第二幕『月沙、胸を揉まれる』
みなさん、こんにちは☆
わたし、神薙神社の神様をやっております、神薙ノ彌月沙と申します♪
といっても生まれた時から神様だったわけではなく、元は人間で、むかしむかしにこの神社で餓死して、その時にこの神社の神様の役割を引き継いだのです!
それからはや数百年間……くる日もくる日も、私はこの神社の中にとどまり、たくさんの人たちの願い事を聞いてきました。ある人は家族の幸せを願い、ある人は学校のお受験の合格を願い、またある人は、好きな人と恋人同士になれることを願いました。私はそれを、くる日もくる日も、町の景色が何十回も変わるほどの時代の間、聞き続けてきました。でもそれは決して嫌なことではありません。むしろ私にとってそれは、なによりも大事で、かけがいのない役目でした。私だけの。もちろん半人前の私は文字通り願い事を『聞き入れる』だけで、たいした力を与えられるわけでもなかったのですが、それでも誰かの願い事を聞き入れてあげられることは、誰かの幸せにほんの少しだけでも助けになれることは、私の幸せだったのです。だってそれこそがきっと、神様の役目だと思ったのですから。
けれど本音を言えば、時に苦しくなることもありました。寂しくなることもありました。
だって私がいくら人々の願いを聞き入れたところで、誰も私に感謝してくれるわけではない。それどころか、私の姿は誰の目にも映らないし、触れることもできない。たまに声が届いたりすることはあったけれど、私がこの神社で誰かと触れ合えることなんて、夢のまた夢のことでした。親子連れ、ご年配の方、友達と連れ立って遊びに来る小さい子、それに幸せそうなカップル……そのどの人たちも、私はただ見るだけで、永遠に触れられることはない、近くて遠い存在。
――なのに、なんでなのでしょうか。
「と、透司郎さん……っ!」
「ん?」
「その……えっと」
「……なんだよ?」
「な…………なんでも、ないです」
「……そ。ならさっさとついていこいよ。夜もおせえんだし」
「は、はい!」
――一体どうして今私は、まるで普通の人みたいに、神社の境内を出て、町の中を歩き、そして誰かの手に引っ張られているのでしょうか。
だって今までそんなこと、一度もなかった。
死ぬ前のことはもう思い出せない。
だから私の記憶の全ては、あの神社の中だけでのものだ。
春が来て、夏を迎え、秋を感じて、冬を終える……その永遠の繰り返しだけが、私の記憶にある全てのことだった。もしかしたら最初の頃は、私だって何度か泣いたかもしれない。人に触れられない寂しさに、誰にも気づかれない心細さに、何度も泣いたかもしれない。けれど時とともにそんな感情も忘れ、それが必然のように私は何も感じなくなっていた。まるでそれこそが、神様の境地に至るための試練かのごとく。
なのになんで今になって私は、誰かに触れることが、誰かと会話することが、そしてあの神薙神社の外に出ることが、できるようになっているのか……全てのことがあまりに唐突すぎて、頭が追いつかない。もしかしてこれは夢なんじゃないか。けれど、目に映る見たことのない景色は、足に感じる地面のひんやりした感触は、そして私の手を取る透司郎さんの肌のあたたかさは……どう考えても偽物じゃない。それだけは私がどんなに頭が悪かったとしても、世間知らずだったとしても、なんとなくわかる。
透司郎さんが、私の方に振り向いて、言う。
「……大丈夫か」
言葉の意味はよくわからなかったけど、私はとにかく明るく答える。
「は、はい! 大丈夫です、透司郎さん!」
「ならいいけど」
その言葉きり、透司郎さんはまた前に向き直ってしまったけれど、その背中からは常に私のことを気にしてくれているのが、はっきり見て取れる。透司郎さんは……不思議な、人だ。私の姿を見て私のことを触れられるというだけでも十分あり得ないことなのに、さらにはなぜかわからないが私のことを至極心配して、わざわざこんな夜に神社まで迎えに来てくれた。現代の人の考え方はよくわからないけれど、透司郎さんの行動が並々ならぬことだというのは、私の常識にあてはめてもよくわかる。なにより……
――透司郎さんの背中。
白い布地に包まれたその背中を見ていると、なぜだかちょっと安心する。
なんでなんだろう? 今日初めて会ったはずの人なのにな。しかも私は、神様なのに。それとも別に関係ないのかな。神様も、人も。誰かに触れてもらえることの、喜びは、嬉しさは。




