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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
9/29

*9

 流れる空気のなかに、煙の臭いが混ざる。いち早くそれを察したのはローディだ。そう遅れることなく、リズが足を止める。ガダックが問うようにリズの名を呼ぶ。代わりに答えたのは、ローディだ。

「キナ臭いんだよ。やっぱりそのへん鈍いんだな、ジジイは」

 嘲るような色が混ざるが、ガダックは特に反応しない。事実だからだろう。あてがはずれ、ローディは退屈そうに舌を出した。リズが二人の周囲をうろうろしながら、鼻を動かし、辺りを見回している。ローディは幼子がどうするのか、しばらく眺めていた。リズは人差し指を、迷うように動かしていた。南東から南西までの間で視線を往復させながら、なにかを見つけ出そうとしている。ローディはつい、へえ、と感心の声を上げた。

「北のガキほどじゃねえが、なかなか使えるな」

 ローディは真っ直ぐ南を向いている。ガダックは目を細めてローディの視線の先を追おうとしているが、とても無理なようだった。ローディは自慢げに笑む。

「集落があるらしいが、薪を燃やす臭いとは違うな。もっと雑多に、いろいろ突っ込んだ煙だ」

「また〈狩人〉か?」

 構えるガダックだが、ローディは軽い声で応じる。

「奴らもそう馬鹿じゃねえよ。獲物を狩り尽くすのは、素人のすることだ」

 その言葉の奥に含まれたものを読み取り、ガダックは苦笑した。なれば、と彼は問う。ローディは老人の聞きたいことを答える。

「廃墟でゴロツキどもが適当に暮らしてる、ってところだな」

 それを聞き、ガダックは考えこむような表情を浮かべた。相手が〈狩人〉でなければ交渉の余地があるか、とでも考えているのだろう。ローディは眉を上げた。甘いなぁ、と呟きがこぼれる。剣の腕は確かだが、そのほかの点において、ガダックがここまで生き残ってこられたのはまったく不思議でならない。ローディの考えていることに気づいたのか、ガダックが横目でこちらを見、ふと自嘲的な笑みをもらした。ローディには、その表情の意味がよくわからなかった。

 野盗の巣ならば迂回するのが最善の策だ。ローディとガダックの意見は一致した。しかし、いくらも歩かないうちに、向こうから金属の何かを打ち鳴らす音が聞こえてきた。ローディは舌を出した。

「バレたか。しかし何でだろうな?」

 言いつつ、手が武器に伸びる。手斧か、銃か、少し迷ってから、どちらにも触れずに降ろした。横目でちらりとリズを見る。彼女は青い顔をして、身をすくませていた。ガダックがリズを守るように前へ出て、しかしやはりまだ武器は抜かずに、向こうへ視線を置く。

 五人ほどの屈強な男女が近付いてきている。やはり、武装している。そのうちの一人が、妙な筒のようなものを持っているのをローディは見た。噂には聞いたことのある、遠い昔の技術だろう。今は権力者たちがこぞって集め、独占しているはずのものだ。どうやら、珍品をかすめ盗るだけの腕はある、と考えたほうがよさそうな相手だ。ガダックも似たような結論に至ったのか、あえて無防備な姿勢をとっている。ローディも気楽に構えることにした。どうせ逃げても無駄だろう。重装備の老人と子供の足では、すぐに追いつかれる。ローディ自身も、逃げ足にはあまり自信がない。

 そうしているうちに、叫ばなくとも声の届く距離にまで、相手が近付いてきた。老人と子供連れで迎撃態勢もとらないローディらを見てか、優越感に満ちた、にたにたと粘つくような笑顔を浮かべている。男が三人、女が二人。つぎはぎだが、金属の装甲を胸や肩に当てており、手に持つ武器も、ナイフや斧や鉄槌など、実用的なものばかりだ。ローディは相手の身体つきを観察し、実力を推し量った。勝てる相手だが、こちらにも損害は出るだろう、というのが、ローディの見立てだ。間違っているとは思わないが、だからといって戦いたくはない。ローディはガダックの横顔をちらりと見やった。こういった手合いをこの老人がどのように対処するのか、少しばかり興味があった。

 向こうの、最も大柄な男が声をかけてきた。横幅も厚みも高さもあり、体格は重装備のガダックさえしのぐ。手にしているのは、星球鎚。純粋に武器として作られた得物だ。

「ここは関所だ、通行料を払いな」

「旗は見えぬが、どの領主のものかな?」

 穏やかな声で、ガダックが問う。向こうは、半分は笑い、半分は気分を害したような反応を示した。苛立ったように甲高い声で、女の一人が答える。

「ここいらはあたしたちの土地だよ」

「そうか、それは失礼した」

 ガダックは調子を変えずに応じる。大柄な男が、ずいと大股で進み出て、ガダックの前に立った。

「ジジイ、もう少し長生きしてえだろう?」

「長く生きることに興味はないが、死に方は選びたいものだな」

 ガダックはまるで世間話に興じるような調子である。そのようすが愉快でたまらず、ローディは口元がにやけそうになるのを、なんとかこらえた。ここでの笑顔は、相手を挑発するだけだ。ふと気になり、リズを見る。彼女は冷や汗を浮かべながら、ガダックの背をハラハラした表情で見つめている。つい笑いが吹き出しそうになり、唇を噛んで耐える。見なけりゃよかった、と胸の内で呟いて、ローディは視線を逸らした。

