家
それから十数分ほどして、私はとある一軒家の前にいた。
「よいしょっと……着いたぞ、月沙」
透司郎さんは丁寧に私を地面におろすと、やっとという感じで少しはにかんで言った。
「これ、俺の家。……悪い、どうしてもここぐらいしか思い浮かばなくてさ。今日はここで我慢してくれ」
「透司郎さんの……家」
言われて、私は目の前にそびえ立つとても大きな一軒家を見上げた。
その家は昔と違って真四角にしっかり地面の上に立ちはだかっていて、私はすっかり言葉を失ってしまった。どうしたらこんな豪華な家を建てることができるんだろう……? もしかして透司郎さんって、すごくお金持ちなのでは? 透司郎さんのあまりに大きな持ち家を見て、私はつい尻込みしてしまう。けれどそれはいわゆる私が時代遅れだったせいなだけのようで……
「……すごい家ですね。透司郎さんってもしかして、この辺りの地主さんか何かなのですか?」
「え? はは、バカを言え。地主どころか、一般人もいいところだよ。確かにでかいけど、この辺りじゃ割と普通だよ。土地が安いからな。こんなので驚いてたら、アマネ先生の家行ったらびっくり仰天するぞ。なんつったってタワーマンション住みだからな」
「たわーまんしょん?」
「すっごい大きい集合住宅のことだよ。集合住宅って言うと安っぽいけどな。実際は超やばい。五十階建てぐらいあって、これがお金持ちの住む場所かって感じの」
「へ、へぇ……想像がつかないです」
「ま、いつか連れてってやるよ。とにかく中入るぞ。こんな時間だし」
「は、はい……」
透司郎さんは笑ってそう言った。
それから私は、透司郎さんの後について、透司郎さんの家の中に入った。
門を開けて小さな庭を横目に玄関ドアまで進み、透司郎さんが開けてくれたそのドアの中へと恐る恐る足を踏み入れていく。すると中に入った瞬間、これまた今まで見たことないほど立派な内装が広がっていて、私は再度言葉を失って呆然とする。
「す、すごいですね……」
「何が?」
「その、内装が……」
「へ? 内装?」
私の言葉を受けて透司郎さんがポカンと家の中に何かを探すようにあたりを見回すが、どうやらこれも私の感覚の方がずれていたらしく、透司郎さんはやがて玄関周りを一周見回し終えると、これまたポカンとした様子で私に聞いた。
「すごい? どこが?」
「あ、その……やっぱり、なんでもないです」
「……そ。そしたらとりあえず廊下の奥まで進んでくれる? 足洗ってもらうから」
「足……?」
「ああ、さすがにその足のまま家の中歩き回ってもらうわけにはいかないからな。お風呂場で」
「お風呂場?」
「そ。廊下の一番奥の」
「はい……」
そして透司郎さんに言われるがまま、私は玄関を上がり、廊下を奥に向かって進んだ。透司郎さんは玄関の鍵を閉めたり靴を脱いだりでまだ玄関口にいて、私だけ先に言われた部屋の前に着いてしまう。チラリと透司郎さんの方を見やったが、まだ時間が掛かりそうだったので、私はそっとそのドアをカチャリと開けてみた。するとそこには未だかつて見たことのない乱雑な空間が広がっていて、私はまたしても言葉を失ってしまう。
「どうした? 入れよ」
「あれ、透司郎さん!? は、はい……」
声に気づいて後ろを振り返れば、いつの間にか透司郎さんがそこにいて、私に中に入るよう促してくる。私が恐る恐るその部屋の中に足を踏み入れると、狭いスペースの中、透司郎さんが器用に私をよけて前に出る。
「一応だけど、使い方説明しておくな。ここをひねるとシャワーが出て、そこのタッチパネルで温度を変えられて……」
「は……はい?」
シャワー? タッチパネル?
……どうしよう、あまりに当たり前に聞き慣れない言葉が出てくるので、聞くに聞けない。でも透司郎さんが丁寧に一つ一つ実践して見せながら説明してくれるので、なんとなく使い方はわかった。仕組みは全然理解できないけど……
「じゃ、タオル外に置いておくから、適当に使って。終わったらリビング来て」
「りびんぐ?」
「えと……玄関入ってすぐ右にあった部屋のとこ」
「は、はい」
透司郎さんがお風呂場を出ていく。
それから私は袴をまくり、透司郎さんの説明を思い出しながら、外の地面で黒く汚れた自分の足を水で洗った。
「つ、つめたい!」
でも結局タッチパネル? とやらは怖くて触れなかった。そのせいで冷たい温度のままシャワーとやらを浴びることになったのだけど、久しぶりに感じる水の冷たさも、その時はとても気持ち良かったことを、今でも覚えている。




