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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
7/29

*7

 日の出とともに、村は動き出したようだった。

 ローディとガダックは朝日を顔に浴び、ほぼ同時に目を覚ました。二人とも、思った以上に深く寝入っていたようだった。ローディは気だるげに身を起こした。ガダックはすぐに立ち上がり、支度を整え始めた。

「体を洗いたいものだな」

「ああ、そういやそうだな。服も替えたいし」

 朝食を運んできた若者に交渉し、二人は、村の井戸から水を汲むことを許された。ただし、武装は解き、下着姿で、という条件が付いた。さもありなん、とガダックは笑い、恥じらいもなく下着一枚になって、井戸へ向かっていく。

 ローディは周囲を見回し、自分たちの視界から、女子供が隠されていることに気付いた。つい自嘲的な笑みが浮かぶ。

 顔や体を洗う間、ガダックは若者たちに声をかけ、村の外の話などをしていた。ローディは顔をしかめた。ガダックは、残酷なことや無情なことは話さなかった。まるでおとぎ話を語るかのように、しかし現実感はかろうじて失わない程度に、華々しく脚色した話をしていた。自分を取り囲んだ〈狩人〉を打ち倒した話、小領主へ差し出されそうになっていた若い女を救った話、狼の群れに崖際まで追い詰められた話などである。若者たちは老人の話に引き込まれていた。変化の乏しい村の生活に、余所者はこれ以上ない新鮮な刺激であるだろう。ローディ自身も、飾り立てた冒険譚を売って利益を得たことは、いくらでもあった。しかし他人がそれをしているのを見るのは、決して愉快なことではなかった。現実はそんなもんじゃない、そんな格好いいもんじゃない、と怒鳴ってやりたかった。老人の話を無邪気に聞いている若者たちを、脅してやりたくてたまらなかった。衝動を抑えるために、冷たい井戸水を、あえて頭からかぶった。

 ガダックの話が功を奏したのか、若者たちは二人の旅装を整えるのに協力してくれた。衣服を新調し、痛んだ革や金具を補修したり、代用品を見繕って渡してくれた。それを、周りの村人たちも止めようとはしなかった。若者たちがどのような話を聞いたのか、彼らも興味があるからだ。

 太陽がほどよく昇り、村人たちの仕事が本格化するころに、村長がリズを伴って現れた。しわまみれの老人である。腰は曲がり、杖をつかねば歩けないらしい。しかし、豊かな髭と白髪が、老いた彼に風格を与えていた。リズは女性に付き添われていた。歳はローディと同じくらいだろう。彼女はリズに言葉をかけている。リズは困った顔でそれを聞いていた。

 リズはガダックの顔を見るなり、ぱっと目を輝かせた。

「じいじ!」

 しかし、駆けだそうとしたリズの手を、女性の手が優しく引っ張って止めた。リズは不満げに頬を膨らませ、女性を見上げた。女性はリズをなだめすかすような口調で、一生懸命に何かを訴えている。

「ほら、ここにいれば、なんにも怖いことなんかないのよ?」

 リズは困り果てたという顔で、ガダックとローディへ、交互に視線を送った。

 村長が口を開いた。

「ぶしつけなことを言うようじゃが、無謀な旅路を幼い子供に強いることは、到底見過ごしておけぬでな」

「見過ごすも何も」

 ローディはあからさまに機嫌を悪くした。

「そもそも、俺たちが、そのチビの用事につきあわされてんだ」

「ならば、この提案に異存はないじゃろうて」

 村長はリズに目を向ける。

「この子はここへ置いていきなされ。子供はこの上ない宝じゃ。この子は南の子じゃろうが、並みならぬ賢さをもっておる。それに、将来は美しい乙女になろう。一員として加えたいのじゃ」

 ローディは、返答に詰まった。鬱陶しい子供と別れる絶好の機会だ、ここに置いていけばガダックも文句は言えない。そう考えるのに、なぜかそう即答することができない。何故だ、何度も自分自身に問うが、答えは出ない。ローディは思わずガダックに目を向けた。老人はしかし、やはり迷っているようだった。

 聞けば、と村長が切りだす。

「昨晩、そちらの若者が、村の娘に手を出そうとしたとか」

 リズを横目で見やる。

「そんな男の傍に、幼いとはいえ女子(おなご)を置いておくことは、人として見過ごせんでな」

 とたん、ローディが嫌悪感を隠さず顔に表した。

「人として、なあ。それは、解ってて言ってるんだよな?」

 む、と言葉に詰まる村長に対し、ローディは嘲笑をぶつけた。

「切り札選びに失敗したなぁ、ええ?」

 リズの手を引いている女性が、肩を怒らせる。

「何を言うの、あの子を怒鳴りつけたことは事実でしょう!」

「ああ、失せろってな」

 ローディは表情を歪める。それがどうした、とでも言いたげだ。女性はリズの肩をしっかりと抱いた。

「この子にだって、辛く当たっているのでしょう? そんなの許せないわ」

「別に、あんたに許されることを求めちゃいない」

 ローディは返しつつ、腕を組んだ。苛立ちが湧いてきていた。なぜか、頭が熱くなっている。

 一陣の風とともに、少女の声が、凛と響いた。

「リズ、帰りたい。いっしょ、おねがい!」

 言葉は、ローディに向けられていた。吹き抜けた風が、ローディの思案を吹き飛ばした。彼の頭は、静かに冴えていた。

「……おいこら」

 低く、声を出す。

「そのガキ本人がそう言ってんだ、とっとと手ぇ放せ」

 リズを掴んでいる女性に、乱暴な言葉を投げる。女性はびくりと身を震わせた。その隙に、リズが身を振りほどいた。一目散に駆けだす。我に返ったガダックがしゃがんで両手を広げ、彼女を迎えた。リズはガダックに抱きついた。

「じいじ!」

 ガダックはしっかりとリズを抱きしめた。その姿を見て、女性は唇を噛んだ。ローディは悪戯めいた笑いを浮かべ、片目を閉じた。

「残念でした」

 村長は至極無念そうに、首を横に振った。

「なれば、行かれるがよい」

 門を指差す。ローディは下品な笑いで返した。

「とっとと出ていけ、って言えばいいじゃねえか」

 ふとリズを見る。幼い子供の、真っ直ぐな視線とぶつかった。ローディは舌打ちし、行くぞ、と抑揚のない声で言った。ガダックが頷いて立ち、リズの背を押して促した。リズはそれに従い、門の外へ向けて、振り返りもせずに駆けだした。ガダックがすぐ後ろを追い、ローディは、大股で歩きながら、それに続いた。

 三人が出ると、村の門は固く閉ざされた。まるで、もう二度と開くまい、とでも言うかのように。


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