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三人は、ただ太陽の傾きを頼りに、南の方角を目指して歩き始めた。しかし当然ながら、子供の足に合わせるとなると、その歩みは非常に遅い。その上、現在地点はどちらかといえば北の領地に近い。旅は長くなりそうだ。
黙々と歩を進めるしかない。風の音だけが荒野を走っている。鳥がたまに空を飛んでいき、岩陰からヘビやトカゲが顔を出す。獣の姿はない。人間の姿も、ない。
荷を負うガダックは、リズのすぐ後ろから彼女を見守る。先はローディが行く。しかし彼の足は、幼子のために合わせることをしなかった。ときどき、ガダックが声を上げてローディを呼び止めた。ローディはそのたびに苛立ちを遠慮なく表情に表し、渋々振り返って待つ。時に舌を打ち、悪態を吐く。あえて、幼子に聞こえるように。そのたびにリズは身を強張らせるが、反抗することはなかった。ローディがいなければ、自分は生き残ることができない。そのことを、彼女はよく理解しているらしかった。
何度目かに振り返ったとき、ローディの口元に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。幼子は、自分に追いすがろうと必死に走っている。大きく息を乱し、おぼつかない足取りである。今ここに置いていけば、たちまち死んでしまうだろう。無論、ガダックが許さないだろうが。
ガダックにしても、その武器は腰に佩いた大剣のみだ。その実力は知れないが、幼子に気を配っている間は、いくらでも隙がある。銃を持つローディにとって、脅威的な相手ではない。だが老人は、先を行く若者を警戒するどころか、信頼している様子さえ見せるのである。
「笑えねえ冗談だ」
思わず、呟きがこぼれた。ガダックが怪訝な表情を浮かべる。ローディは目を逸らしつつ、肩をすくめた。
「いや、独り言だ」
いぶかしむ老人の肩を、ローディは軽く叩いた。その足元で、とうとう幼子が座り込んでしまった。ローディはその尻を足でつついた。
「おいこら、まだ休憩には早い」
子供は顔を伏せ、大きくせき込んだ。言われたとおりにしようと立ち上がり、すぐにまたふらふらと体勢を崩してしまう。立とうとして両手を地面につけるも、顔を上げることができない。全身で息をしている。老人が強く声を上げた。
「少しは休ませねば。この小さな身体だ、死んでしまう」
「そしたら捨ててくだけだ」
ローディは何のごまかしもせず、それが当然だと言わんばかりの口調で返した。老人は息を呑む。が、それ以上は言葉が出ない。彼もまた、この若者の機嫌を損ね、本当に置いていかれてしまっては、幼子を送り届けることなどできないことがわかっている。
はっ、とローディは嘲笑した。
「なんだ、その顔は? ああ、俺は人でなしさ。あんたみたいに、偽善振りかざして自己満足に浸れるようにはできてねえんだよ」
老人は羞恥のためか怒りのためか、顔を赤くして、拳を震わせた。ローディはそれを目ざとく察し、両手を上げる。
「おおっと、殴られるのは御免だ、先に行かせてもらうぞ」
ローディはそう言うなりきびすを返し、宣言通りに歩き始めた。遠慮のない大股だ。自分の名を呼ぶ老人の声は、しっかり無視する。
が、いくらもいかないうちに、ローディの足が思わず止まった。彼の手を、小さな手が握ってきたのだ。見下ろす。まだ呼吸の整わない小さな身で、その手はしっかりと、離すまいとするかのようにローディの手を、正しくは指先を握っていた。小さく、やわらかく、温かく、今にも壊れてしまいそうな手である。ローディが気を変えれば、永遠に力を失ってしまう、小さな手。偶然により命を長らえ、今、こうしてローディに縋りついてくる手である。
「だいじょうぶ」
リズはローディへ向け、顔を上げた。とても言葉通りとは言えない状況だが、彼女は笑おうとしていた。うまくいかず、頬がゆがむ。ローディは唇を噛んだ。
「おまえ……そこまでか?」
リズはきょとんと小首を傾げ、少しして質問の意味を理解したのか、頷いた。ローディは顔をしかめる。
「できると思ってんのか?」
ローディの指先を握る小さな手が、ぐっと力を込めた。
「いっしょ、だったら」
それを聞き、ローディは大きくため息をついた。足の力を抜き、その場でしゃがみこみ、頭を掻いた。
「ああ、わぁったよ、畜生」
彼は何度も悪態を吐いた。ガダックが怪訝そうに声をかけてくる。ローディはおっくうでたまらないというような動作で顔を上げ、言った。
「休むなら休めよ」
その言葉を聞いたとたん、幼子がへなへなと力を抜いて、その場に倒れるように転がった。
ガダックの表情が和らいだ。
「助かる。わしもそろそろ限界だったのだ」
老人は荷を下ろし、大きく息を吐いた。幼子に気を使っているのではなく、腹の底から出た本音であるらしい。かくしゃくとしているように見えていても、老いは彼の力を奪っているのだろう。子供はゆっくりと上半身を起こして、心配するように老人を見上げた。老人は幼子に微笑みを返した。少し離れた位置で、ローディもあぐらをかき、見るともなしに二人を眺めていた。