ヤンキー
「…………」
町の景色が、流れるように過ぎ去って行く。
初めて見る現代の町の景色は、私にとってあまりに情報過多だ。
繰り返し色を変えて行く信号機、何台も私の横すれすれを走り抜いて行く自動車、それにまばゆいばかりに明かり輝くお店の数々……これまで神社に来た人達の会話や、神社から見える範囲の景色、それにたまにこっそり人の携帯を覗いたり、捨てられた本を読んでたりしたおかげで知識だけはそれなりにあったが、いざこう神社の外に出てそれらを目の当たりにしてみると、世界は想像以上に変わっていて、驚きを禁じ得ない。昔のことはよく思い出せないが、少なくともあの頃はこんなに多くの住宅や変な建物はなかったし、道もただ土を踏み固めただけの粗雑なものにすぎなかった。けれど今や町は数え切れないほどの家屋と不思議な物体に溢れていて、道は理路整然と整理されていて、文字通り別世界に来てしまった気分だ。ほんの少し見ない間に(といってもそれは数百年もの間だけど)世界がこんなに変わってしまっていて、ちょっと心細い気持ちになってしまう。まるで私一人がいつまでも昔の時代に取り残されているような……いやまったくもって、その通りなんだけど。
「……見慣れないか?」
透司郎さんの言葉に、私は笑顔を作って答える。
「はい……外に出たのは、久しぶりで」
無意識のうちにちょっぴり見栄を張ってしまう。ごめんなさい。本当は実質初めてです。
「文明の発展は速いからなぁ。俺が生きてるこのわずかな期間だけでも、すごい発明が次々生み出されてるわけだしな。それこそ何百年も生きてる月沙からしたら、びっくりものだよな」
「はい」
――生きてる。
文明の発展なんてよくわからないけど、透司郎さんの『生きてる』という言葉を耳にして、私の意識がピクリと反応してしまう。生きてる……か。そんな風に言ってくれるのは、きっと透司郎さんだけなんだろうな。だって本当の私はとっくの昔に死んでいて、ここにいる私は所詮生前の私の残りかすのようなもの。確かに透司郎さんの言う通り今の私はなぜか体が実体化しているのかもしれないけれど、それでも本物の私が死んでいることは、決して変えられない事実だ。でも……
でも透司郎さんの『生きてる』という言葉は、不思議と私の胸の奥にじんと染み入ってくる。
まるで透司郎さんの言葉一つに一つに、言霊の精が宿っているみたいに。
って、あれ……?
ところで私、本当に実体化なんてしてるのかな?
透司郎さんはああは言ったけど、私の体が実体化するなんてこと、私が生き返るのと同じぐらいあり得ないことのはずなんだけどな。
でも、試しに周囲を歩く人たちに視線を向けてみると……
「奇抜な髪でやんの、ヤンキーかよ」
「……っ!?」
なんかスーツを着た中年男性の人に逆に悪口(?)を言われてしまって、動揺する。
ヤ、ヤンキー……?
ヤンキーって確か、昔でいう非行少女のことだったような……
いやそんなことより、どうやら透司郎さんの言った通り、本当に私の体は今、実体化してしまっているらしい。周囲に目を向ければ、今声をかけてきた男性以外の人も、明らかに私のことが見えているような素振りで私の横をすれ違って行く。すれ違いざまちょっと体を避けたり、ひそひそと小声で「なにあれ……」なんて私たちに向けて呟いたり……
というかもしかして、実体化しちゃってるってことは私、今すごく恥ずかしい格好になってるんじゃ!? 服装は神社の巫女服のまんまだし、靴は履いてないし、おまけに髪の半分は色褪せちゃってるし……あ〜、恥ずかしいよ〜っ! まさか神様歴数百年目にしてこんな仕打ちが待っていようとは。今までは見えてなかったからいいけど、いや逆に今まで見えてなかったからこそ、いざ周囲の人たちに自分のことを見られてると思うと、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。どうしよう、顔、熱くなってきた。もう顔あげられないよ〜、うぅ……
「お、おい、大丈夫か、月沙……?」
「えと……その」
どうしよう、せっかく透司郎さんが心配して声をかけてきてくれたのに、恥ずかしさのせいでうまく答えることができない。それこそ神様として、恥ずべきことなのに……うぅ。
けれどそんな私にも、透司郎さんは少しも笑うことなく、真剣な表情で心配してくれる。透司郎さんは恥ずかしくて動けなくなってる私の足元を見やると、私に向けて、
「……そっか、悪い。お前、靴履いてなかったのか。そりゃ痛いよな、素足でこんなにアスファルトの上歩いたら」
そう言った。
「え?」
それは私が気にしていたこととは全然違ったけれど、結果的にそれは私の全てを救った。
「えーと……その…………あー、なんだ」
透司郎さんは一瞬だけすごく恥ずかしそうな、もどかしそうな表情を浮かべ、しかし次の瞬間には、
「悪い、月沙、ちょっとだけ我慢してくれ! よいしょっと!」
「――きゃっ」
なんと私のことをぐいっと背負いあげて、おもむろに道を歩き出した。
「と、透司郎さん! なにを!?」
「悪い、ちょっと恥ずかしいだろうけど、我慢してくれよ。こっからまだ結構遠いんだよ、俺ん家。でも俺も恥ずかしいから、おあいこだろ?」
「えと……その!」
透司郎さんの言う通り、恥ずかしいのだけれど……
「これは、ちがくて……!」
でも、不思議と嫌じゃない。
どころか、この恥ずかしさは、どことなく心地よくて……
だから私は言ってしまう。
「その……お言葉に、甘えます、今は」
「いいよ、無理やり連れ出したのは俺の方だし。むしろ、悪かった、気づかなくて」
「い、いえ! その……」
私の吐息が透司郎さんに髪に触れる。
今まで手を触れることすら叶わなかったのに、今は手を触れるどころか、私の手が、足が、体全体が透司郎さんの背中に触れていて……
私は、言う。
「ありがとう、ございます」
「……ん」
透司郎さんはそれに、たった一文字で返事をする。
それから私は、透司郎さんに背負われたまま、透司郎さんの家まで夜の道を進んで行った。
時折周囲の人たちから向けられる奇異な視線も、もう気になることなく。
思えば、私の露出趣味は、ここから始まったのかもしれない。




