神薙ノ彌、月紗
――シュワアアァ
「あ、あ〜〜〜〜!?」
突然俺の体から何か光の霧のようなものが溢れ出し――いや、体内から抜け出ていったと表現するべきか――それと同時に、目の前の謎の人物が悲鳴を上げた。
「あ〜〜! 私の力がぁああ〜〜!」
謎の人物はその光の霧に追いすがるように社の中から飛び出してくる。
そこで初めて、今まで影に隠れて見えなかったその人物の顔が、俺の両目のスクリーンに映し出されてくる。
「――――女、の子?」
バタンと、その人物は足をもつれさせ、地面に倒れ込む。そうしてなお「ああ〜〜! やっちゃった〜!!」なんて空に手を伸ばして泣き言を口にするが……
「またダメだったぁ。うぅ〜……」
――それ以上に俺の視線を引いたのは、彼女の姿そのものだった。
俺のすぐ前にへたりこむ彼女。その容姿は、さっきまでの神様然とした態度とは真逆の、普通の女の子だ。ただし神社だけあって白と赤の巫女服を着ていて、ちゃんと神秘的な雰囲気はある。年はほぼ俺と同じぐらいか。体格や顔つきを見れば、だいたいの年齢は想像つく。総じて見れば、彼女は俺と変わらない普通の人間に思えた。だがたった一つだけ『彼女を神様だ』と断言できるほど、特殊な部位があった。
それは、髪の色。右半分と左半分で綺麗に色の分かれた、髪の色――
彼女の髪は右半分が普通の人のような黒色をしていて、けれどもう左半分は色がすっかり抜け落ちた、まるで朝日のごとき明るい亜麻色をしていた。
「だ、大丈夫か……」
「え……私ですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、しかし彼女はケロっとした様子で答えてくる。
「大丈夫ですよ! ご心配していただいてありがとうございます!」
「ならよかったけど……」
彼女に、彼女がゆっくり立ち上がる。
ぱっぱっと、袴の埃を払って、俺に言ってくる。
「ありがとうございます。……すみません、私神様なのにこういうの全然苦手で、たまに頑張ってみてもすぐに効果が消え失せちゃうんですよね、悲しいことに。――って、あれ?」
しかし唐突に目を丸く見開いて、俺の顔をじっと見つめてくる。
……何か俺の顔についてるのかな。
そう怪訝に思って口を開こうとしたが、それより先に彼女の方が口を開いた。
「あの……私のこと、見えてるんですか?」
「…………?」
しかしその訳のわからない質問に、今度は俺はすっかり口が開けなくなる。
見えるも何も、今までこうして普通に話していたのだから見えているに決まってるし、そもそもなんでそんな質問をしてくるのか。それこそまるで、自分が幽霊で普段は人に見えていないかのような……いや、彼女が本当に神様なのだとしたらあり得ない話ではないけれど。
「ああ、もちろん。どっからどうみても、見えてるけど」
「うそ……」
「ほんとだって」
「そんな……ちょ、ちょっと失礼しますね」
言って、この神社の神様らしい女の子が、俺の胸あたりに手を伸ばしてくる。
一瞬それにドキッとしたものの、何をやろうとしてるのかなんとなくわかって、俺は素直に彼女の手が俺の胸に触れるのを待った。やがて俺の胸に手を触れた彼女が、静かに驚いて呟きを漏らす。
「うそ……さわれる。どうして」
……もしこれを演技でやってるのなら、たいしたものだと俺は思う。
でも彼女が神様なんてこと、本当にあり得るのだろうか?
確かに彼女の髪は普通の人にはあり得ない見た目をしている。加えて平日の真っ昼間から巫女服を着てこんなさびれた神社の社の中にいたとなると、到底普通の生活をしている人間ではないのだろう。でもそのいずれも、究極的には彼女が神様である証拠にはならない。なぜなら髪は染めれば半分色を変えるなんて簡単にできるし、今たまたまこの場にいただけでは本当にこの神社の神様であるかどうかはわからないからだ。変な話、近くに住んでいる子がイタズラかドッキリでこんなことしてるって可能性だって十分にある。
だがそれでもさっき彼女が俺に与えてくれた力は、ほんの一瞬の間ではあったが、間違いなく本物だった。それだけは俺自身が実感してしまっているし、疑いようがない。
試しに俺は、尋ねてみる。
「……お前、名前は?」
すると彼女が、「え?」と俺の顔を見上げて、答える。
「つきさです。かんなぎのみつきさ」
「カンナギノ……ごめん、なに?」
「あ、す、すみません! ちょっと難しいですよね、私の名前」
あせあせと彼女が地面になにやら指文字を書き始める。
どうやらそれは、彼女の名前を漢字で書いたものらしかった。
〝神薙ノ彌 月沙〟
地面に書かれたその文字は、画数があまりに多すぎてよく指文字で書けたなと思う。
それにしても……
「で、あなたさまのお名前は?」
見た目といい名前といい、確かに神様っぽい条件は揃っているな。それがウソでなければの話ではあるが。
……いや別にこの女の子、神薙ノ彌月沙を疑っているわけではない。しかし神様なんて存在をすぐに信じるわけにもいかないだろう。もう少し何か証拠があればいいのだけれども。
「……あのー? もしもーし」
ハッ
「なに?」
神薙ノ彌月沙の――ええい、面倒くさいっ――月沙の声に気付かされて、俺はハッと顔を上げる。
すると目の前の月沙が、嬉しそうな笑顔を浮かべて、再度俺に尋ねてくる。