 巨漢が勝ち誇ったように腕を組んだ。

「なら、通行料を払うしかねえなぁ?」

 ガダックがローディへちらりと視線を向け、巨漢へ戻して訊ねた。

「では、必要な支払いを訊こう」

 それを聞いた巨漢は、濁った黄色に汚れた歯を見せて、我が意を得たとばかりに笑った。後ろで、あとの四人も似たような表情を浮かべる。巨漢はガダックの剣を指差した。

「まずはそいつ、それから、こっちの男の武器を全部」

 言いながらローディに指を向ける。ローディはわざとらしく目を逸らした。巨漢は、ふん、と大きく鼻を鳴らすと、指を動かした。

「それからそのガキだ」

 ガダックの眉が、一瞬ぴくりと動いたのを、ローディは見逃さなかった。リズが喉の奥で、ひ、と小さな悲鳴を上げる。巨漢の後ろにいる二人の女が、リズへ向けて声をかけてきた。

「こいつらの相手してあげてよ、かわいいおちびちゃん」

「おとなしくしてりゃ、たぶん気に入ってもらえるよ」

 下品な声で笑う。ローディは眉をひそめた。容赦のない言葉は少女をからかっているようにも聞こえるが、嘘というわけではないだろう。巨漢はリズへ一歩、足を向けた。ガダックが思わず身構える。と、巨漢の背後であとの四人も身構える。巨漢はさらにもう一歩、リズへ近付く。言葉はローディへ向く。

「どうせ使ってねえんだろう?」

 ローディは肩をすくめた。リズを見やる。目が合った。とたん、リズはぱっと駆けだして、ローディの後ろへ隠れた。しがみついてくる。その手は震えていた。背中に貼りつくリズを、首を曲げつつ横目で見下ろし、ローディは口の端をゆがめた。

「おい……なんでこっち来るんだよ」

「だって、ちがう」

 リズは、はっきりと答えた。ローディの脇にしがみついたまま身を乗り出すようにして、彼を見上げる。

「ちがうんだもん」

 なにが、とは、ローディには言えなかった。リズの瞳は少しも揺らがず、ローディを見つめている。見抜かれている、とローディは感じた。何を、とは、自分でも説明ができない。

 ガダックが、やれやれ、とため息をついた。

「残念だが、交渉は決裂のようだ。武器を抜こう」

 言った瞬間、彼は大剣を抜き放った。ぶん、と重い唸りを上げて空気を切り裂き、白刃が踊る。野盗らは身をのけぞらせたが、すぐに身構えた。

「早死にしたいようだな、ジジイ」

「しょうがねえな、おまえらの死体ごと全部もらってやるよ」

 言いつつ、それぞれの武器を構える。ローディはリズの肩を掴んで引きはがしつつ、半笑いを浮かべた。

「じいさん、やっぱ手ぇ早いじゃねえか」

 手斧を抜く。この状態では、猟銃は扱いづらい。斧の重心を確かめるように手首を回す。剣のそれとは違う音が、空気を割った。肩を引いて斧を振りかぶった姿勢のまま、腰を落として構える。

 と、巨漢が片手を横に広げ、やめろ、と太い声を発した。それはローディらでなく、後ろにいる者たちに向いている。

「……相手が悪い」

「おい本気かよ?」

 意気を削がれた仲間が抗議するが、巨漢はそれを睨んで黙らせた。ローディとガダックとを交互に観察して、巨漢は唾を吐いた。

「儲けられねえな、こっちに死人が出る」

 ローディは構えたまま、巨漢へ向けて片眉を上げ、皮肉めいた顔を見せた。

「なんだ、ただの阿呆じゃねえのか」

「そっちこそ、腰ぬけじゃねえな」

 巨漢もまた同じような表情を返してきた。ちらりと惜しそうな視線をリズへ向ける。幼子は一歩下がって、首を横に振った。巨漢はもう一度、唾を吐いた。

「いやな目をしやがるな、そのガキ」

 言葉も同時に吐き捨て、彼はきびすを返した。行くぞ、と周囲を促す。残りの四人は、巨漢の判断にあまり納得していないようすだったが、逆らうことはなかった。野盗にも、社会というものはあるようだ。

 野盗たちとの距離が十分に離れたところで、ローディもガダックも構えをとき、武器を収めた。ガダックはリズの背をなだめるように軽く叩いた。

「もう大丈夫だ。よく泣かずに耐えた」

 リズは頷いて、ほ、と安堵したように息をついた。とたん、力が抜けたのか、ぺたりと座りこむ。ガダックが焦ったようにリズの名を呼び、正面にしゃがんで顔色を確かめる。幼子は、大丈夫、と伝えるように、幾度かうなずいてみせた。

 ローディは目を細めた。

「なあおい……」

 リズとガダックとが、同時に彼へ向いた。ローディはどちらの視線も受けとめられず、視線を迷わせた。言葉を探す。

「……あまり長くは休まねえぞ」

 言いながら、ローディは自分に違和感を覚えていた。かといって、それを掘り下げるつもりもなかった。わずらわしいが、知ってしまうよりは、放っておくほうがいいと思った。

 首筋をなでる風が冷たく感じる。それで初めて、ローディは、自分が汗をかいていたことを知った。


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