寝返り
(ひゃ――っ!)
というのもなんと、さっきは誤って触れたと思われる透司郎さんの指が、再度まるで手を置くように、私の背中に触れたからだ。
(――――っ!?)
けれど先ほどと明確に違うのは、今度はたぶん誤って触れたのではないということ。
背中にとすんと置かれた透司郎さんの指は、明らかに意思がある。
……もしかして透司郎さん、まだ起きてる!?
けれどどうにも、確証がない。確証がない以上、私から動くわけにはいかない。なので仕方なく私は、背中に触れる透司郎さんの指はそのままに、寝たフリを続行した。それがいけなかった。
(ひゃう――!?)
私がじっとしていると、今度は透司郎さんの指が、私の背中から徐々に、私の前方へと歩み寄ってくる。それはもう、寝ている人のそれではない。……けれど、確証がない! おそらく透司郎さんは起きてると思うけど、かと言って透司郎さんが寝ぼけてこうしてる可能性も、まだ若干残されている! その可能性が存在する以上、私は動けない! なぜなら寝たフリを押し通すことこそ、今の私の最大目的だからだ。けれどけれども……
(ひあ――っ!)
透司郎さんの指はさらにさらに私の前側へと場所を移動してくる。
透司郎さんの指が背中から腕の内側、そしてそこから私の体の稜線に移動するにつれ、私の声もどんどん限界に近づいてくる。透司郎さんの指が服の上からとはいえ私の肌をなぞるたび、情けない悲鳴が口をついて出そうになる。
――これ、ほんとにちょっとまずいんじゃ!?
けれどここまで来ると、私ももう意地だ。
覚悟を決めた私は、意地でも声をあげるもんかと、持てる力の全てを喉元に集中する。
依然心臓は嵐のようにバクバク鼓動を打っていたけれど、思ったより服越しになら透司郎さんにそれは伝わってないようだった。この調子ならいける! 謎の自信をもって、私は透司郎さんの侵攻に耐える準備をする。
(――――っ!!)
その間にも如実に透司郎さんの指は私の前方に回り込んできており、とうとうそれは私の左胸に到達する。
(――っ!)
けれど前もって覚悟を決めていた分、十分耐えられる!
透司郎さんの指は私の左胸に当たり、やがてただ触れているだけでなく小さく揉むような動作をし始めるが、それでも私の牙城を突き崩すまでには至らない――と言いたいところだが、ここらへんでとうとう私の吐息は通常とは異なり始めていた。
「すう……ん、すう……」
今更気付いたけど、もうとっくに私の吐息は通常に比べてだいぶ熱気がこもっていた。
たぶん今逆を向いたら、一瞬で透司郎さんい起きていることがバレてしまうだろう。でも背中を向けている今の状態なら、まだ大丈夫。……たぶん。
「ん……すう、すう」
しかしなんとも、透司郎さんの攻勢は全然終わらない。どころか、動きを重ねるごとに激しさを増す。最初は表面をなぞるだけだったその動きが、やがて軽く質感を試すようになり、最後には明らかにというか完全に、私の胸を揉んでる状態に変わった。
「ん……はあ……すう」
――もうここまで来ると、我慢とか寝たフリとか、そういう問題じゃない気がする!
そう思ったけど、なぜか私の体は動かない。動けない。
しまった……ここまで我慢してしまった分、もはやどうやって動き出せばいいか、全然わかんない! けれどそうして私が思い悩んでるうちにも、透司郎さんの指は繰り返し繰り返し私の胸を触り、私は別の意味でも我慢ができなくなってくる。
(こ、このままじゃ、ほんとのほんとにまずいっ! も、もうダメ!!)
しかしそこでようやく……
(あ、あれ……?)
透司郎さんの動きが、なぜか止まった。
さらには、私の胸にあった透司郎さんの指が、まるで蛇が逃げるようにするりと後方に消えていく。
(た、たすかった……)
透司郎さんの指が私の体から完全に離れて、安堵の嘆息をつく。
透司郎さんにわからないようにすう……はあと一度大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。
――落ち着けた……はずだったんだけど。
(うぅ……なにこれ)
体が、熱い。
まるで熱に浮かされたように、頭がぼうっとする。
体の芯、とりわけ足の方から、変なむずむずが胸に伝わってくる。
(とうしろう……さん)
思わずそれは、声になりそうだった。
幸いにしてなんとか心の中だけで留め置いたけれど、その言葉が出てきたことに、私は非常にびっくりした。
(あれ……わたし?)
と同時に、一つの疑問に思い当たってしまう。
それは『私は本当に、動けなかったのだろうか?』という疑問。
それは我ながら信じられない問いではあったけれど、私の心はもうその答えを知っているようだった。
――認めない。
私はそんな不埒な自分は、認められない。
けれど……
「すう……すう……う〜ん」
私は、我ながら思いもよらぬ行動をとった。
体のうずきを止められなかった私は、なんと寝たフリをしたまま透司郎さんの方に寝返りを打ったのだ。
だってこのままじゃ、全然寝られそうになかっただもん。
――火照った体を冷ますため。
そんな謎な言い訳をしながら、私は透司郎さんの方に寝返りを打ち、再度寝たフリを継続するのであった。




