料理
お風呂を終えてリビング(?)に入ったら、途端にふわっと美味しそうさな料理の匂いが鼻をついた。そのあまりに久しぶりすぎる至福の匂いを感じて、私は思わず涙がこぼれそうになった。でもここで涙なんか流したら変だってことは私でもわかったので、頑張ってこらえた。私がリビングに入ったすぐのところでそんな風に固まって立ち尽くしていると、料理場の方から透司郎さんが声をかけてきてくれた。
「ああ、月沙……もうできるから、そこの椅子座ってて待っててくれる? あとちょっとだから」
「え? あ、はい……」
透司郎さんに言われた通り、左斜め前にある食卓の席の一つに腰をおろす。すると間も無くして「よし、完成!」と透司郎さんがこちらにいくつかの料理の皿を持ってきた。野菜炒めとご飯とお水と……昔にもあったけれど、昔とは全然違う透司郎さんの料理を前に、私は聞く。
「えと……これは?」
「野菜炒めだけど? 悪いな、こんなのしか用意できなくて。料理苦手なんだよ」
「あの、そうではなくて……」
「もしかしたら味もちょっと濃いかもしれないけど、我慢してくれ。誰かに出すための料理なんか作ったことなかったからさ。つか俺もお腹減ったし、とりあえず食べてから話そうぜ。それじゃ、いただきまーす」
「え? あ……い、いただき、ます」
透司郎さんに勢いに押されて、私もつい『いただきます』と口にしてしまう。
透司郎さんは、強引だ。
私を神社から連れ出した時もそうだったし、有無を言わせず私を引っ張り回す傾向がある。優しい顔して、やることは結構強引で毎回ちょっとびっくりする。けれど……
「いただき……ます」
透司郎さんの作った料理を、口に運ぶ。
するとちょっと塩加減の強い味が口の奥につんと来るけど、やっぱり同時にたまらず涙が目の奥から溢れ出しそうになる。
「……どう? やっぱまずい?」
「いえ、確かに味は濃いですが、美味しい、です。美味しい……です」
「そっか、よかった!」
「はい」
透司郎さんが笑って私に返答する。
私も泣きそうになるのを必死にこらえて、笑顔で透司郎さんに返答する。
透司郎さんはきっと知らないのだろう。それが決して普通ではないんだということを。
誰かの手を引っ張ることも、誰かを平気で家に上げてくれることも、誰かのために料理を作ることも、決して普通のことなんかではないのだ。少なくとも私の時代では、見ず知らずの赤の他人を家に上げてくれることなど、決してなかった。なんの縁もゆかりもない他人が助けの手を差し伸べてくれることも、どんなにお腹が減っていてもわずかな食料さえくれることも、決してなかった。だから思わず、泣きそうになってしまうのだ。
「一応まだご飯もおかずもあるから、足りなかった教えろよ。残すのもったいないからさ」
「え? いえ、こんなに頂ければ十分すぎるぐらいですよ。そもそも本来私、ご飯必要ないはずですし」
「お前そのネタ好きだな。……それともあれか、やっぱり俺のご飯はまずかったか。……くそっ、次は絶対美味いって言わせてやるからな」
「え!? いえいえ、本当に料理自体は美味しいですよ!? あ、おかわりですよね! ぜひいただきます! いただかせて頂きます!」
「気、つかうなよ……わかってんだよ、俺も。あーもう、こんなことなら家庭科の授業もっと真面目に受けとくんだった! ちくしょう!」
「えっ、いや、だからその……!」
ふふっと、思わずちょっと笑ってしまう。
透司郎さんにもこんなとこあるんだなと。
強引で優しくて、ちょっと不思議な人。なぜか私のことを見て触れて気にかけてくれる、今までに出会ったことのないタイプの男の人。けれど自分の料理の出来栄えなんかを気にしてしまうところが、変に真面目でなんか笑ってしまう。
きっとこれは、夢に違いない。
だってあり得ないもの。私の体が実体化して神社の外に出れるようになって、挙げ句の果てこんな人に出会えるなんてこと。
けれどこれは夢ではなく、おそらく現実だ。
それは数百年の時のうちに生じた、一瞬のゆらぎのようなものなのかもしれないけど、それでも透司郎さんの声が、背中が、優しさが本物であることは、疑いようがない。
だから私は言う。
「本当に美味しいですよ、透司郎さん」
あなたは答える。
「もういいよ。次は絶対うまいって言わせてやるからな」
「はい、楽しみにしてます!」
そのつんとした声さえ、今は私の心を温かくさせる。




