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その部屋

 どきどき。

 人の家に上げてもらっておいて無断で家探しするなどもってのほかだけど、どうしてもこの好奇心を抑えられない。それにもしかしたら、明日には実体化が解けて再び神薙神社の外に出られなくなってしまう可能性だってあるのだ。それを考えれば、ちょっとの好奇心ぐらい、神様だって許してくれるはず! ……いや私がその神様なのだけど。というか、神薙神社の外で霊体に戻ったら、私どうなるんだろ? ピューンって、自動的に神社まで飛ばされちゃうのかな? とにかく私は、ずっと気になっていた二階へのぼる階段に、足をかける。二階にのぼるなんて、たぶん生まれて初めてだ。人間だった頃の記憶はほとんどないけれど、何をしたことがあって、何をしたことがないとか、当時の生活様式とか家の様子とかだけは、なんとなくわかる。覚えているわけではないけれど、わかる。だから断言する。私は生まれてこの方二階にのぼったことが、たぶんない! そんな私にとってこの階段は、まるで夢にのぼる階段と、同義だ。ぎし、ぎしっと、一歩一歩どきどきした気持ちで階段をのぼっていく。一段、またもう一段、と……やがて私の目に二階の床が見えてきて、私は夢の終わりを感じる。ああ、これが夢にまで見た二階の景色か……そんなバカみたいな感慨にふけながら、私は二階の床へと足を踏み入れた。

「なんにもない……けど」

 確かにここには、夢がある。

 そう、ここは地上ではないという、夢が。

 ふっ、もういくらなんでも私だってわかってきたよ……現代では二階なんてたいしたものじゃないってことぐらいはね。だって確かにほとんどの家は二階建てぐらいの高さ、あるもんね。けどそれでも、これは夢なのだ。ふっふっふ、今私は、宙に浮いている! ふっはっは!

 ガタンッ

「――っ!?」

 私が心の中でそれこそバカみたいに高笑いしていると、不意に下の階から大きな物音がして、びくっとする。慌てて柵の所から下の様子を覗くけれど、どうやら別に透司郎さんがお風呂から出てきたというわけではないらしかった。たぶん物か何かが落ちた音だろう。家の中が静かな分、透司郎さんのお風呂の音もある程度外まで響いてきていた。とにかくその音のおかげで、私は変にたかぶった気持ちをやや落ち着けられる。

「す、すみません、透司郎さん……」

 思わず謝罪の言葉が口をついて出る。もちろん誰に言ったわけでもないけれど。

「ど、どうしよう……」

 今更ながら勢いで二階にまで来たことに、若干の後ろめたさを感じ始める。

 けれど「ちょっとだけなら……いいかな?」なんて、とりあえず一番手前の部屋のドアに、手を伸ばす。

「し、失礼します……って、これはダメだ!」

 しかしドアを開けた瞬間にその部屋が透司郎さんの部屋だとわかって、すぐさま私はドアを閉めた。なぜか知らないが、鼓動も急に速くなってくる。

「はあ、はあ……さすがに透司郎さんの部屋は、ダメだよね」

 透司郎さんの部屋と思しき部屋はスルーして、今度はもう少し奥に向かう。

 この時点で「うぅ、やっぱりこんなこと、良くないよね……」なんてだいぶ後悔し始めていたが、かと言ってやはり私の足が下に向かうこともなかった。次で本当に最後にしようなんて思いつつ、私はその微妙にドアが開いた状態の、一つの部屋を見つけた。

「……?」

 それが何の部屋かはわからなかったけれど、その部屋は異様に私の心を惹きつけた。まるで見えない何かが私をそこに手招きしているみたいな。もしかしたらそれは私の罪悪感を誤魔化すための自分自身の方便だったのかもしれないけど、それでも私の足は自然とその部屋に向かった。

「し、失礼します……二度目の」

 そうしてそっと部屋のドアを動かし、私はその部屋の中を覗いてみた。

 それは、どこか不思議な感じのする部屋だった。

 真っ暗な室内は、なぜか異様なまでに整理されていて、物がほとんど置いていない。結構な広さの部屋にあるのは、掃除機と、端っこにあるいくつかの箱だけ。部屋が余っていて使ってないにしても、この部屋の整頓具合は確かに普通とは違った。ただそれよりずっと私の興味を引いたのは、これだけ何もない部屋にも関わらず、部屋の中がなぜかとてもあたたかい空気で満たされていたことだ。まるでほんの少し前までここに誰か優しい人がいたような……そんな空気が、ここにはある。

『――――て』

 不意に誰かから呼びかけられた気がして、導かれるように私は部屋の中へと入っていく。足音がしないよう静かに部屋の奥へと進んでいって……そこにある一つの箱に、手を伸ばす。本当はそれに触れるつもりなんて全くなかった。ここまで無断で来てしまったとはいえ、人の物に勝手に触ってはいけないという分別ぐらい、私にもある。けれどそれでも、私の手は再度導かれるようにその箱に伸びた。

 カタッ……

 箱を開けると、いくつかの品物が入っていて、さらにそのうちの一つが、不思議な引力をもって私の手を惹きつけてくる。

「……なんだろう、これ?」

 マグカップ……だったっけ?

 実物に触れるのは初めてだけど、何度か本とかで見たことはあった。

 けれどそれをすぐにマグカップと認識できなかったのは、私の知ってるマグカップとは少し形が違っていたからだ。なんか形が微妙に歪んでいて、まるで子どもが手作りで作ったような品物だった。以前写真で見たものよりずっと形が悪くて、なんか飲みづらそう……けどとても大切に扱われてたような、そんな形跡がある。なんとも不思議な……

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