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プロローグ

 葬儀が、終わった。

 二日間にわたるお通夜、告別式の儀式を終えて、今透司郎の前で最後の肉親だった母親の亡骸が、火葬に付されていく。

 透司郎の隣にいる女性が、同情したような、申し訳なさそうな表情で透司郎に声をかける。

「今回のことは本当に残念だったな、透司郎」

「いえ、別に……ずっと前からわかっていたことですから。母の病状がもう限界だったことなんて」

「そうではあるが、な……」

 透司郎の隣にいる女性は、透司郎の親兄弟でも親戚でもなんでもない、ただの教師である。しかし透司郎の身寄りがいないため、担任たるこの女性教師が今回の葬儀の一通りを取り仕切ってくれた。さもなければ到底無理な話である。唯一の肉親を失い、まだ中学一年生を終えたばかりの透司郎が、たった一人で母親の葬儀をちゃんと行うことなど。その面では透司郎は、非常にこの女性教師に感謝していた。

「ありがとうございます、アマネ先生。何から何まで。本当に助かりました」

「つまらないことを気にするな、透司郎。担任が生徒の面倒を見てやるのは当然のことだ」

「でも、休日だったでしょう、今日。すみません、本来だったら昨日も含めて家でゆっくりお休みできたでしょうに……本当に、すみません」

 しかし教師は、透司郎の担任であるアマネは優しい声で透司郎に言う。

「それこそつまらないことだ、透司郎。どうせ私の休日などたいした予定も入っていないのだ。ならお前の役に立てた方がよっぽど有意義というものだよ、透司郎」

「……すみません」

「謝るな、透司郎。そういう時は『ありがとう』と言え。……お前も昨日からほとんど休まず葬儀に臨んでいるんだ。疲れただろう。一足先に自分の家に帰るといい。後のことは私で済ませておこう。家に帰って、ゆっくり体と心を休めるといい。残りの事務が終わったら、あとで私も顔を出しに行くから」

「……ありがとう、ございます、アマネ先生。それじゃあ」

「ああ」

 アマネの言葉を受けて、透司郎が踵を返し、葬儀場を出ていく。

 その体は中学生が普通持っていない、真っ黒なスーツに包まれ、その表情は今まさに最後の肉親を失っただけあって、とても沈んでいる。

 けれど葬儀場を出ていく透司郎の足取りは、もう子どものものとは思えないほど、しっかりした足取りだ。

「気をつけろよ、透司郎! 傘を忘れるなよ!」

「……はい」

 後ろから大声で言ってくるアマネに、透司郎は振り向かないまま小さい声で返事をし、葬儀場のガラスドアを開ける。そこにある傘立てから自分の黒の傘を取り出し、傘をさしてポツポツと雨が降り頻る歩道に足を踏み出す。傘の表面に雨粒が当たって、わずかな振動が右手に伝わる。背後ではまだアマネが、心配そうに透司郎の後ろ姿を見やっている。けれど透司郎はもう一切振り向くことなく、亡き母親のいる葬儀場を後にした。

 葬儀場から家までの道のりを、ゆっくりと透司郎は歩いていく。

 空は、見事なまでに灰色の雨雲に覆われている。

 そこから落ちてくる雨は、まさに今の自分の心境を表すのにちょうどいい……自分が詩人だったならそう言っただろうと、透司郎は思う。

 けれど自分は、詩人ではない。

 もっと言えば、天才でもスポーツマンでも理想家でも、なんでもない。

 だから思うのだ。

 たとえ、一人になったとしても、天涯孤独の身になったとしても、意地でも自分は生きていかなければならない。だからもう、落ち込んでいる暇なんてないのだと。

 ブオオォオンと、そばの車道を一台のトラックが水しぶきを上げながら通り過ぎる。

 気づけば透司郎の右手はすっかり下におろされていて、もはや傘をさしていない状態に等しい。髪にも服にも雨水がしたたる。

 だから透司郎はもはや、傘からその手を離して、走り出す。

「はあ……はあ……はあっ!」

 全力で、雨の降りしきる道を走りながら、上を見る。

「はあ、はあ、はあっ!」

 その灰色の空が、いつか青く明るい晴れの空に変わることを信じて。

 透司郎は、走る。


「はぁ……雨ですね」

 木造建築の古びた神社の中で、月沙は思う。

 雨の日は、参拝客がとても少ない。

 ただでさえ晴れの日も参拝客の少ないこの神社だから、これだけの雨が振っていたら到底参拝客など望めはしないだろう。

 それはこの神社を離れることができない月沙にとっては、とても退屈で、とても寂しいことだ。

「誰か来てくれるといいんですけどねぇ」

 それが意味のない願いだとわかっていながら、そんな風に呟いてしまう。

 神様なのに。

「あ〜、つまんない! つまんないなぁ!」

 まるで赤子のように、月沙は床に寝転がってジタバタ不満をわめき散らす。

 けれど月沙のそれも、仕方のない面がある。

 なぜなら月沙の仕事は、この神社に訪れ願いを捧げる人たち……そんな人たちの願いを聞き入れることに他ならない。それを数百年もの間黙々と誰に感謝されることもなく、たった一人で続けてきた。それが自分のなすべき仕事だから。けれど最近は時代の流れもあってかすっかり参拝客も減ってしまった。普段でも二、三人来ればいい方だし、今日みたいな雨の日は一人も参拝客が訪れないなんてのは、ざらだ。

 それに……それに雨の日は、なんとなく気分が沈んでしまう。

 なんでかはよくわからないけど、もしかしたら雨の日には嫌な思い出でもあるのかもしれない。それももうすっかり思い出すことはできなくなってしまったけど。

「……よし! 祈りを捧げましょう! 明日が晴れるように!」

 それでも月沙は、前向きであり続ける。

 どんなに神社がすたれても、どんなに参拝客が減ってしまったとしても、自分の役割は決して変わらないのだ。この神社を訪れ、真摯な気持ちで祈りを捧げていく人たち……その人たちの願いが叶うように、ほんの少し手伝いをすること。……といっても、半人前の月沙にはたいていたいした手伝いもできないのだが、できるできないで仕事を判断してはいけない。だから月沙は、祈る。

「ふんふんふん〜♪ あすはっ、はっれるかな〜、はっれるよね〜♪」

 ぴょんと立ち上がって、軽快な足取りで神社の戸の方へと歩いて行き、その戸に手をかける。

 カタンッ

 戸を開けて、雨模様の空を見やって、それでも月沙は笑顔で祈りを捧げる。

「どうか明日は、晴れますように!」

 いつかその青空が、自分の視界の上にも広がることを、夢見て。

 月沙は、祈る。

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