再び神社へ
おし……そろそろやるか。
わずかな間ではあるが休憩を挟んで、あらためて俺は晩ご飯の準備に取り掛かることにする。
ワイシャツの袖をまくって、冷蔵庫から再度いくつかの野菜と調味料を取り出す。次にそれらをキッチンスペースの上に並べて、まな板と包丁を取り出す。昔は晩ご飯はシチューやら春巻きやら色々手の込んだものが出てきたものだが、今の俺ではそこまでのものはまだ作れない。なので野菜などを簡単に切って炒め物にするのが、最近の定番だ。
「さてと……」
取り出した野菜をおおざっぱに食べやすい大きさに切っていく。それと同時に換気扇をつけてフライパンの準備をする、のだが……
「神薙ノ彌、月沙ねぇ……」
――どうにもお昼に出会った女の子、月沙のことが頭から離れないでいた。
トントントンと野菜を刻みながら、二色の髪の色をした不思議な神様のことを、思い出す。
神薙ノ彌、月沙。
どうやら元は人間で、飢餓で江戸時代に命をなくし、事情はわからないがそのまま神薙神社の神様となった、同い年ぐらいの女の子。神様っぽい力は持っているものの、それ以上になんか人間っぽくて、どんなことにも明るく楽しそうに「はい!」とうなずいてくれる神様。
なぜだか知らないがその笑顔は、俺に懐かしい感情を呼び起こさせて、同時にどこか寂しい気持ちにもさせた。彼女が最後に『それでは、また!』と言った時に見せた笑顔……その笑顔がどうしても頭から離れない。とても明るくて楽しそうなのだけど、どこかさびしげな、その笑顔が……
「――いてっ!」
包丁を使っているのに考え事なんかしていたせいで、あやまって自分の指を軽く切ってしまう。
情けない……
傷自体は大したことないものの、料理に血が混じったらたぶん衛生上よくないんだろう。そう思って俺は、一旦包丁を置いて、絆創膏を取りに行くことにする。二階にのぼって、自分の部屋に入り、棚の上から二番目の段にある絆創膏とかが入ってる箱を取り出す。それから、一番小さいサイズの絆創膏のシールを剥がして左手の親指に巻く。
「これでよし、と」
応急処置が完了したら、箱を再度棚にしまって、部屋を出る。
バタンと、いつもみたいに後ろ手でドアを閉めて、一階におりようとする。しかしそこで唐突に、俺はついさっきの、威春との会話を思い出した。
『なんでよ。――へくちっ。うぅ、さすがに半袖はまだちょっとひえるなぁ。じゃあね、十六夜』
そしてくしくもそれと同時に思い出されたのは、神社での月沙との会話だった。
それはあの時自分の中に生じた、ちょっとした違和感の記憶だ。
『ふふ、結構住んでみれば良い場所なんですよ? 六畳一間、私だけのお城です! それに神様は食事も必要ないですし、寒さ暑さも関係ありませんからね。あれが私のベスト住まいなんです!』
『はい! ――クシュンっ。そ、それでは、透司郎さん! また願い事があったら、ぜひこの神社にいらしてくださいね!』
――クシュン?
寒さ暑さが関係ないのに?
まさかとは思うが……
『うそ……さわれる。どうして』
月沙の最初の言葉が脳内に蘇って、そのあり得そうな一つの可能性に思い当たる。
と同時に、気づけば俺は階段を駆け出して、そのまま玄関を飛び出していた。
行き先はもちろん、神薙神社だ。
日中の記憶だけを頼りに、俺は神薙神社があるだろう方へと道を駆けて行く。
「はあっ、はあっ!」
しかし入り組んだ道を右に左に何度も曲がりながら、若干後悔する。
失敗した。携帯だけでも持ってくればよかった。一度行った場所だからと油断したが、昼と夜とじゃ全然道の様子が違う。加えて、もともと地図も見ずに適当に歩いて着いた先だ。いざ狙って行こうとすれば、なかなか地図なしではたどり着けない。けれど……
「はあっ……はあっ!」
今からだと戻ってる時間ももったいない。
徐々に神社に近づいている感覚はあるし、もうこのまま行くしかない!
はあ、はあと、大きく息を乱しながら、俺はすっかり暗くなった住宅街を駆け抜ける。
やがて少し見知った黒と灰色の瓦屋根が続く家屋と、砂利と石畳でできた小道を見つけて、俺はようやく神社までの道のりに目星を付ける。そこからは先ほどまでよりさらに一段階スピードを上げて、昼に出会ったばかりの神社へと向かって行く。
「はあ、はあ!」
目印を見つけてからは速かった。道を数本も抜ければ昼も見かけた神社の石塀が見えてきて、俺はぽっかり口を開けたようなその神社の入り口に、全速力で走り込んでいった。神社の境内に入ったらようやくスピードを緩めて、息を整えながら社の方へと歩いて行った。




