その13
「おっどー、ここに!」
ツトムの声に僕達は振り返り、急いで膝まで川につかりながら彼の側に集まって来た。
「どこ?どこ?」
勝彦が川面を急いで見回している。
僕も勝幸も勝彦の側で見回しているが、全くどこに鯉がいるのかわからなかった。
「ほら、そこ。そこ、そこにおっど」
ツトムが網の先で水面を指す。
んー、という神妙な顔つきで三人がその水面を見る。
すると浅瀬を何か黒い塊がゆっくり動くのが分かった。
「おった!」
勝彦が声を出す。
それは確かに一メートル程の鯉だった。ゆっくりと堂々とした姿でそれは泳いでいる。
「主や、絶対あれは主や!」
勝彦が騒ぐ。
捕まえようと動き出そうとするのをツトムが腕で押さえて一歩前に出た。
「そこで待っちょれ」
軽く僕達を振り帰ると、網をゆっくりと川面につけた。
「浅瀬にいる間に網で取っちゃる。もし、しくじって深瀬の方に逃げたら・・・ガッチ、お前の得意な潜水で飛び込んでくれっちゃ」
勝幸が頷く。
「よし」
そう言うとツトムがゆっくりと、しかし素早く網を鯉に向かって進めて行く。
鯉は僕達三人の熱気に触れることなく、静かに川面の下で泳いでいる。
やがて網が鯉の尾鰭の下に触れるかどうかのその一瞬、ツトムが網を川面の下から一気に空へと素早く掬い上げた。
「そりゃ!」
掛け声と共に水飛沫が空を舞い、僕の顔にかかった。
「獲ったか!」
勝彦が網へ目を遣る。
網を空で振るとツトムが言った。
「駄目じゃ。逃げた!」
くっそー、と言ってツトムが網を川面に叩く。
ああ!と叫ぶ勝彦の声が響く。
僕はその時叩いた川面の側から速度を上げて深瀬の方へ向かう鯉を見た。
「ほら!ガッチ、あそこ、あそこにおる!」
「よっしゃ!」
指を指すと同時に、勝幸は川に飛び込んだ。
大きな音がして水飛沫が僕達に降り注ぐ。
「お兄ぃ!」
勝彦の声が再び響く。
深瀬に飛び込んで手を広げて泳ぐ勝幸の姿が僕達にはっきりと見えた。手を二、三回漕ぐと水面から顔を上げた。
「ガッチ!捕まえたか?」
ツトムが言う。
勝幸は水面から腕を出さないで立ち泳ぎのままこちらにゆっくり泳いでくる。
僕はドキドキしながら勝幸の腕を見た。
そこに何かあるのか皆が凝視して見ている。
やがて勝幸はゆっくりと腕を上げた。
「どうじゃ?」
ツトムの声に三人が顔を突き出した。すると勝幸が一瞬笑った。
「こうじゃ!」
勝幸の声がすると三人に向かって水の塊が飛んできた。
「うっぉ!」
「うわぁ」
三人が夫々小さな叫び声を上げた。川の底にある冷たい水が顔に降り注ぐ。
「だめじゃ!獲れんかった」
げほげほ、と三人が言う。
「阿保か、お前。これで皆びしょ濡れじゃ」
僕は頭から濡れた。髪が額に張り付いている。
(これは父さんに怒られるな)
心の中で思った。
勝幸は水に濡れた三人を眺めて笑っている。
するとツトムが網を投げ出して、笑っている勝幸に向かって川へ手を伸ばし、大量の水を掬い上げて投げつけた。
それは不意を突かれた勝幸のいがぐり頭を直撃し、大きな音を立てた。
「やったな!」
勝幸が顔の水を手で払いながら、水を掴むとツトムへ投げた。
それを避けようと横に動くとツトムがバランスを崩して倒れかけた。
「うわぁ」
声を出して倒れながら腕を伸ばすと勝彦を掴む。
「ああ、ちょっと!!ツトム君!!危ない」
後は二人とも仲良く川へとダイブした。
大きな音がして、二人が息を慌ただしくして起き上がる。
顔を手で拭きながら、二人見合わせると、後は腹を抱えて笑った。
僕も勝幸も笑った。
四人の笑い声が川面に響く。
皆笑い終えると、僕は「上がろうか」と言った。
するとツトムが慌てたように言った。
「ナッちゃん、ちょっと待って!爺ちゃんの網が無い!」
その声に僕達は我に返り、辺りを見渡した。すると川下へ向かって流れている網が見えた。
「やばい。あれが無くなると爺ちゃんから、すっげぇ怒られる」
ツトムの悲鳴にも似た声がすると同時に、勝幸が川へ飛び込む。すると両手をクロールして網の側まで行った。それをしっかり掴むとゆっくりと川岸まで泳いでゆく。
僕達も川岸を移動して勝幸の所へ急いでいった。
「ガッチ。悪い」
すまなさそうにツトムが言う。
勝幸が網をツトムに渡す。
「ツトム君、良かったね。網が戻って来て」
勝彦の言葉にツトムが頷く。
「うん、よかった。ガッチのおかげやっちゃ」
「兄ちゃん、たまにはいいことするんじゃな」
その言葉に口をへの字に曲げて、勝幸が言った。
「いつもじゃ、勝彦」
そう言って勝幸が僕に何かを手渡した。
「何?それ兄ちゃん?」
僕は受け取ったものをゆっくりと皆の前に出した。
それは小さな小瓶だった。
夏の陽ざしにそれは一瞬輝いた。
「網にからまっちょったとよ」
僕はそれを皆の面前へ出す。
「瓶じゃな?」
ツトムが言う。
勝彦は頷いた。
僕は瓶を陽ざしに透かすように高く上げた。
「ん?」
ゆっくり瓶を振る。
「ナッちゃん、どうした?」
ツトムが言った。
「中に何かが入っている」
皆が一斉に瓶の蓋を開けようとする僕の指先を見つめた。蓋はきつく締められていたが、力を籠めて回すと後はゆっくりと開いた。
瓶を逆さにして中身が落ちないように、手の平の上に落とした。
それは便箋だった。
「手紙じゃねぇ?」
ツトムが僕を見た。
「そうみたいだね」
僕はそれをゆっくりと開いた。
勝幸と勝彦の兄弟も神妙な顔つきで僕が手紙を開いて読んでいるのを見ている。
「なぁなぁ、なんて書いちょるん?」
勝彦の言葉に僕は皆に聞こえるよう声を出して手紙を読んだ。
それはこう書かれていた。




