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馬がゆっくりと立ち止まった。
リズの目の前には、かつては村であったその場所があった。焦げた跡の残る畑、崩れた粘土の家、燃え落ちた木造の家。散乱する農具、家畜の骨。全ては風雨にさらされ、朽ちようとしている。
馬の背から滑り降りて、リズはその場所へ歩んだ。馬はおとなしくついてくる。
足元に転がる木の椀を取り上げる。見覚えのあるもの。かすかに面影を残す、我が家の燃え残りだ。リズはかつて玄関であったその場所に立ち、一歩、足を踏みいれた。その靴の下で、炭化した木片が粉々になった。
家の中央にあたる場所に、リズは座りこんだ。父が、母が、小さな弟妹が、祖父母が、かつては集まった場所である。目を閉じれば、まるで昨日のことのようにはっきりと思い描くことができる。目を開けば、そこには何もない。リズは再び目を閉じた。
空を仰いで、リズはゆっくりと目を開いた。晴れた空に、大きな鳥が一羽、輪を描いて飛んでいる。
そのまま目を閉じて、リズはその場所で横になった。遺骨の箱を、しっかりと抱え込むようにして、身体を丸める。
陽が落ちた。冷たい風が、幼子の体を容赦なくなぶった。それでも彼女は動かなかった。
夜が明けた。空を舞う鳥の数が増えた。馬は草を食みにどこかへ出かけている。幼子は動かない。ただ小さく丸まっている。馬はまた戻ってきて、所在なさそうに尾を振りながら、幼子の傍に佇む。
陽が傾き、空の色が変わる兆しを見せた。空を舞っていた大きな鳥が一羽、リズの傍に舞い降りてきた。馬が怒っていなないたが、鳥は怯まず、鋭い嘴を持つ禿げた首を、小さな子供に伸ばした。幼子は動かない。馬が前足を上げて、鳥を威嚇した。鳥は少しばかり逃げるように動いたものの、またすぐに戻って、幼子をついばもうとする。
銃声。
馬が驚いていななき、うろうろと動き回る。鳥が、くたりと倒れる。
足音が聞こえる。誰かが、近づいてきている。リズは目を開いた。しかしその焦点は、明確に定まらない。瞳が彷徨う。
手が、彼女の頬に触れた。温かい。太くたくましい腕が、力強く彼女の肩を支え、抱え上げた。
「よくやった、よく頑張ったな」
耳元に囁く声は、今までになく優しい。
「帰ってきたんだ、おまえは」
リズはその言葉に、小さく頷いた。帰ってきたのだ。これで、彼女の目的は果たされた。彼女と、彼らの目的が。
リズの目から、涙がこぼれた。
彼女を抱いているのとは別の手が、頭に触れた。乱れた髪を撫でつけ、整えてくれる。
「さあ、次は、どこへ行こうか?」
リズは、目をゆっくりと開いた。
「つぎ?」
彼女を抱きしめる腕に、力が込められる。励ましてやるかのように、奮い立たせてやるかのように。
「どこにだって、一緒に行ってやる」
リズの瞳に、わずかな光が差す。彼女は、言葉を絞り出した。
「どこ、でも?」
ゆったりとした柔らかな風が、その場を包み込むように通り抜けていった。
「ああ」
その声もまた、彼女を抱きしめる腕と同じに力強く、そして、どこまでも、どこまでも優しかった。リズは笑顔を浮かべた。
「おうち……リズたちの、おうち」
二人分の息遣いが、一瞬だけ止まった。けれど、次に聞こえたのは、微笑みと共にこぼれた、優しい息吹だった。
「そうだな、探そう」
生きるための場所を。




