その33
屋敷の中に入ると大きな居間があってそこには数枚の絵が飾られていた。部屋の至る所に外国の調度品が沢山あって、さながら小さな美術館のような感じがした。
そこから奥の部屋が見えた。そこには茶室のような空間があり、新しい畳が床にあって掛け軸などが見えた。
「お父ぅの畳じゃ」
勝幸が指差すと僕は頷き、勝幸の父親が何故この洋館へ出入りしたのか理由が分かった。
僕達は居間の真ん中に置かれたテーブルと椅子に腰掛けると、少女と向かい合わせになって、ここまでたどり着くまでの出来事を身振り手振りで話をして、ケーキが焼きあがるのを待っていた。
部屋のどこかにあるのか、時計の時刻を告げる大きな音がした。
二度鳴ったのを聞いた時、外の方で車が止まる音がした。
「パパだ」
ヒナコが窓を見て言った。窓を開けると大きく「パパ!」と言った。
僕達もそれぞれ彼女の後について顔を窓から覗かせた。
すると車から館林先生が降りてきて続くように勝彦が降りて来た。
「かっちゃん!!」
僕は大きな声で言った。
それに手を振って勝彦が答える。
僕達は玄関に出て、勝彦を出迎えた。並んで出迎える僕達を押しのけるように勝幸が勝彦に抱きついた。
「大丈夫やったか?」
うん、と勝彦は照れて頷いた。
先生が眼鏡の奥から僕達を見回すようにして言った。
「皆、心配かけたね。勝彦君はこの通り大丈夫。何も心配しなくてもいいよ」
微笑を浮かべたその表情に僕達は大きな安堵を感じて次々に勝彦の背や肩を叩いた。
「かっちゃん。思いがけない偶然だったのだけど、実は此処が僕達の目的地だったんだ」
僕が勝彦に耳打ちした。
「え!そうなの?ナッちゃん?」
僕は頷いて勝幸を見た。
「実はさっきガッチに聞いたんだけど、あの手紙を川で拾った数日前にガッチはお父さんとここに来て、その時・・」
そう言って僕は少女を見た。少女もまた微笑して僕達を見ている。
「彼女・・ヒナコちゃん、ううん、ヒナちゃんを遠くで見ていて知っていたみたいなんだ」
「そうなの?兄ちゃん?」
「う、うん、まぁそうだな」
勝幸が頭を掻いて言った。
「ふーん」
勝彦が兄を見て顔を近づけて言う。
「な、何だ。勝彦」
兄が少したじろいでいる。
少女を再び見て言った。
「ナッちゃん、兄ちゃんさ、絶対、ヒナちゃんに一目ぼれしてたっちゃ。だって、アイドルグループにおるようなかわいい子じゃもん。だから川でこの瓶に入った手紙を見た時、黙ってそのことを皆に何も言わず何も知らん顔で行こうて思ったちゃろ」
まるで核心を突かれたかのような勝彦の言葉に勝幸は顔を真っ赤にした。
「お、なんじゃ。ガッチ、そうやっちゃか?」
ツトムが冷やかすように言う。言ってから弟のように顔を近づける。
僕も可笑しくなって同じように顔を近づけた。
すると顔を真っ赤にして腫れあがる様な顔つきで、勝幸が怒り出して言った。
「何を言うちょるんじゃ!!皆」
「そう怒ったって、顔に書いとる」
ツトムが指を指す。
「真っ赤になってるのが証拠じゃ」
「ツトム!」
そう言って勝幸が襲いかかろうとするのを僕が後ろから羽交い絞めにする。開いたわき腹に勝彦が指を指し込み、くすぐった。
「こりゃ、わりゃ、止めろ。くすぐったいわ!」
それを見て少女は大きな声で笑った。先生も大きな声で笑った。
「やぁ、ヒナコ。友達だけでなく、素敵なボーフレンドもできたね」
先生がそう言った時、奥から声がした。
「お帰り、あなた。ねぇ、皆を部屋の中に入れて頂戴。ホットケーキが出来たから」
その声に先生は頷くと「さぁ皆お入り」と言って中へ入れた。
部屋に入ると先程まで僕達が居たテーブルに焼きあがったホットケーキが良い香りを立てて、ナイフとフォークの横に置かれた綺麗な皿に入って皆の席に並んでいた。
「すげぇ。美味しそう」
勝彦が言った。
「かっちゃんはケーキは好き?」
ヒナコが勝彦に聞いた。
「うん、好き。僕は将来ケーキ屋になりたいと思っちょるもん」
「男の子なのに、ケーキ屋さん?スポーツ選手とか大工さんとかになりたくないの?」
ヒナコが目を丸くして言う。
「なりたくないかな。僕、お菓子やケーキが好きだからずっと一日中それに囲まれて生活できたらいいんじゃ」
「そうなのぉ?じゃ、ママが作ったこのホットケーキは絶対かっちゃんには合格点貰えると思うよ」
僕達の背後からティーカップにお茶を注ぐヒナコの母親が「さぁ、皆召し上がって」と言った。
すると勝彦がケーキにナイフを入れると手で一切れ口に入れて、口を動かすと一気に飲み込んだ。
「勝彦、行儀が悪いぞ」
兄の声に聞くそぶりを見せずぺろりと舌を出してヒナコに言った。
「ヒナちゃんの言う通りやっちゃ、美味しい!」
「でしょ!」
そう言ってヒナコが一口、口に入れる。僕達も同じように一口食べた。口の中で柔らかい感触が溶けるより早く、僕達は顔を見合わせた。
「どう、皆?」
ヒナコの言葉に僕達は一斉に頷いた。
「こんな美味しいの、学校の給食にも出て来たことないっちゃ」
ツトムが口拭いて言った。
「本当?ツトム君」
「嘘じゃねぇ、なぁ皆そうじゃろ?」
同意を求めるようにツトムが僕達を見る。
「うん、ないよ。ヒナちゃん。このホットケーキ、すごく美味しい」
勝幸も真面目に頷いた。
「良かった。私・・病気でまだ一度もちゃんと学校に行ったことなくて。だから給食って知らないの」
僕達は動く口を止めてヒナコの表情を見ている。
「そー、だから給食ってすごく憧れているのだけど、それを知ってる皆が言うんだからママの作るホットケーキは絶対美味しいんだって今確信しちゃった!」
「絶対、美味しいよ」
そう言って勝彦が兄の皿にフォークを持って行き素早くケーキに突き刺すと口に持って行った。
「あ!!」
勝幸が声を上げた時にはケーキは勝彦の喉を通って胃袋に落ちていた。
それを見て皆が一斉に笑った。
残念そうな顔つきをしている勝幸にヒナコが言った。
「ガッチ。よかったら私のどうぞ?」
ヒナコの声を聞いて勝幸は顔を赤くしながらしどろもどろになって頭を掻いた。
「照れちょる、ガッチ」
ツトムがまた指を指した。
「本当だ、ガッチ、照れてる」
僕も言った。
「兄ちゃん、照れちょるわ。いがぐりじゃなくて真っ赤な焼き栗じゃ」
「黙れ!勝彦!」
勢いよく勝幸が答えると一斉に笑い声が上がった。




