない。
さっきまで襲いかけていたことの罪悪感もあってか、信じられないほど速く心臓が鼓動を鳴らす。しかも否応なく月紗に視線を向ければ、その胸元はさっきの事象のせいもあってか若干はだけており、その隙間からは月紗の白い肌が覗く。なんだったら視線を少しでもずらせばそこには月紗の胸の先まで見えそうで、俺の心臓はさらに一段階鼓動を速める。
「――――っ!?」
これはもう、ほんとにやばい!!
さっき後悔して二度とやらないと決めたばかりなのに、その決意を自分の本能があっさり覆してしまいそうだ。……けれどこれ以上はだめだ! すでにもう百回怒られても仕方がないようなことをしたのだ。これ以上は、絶対にいけない。……いけないと、思っているはずなのに。
「すぅ……すぅ……」
俺の意志に反して俺の視線は徐々に下の方へと向かって行ってしまう。
月紗の顔、首筋、そして胸元……
さらに袴の隙間から覗く月紗の肌は、ほんのり汗ばんで紅潮していて、余計に俺の情緒を駆り立ててくる。まるで汗ばんだ肌が磁石のように、俺の指先を惹きつけてくる。
「すぅ……」
気づけばとうとう、俺はその指を月紗の胸元にそっと近づけていた。
心の中では「だめだ、だめだ」と思いつつも、どうしてもその指の動きを止められない。
やがて当然のように俺の指は月紗の体までもう数センチのところに辿り着き、次の瞬間にはその肩にそっと、初めてピアノを触るときみたいに慎重に触れた。
「ん……すぅ」
それから徐々に徐々に指を下ろしていき、月紗の肩、首筋、鎖骨と、なぞるように胸元に向けて進行していく。
そこでふと少し思った。
もしかしてなのだが、月紗も本当は起きているのではないか……? と。
なんでそう思ったかはわからない。
けれど月紗の肌身に触れた瞬間、なんとなく月紗も今の自分と同じ気持ちにいるのではないかと、そんな気がしてならなくなった。それならばむしろ説明がつく。あれだけのことをしても月紗が起きなかったことも、こうもタイミングよく月紗が寝返りを打ってきたことも……あるいは、
ガタッ
しかしそう思った瞬間に外から窓を開くような大きな物音がして、俺は反射的に手をひっこめた。即座に窓の方に振り向いて、でも当然寝ている状態では何も見えるはずはなくて、次に俺が月紗の方を向いた時には、月紗はもう寝返りを打ちなおして、こちらに背を向けていた。
その様子を見て、俺もようやく落ち着いて物事を冷静に考えることができるようになる。一度だけ大きく深呼吸をし、仰向きに向き直して天井を見る。
「ふう……」
さっきの大きな物音のおかげで、理性も今はすっかり回復していた。
けれど最初みたいな後悔は、今はない。
ただ純粋にぼんやりと、月紗のことを考える。
月紗も……起きてた。
――いや、そんなわけあるはずないか。それはきっと、自分自身の防衛本能だ。自分のしたことに対する言い訳を作るため、自分の頭が作り出した都合のいい事実。それがこの感情の正体だ。やっぱり月紗には明日、ちゃんと謝ろう。もしかしたら許してくれないかもしれないが、こんな気持ちを抱え続けて生きるよりは、全然ましだ。それで出ていくというなら、それはきっと俺が悪い。逆に月紗がそれでも出ていかなったとしても、今度はちゃんと間違いがないように距離を保とう。そう決めて、俺は目を閉じ、ようやくの眠りにつく。
目を閉じた真っ暗な視界には、今までにはない二人分の寝息が、耳に届く。
その音は、申し訳なさと同時に、少しの安心感を、俺に感じさせた。




