ベッド
ガタ、ガララッ
「……あっ!?」
――しかしそこで、さっきまでとは明らかに種類の違う音が下の階から響いてきて、直感的にそれが透司郎さんがお風呂から出た音だと、わかった。それで私は急いで箱の中身を元に戻し、部屋を後にした。全速力でリビングに向かい、まるでずっとそこにいましたと言わんばかりに、ソファの上にちょこんと居座り直す。それからちょっと経って、透司郎さんがドアをカチャリと開けて、リビングの中に入ってくる。というか、リビングに来る前になんか二階に行ったような気配もしたので、本当に危なかったなとドキドキする。万が一上の階で鉢合わせなんかしていたら、もう最悪だ。せっかく家にあげてもらっておいて、その人の家を家探しするなんて、最低のすることだ。いや家探しはもうしちゃったのだけれど……ごめんなさい。
リビングに入ってきた透司郎さんが、布でわしゃわしゃ髪を拭きながら、私に言う。
「ちょっとついて来てくれるか、月沙?」
「は、はい」
言われてサッと、私はソファから再度立ち上がる。
タタタッと透司郎さんの元に駆け寄って、けれど透司郎さんの雰囲気がなんか、色っぽい。頭が濡れてるからだろうか? 夜の水面のように艶めく透司郎さんの髪の毛は、なんかちょっとずるい。
「こっち」
「はい」
透司郎さんはリビングを出て二階にあがり、私をその部屋に案内してくれる。
そうそれは、ついさっきくしくも覗いてしまった、透司郎さんの部屋だ。
透司郎さんは言う。
「これ、俺の部屋。汚くて悪いな、一応さっき軽く片付けはしたんだけど」
いえ、全然綺麗です、透司郎さん。というかごめんなさい、知ってました。
「とりあえず今日は俺の部屋で寝てくれる? もうベッドここにしかないからさ。……それじゃ、俺は下のソファで寝るから。おやすみ」
バタンと、それだけ言い置いて透司郎さんが下の階におりていく。
一人残された私は、ぼーっとその部屋の中を見渡す。
「透司郎さんの部屋……か」
そして夢うつつな状態で一歩二歩歩いていって、ボフンと透司郎さんが『ベッド』と言ったお布団の上に倒れ込む。
「ふぅ……はあ」
うつ伏せになって深呼吸すると、ふわっと透司郎さんの色が頭の中に立ち込めてくる。
「ふう……」
それから私はもぞもぞと体勢を整えて、お布団の中に器用に潜っていった。
数百年ぶりに入るお布団の中はすごくふわふわで、まるで天国にいるみたいに気持ちが良かった。これが現代のお布団か……すごいな、現代の進化は……なんて。
すやすや、と――その気持ちの良すぎるお布団で私が眠りに入り始めるのに、たいした努力は必要なかった。久しぶりに神社の外に出て、思ったより心労も溜まっていたのだろう。あるいは急に新しい物に触れすぎたせいかもしれない。すぐに私はうとうとと夢の世界に入り始め、その夢の中で今日の色んな出来事を思い出していた。
朝からいつものように社の中でいつ来るかわからない参拝客を待ち続けたこと。
お昼すぎになんと数日ぶりに、一人の男の人が神社にお参りに来てくれたこと。
張り切ってその人の願いを叶えてあげようとしたものの、やっぱり私の未熟な力では無理だったこと。
そしてなぜかその男の人が、神様になってから初めて私のことを見つけてくれたこと。
――今日という日はまるで、夢のような一日だった。
数百年ぶりにまともに誰かと話すことができただけでなく、見て触れてなぜか神社の外に出ることもできた。それから透司郎さんの家で、多くの新しい物を知った。それは神社の中では見ることのなかった現代の色んな機械のことだけではなく、透司郎さんの優しさも、温かさも……
『……そっか、悪い。お前、靴履いてなかったのか。そりゃ痛いよな、素足でこんなにアスファルトの上歩いたら』
『悪い、月沙、ちょっとだけ我慢してくれ! よいしょっと!』
『――ちょっと恥ずかしいだろうけど、我慢してくれよ。こっからまだ結構遠いんだよ、俺ん家。でも俺も恥ずかしいから、おあいこだろ?』
嬉しかった、な……あの時は。
透司郎さんが私のことを気遣ってくれて、その気遣いは微妙に方向が違ったけれど、結果的に私の気にしていたことは全て解決された。
透司郎さんは、すごい。今日出会ったばかりなのに、まるで私のことを全部わかっているみたいだ。私が死ぬ前にしてほしかったことを、全部してくれる。
透司郎さんは、すごい。
透司郎さんは……
「――――って、何してるの、私っ!?」
しかしそこまで思い至って、私は唐突に目を覚ます。
そしてブンブン頭を振って、正気に戻る。頭の中ではとてつもない情けなさに打ち震えながら。
「透司郎さんにそこまでしてもらっておいて、何普通にベッドで寝ちゃってるの、私!? お布団ここにしかないって、下のソファで寝るって、ソファってあれだよね。私がずっと座ってたあのふかふかの椅子のことだよね!? ありえないでしょ! なんで私がお布団で寝るせいで、透司郎さんがあのソファで寝ないといけないの! いや別にあのソファもふかふかではあるけど……けど!」
バンッと、私は飛び立つようにベッドから立ち上がって部屋を出る。
さっき家探しをした時みたいに全速力で階段を駆け下りて、リビングの部屋に入る。
バンッ
「うわっ、ど、どうした、月沙!?」
リビングに入ると、すでに透司郎さんはソファの上で横になっていたようで、びっくりした顔でこちらを見た。そんな透司郎さんの方に私は駆け寄り、早口で透司郎さんにまくし立てた。
「と、透司郎さん! やっぱりダメです! 透司郎さんが上のお布団使ってください!」
「は……? なんでだよ。別にいいよ、俺はここで」
「ダメです! 透司郎さんがソファで私だけお布団なんて、しかもあんな上質な……絶対にあり得ません!」
「いや、そんな上等な布団じゃないと思うけど……つか、それこそあり得ねえだろ、女の子をソファで寝させて俺だけベッドなんて。一応客人だし」
「いえ、ダメです! ダメなものはダメなんです!」
「訳わかんねぇ……ああ、もし気遣いしてくれてるなら、あれだぞ。そんなん必要ないぞ、月沙。俺普段からソファで朝までうたた寝することよくあるからさ。まじで気にすんなよ」
「でも、ダメなんです! 私が納得いかないんです!」
「だから、仮にお前がそれで納得いかなかったとしても、お前をソファで寝させたら今度は俺の方が納得いかないっつの。ちょっとはわかるだろ?」
「でも」
「この件で議論するつもりは毛頭ない。もう寝ようぜ、明日も早いんだし……」
「でも……」
うぅ……思ったより強情だ、透司郎さん。やっぱりと言うべきなのかもしれないけど。
けれど私も引くに引けない。こうなったら……!
「じゃ、じゃあ、一緒に寝るのは、どうですか!? それなら文句ないでしょう!?」
「……は?」
――はっ? な、何言ってんだ、私っ!?
でももうこの方法しかない!
熱くなった頭で私は再度口にする。
「だから、一緒に寝れば文句ないでしょう、透司郎さん! そうすればお互い不満もなく万事解決! どうですか!」
「ど、どうって……」




