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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
27/29

*27

 十日ほどが過ぎた。ローディは、リズに何を言うこともできなかった。リズもまた、二人の傷が治るのを待っているのだろうか、何も言ってこなかった。毎日のように遊び、自分より幼い子供の面倒を見て、裁縫などを教わったりしているようだ。元々手伝いが好きなのか、村の一員のように働いている姿を見かけることもあった。水を汲んだり、荒らされた畑から小石や雑草を除いたり、家畜に餌をやったりと、幼児にも与えられる仕事を、楽しげにこなしているのだった。時おり夜にうなされていたが、最初の夜ほどのことは、もう起きなかった。それが良いことなのかどうか、ローディにはわからなかった。

 ガダックの傷は治りが遅く、完治を待つとすれば、かなりの日数をここで過ごすことになるだろうと思われた。ローディの肩にしても、それは同じだった。そもそも、本来は動かないはずであろうものを酷使して、両手で銃を構え、撃っていた。長時間まともな治療もせず放置していたことも祟り、なかなか元のようには戻らない。

 遊び疲れたリズが小屋に帰ってきた。少しして、豆のスープと平たいパンが、夕食にと運ばれてきた。ひび割れたランプの灯は落ち着いている。三人は、ほの明るい卓の上で、ゆっくりと食事を味わった。

 ローディは深呼吸をした。心臓が、わずらわしい音を立てている。

「なあ、リズ」

 リズが顔を上げる。機嫌が良いようだ。小首を傾げ、続く言葉を待っている。

「今、楽しいか?」

 彼の問いに、リズは満面の笑顔で頷く。ローディはもう一度、深呼吸をした。

「……ここにいたいか?」

 リズは、きょとんとした顔で、首を反対方向へ傾げた。質問の意味を呑みこめていないようだ。ローディは救いを求めて、ガダックに目を向けたが、老人もまた困ったような表情を浮かべているだけだった。ローディはリズに目を戻し、低く慎重な声で、言った。

「ずっとこの村で暮らしても、いいんだぞ?」

「いやっ!」

 リズは首を激しく横に振った。

「リズ、おうち帰るの!」

 それが意地なのか意志なのか、ローディにはわからなかった。けれども、彼女の望みは旅を続けることだ。ならば、いつまでもこの村にいるわけにはいかないだろう。ローディは再びガダックを見た。老人は既に覚悟を決めたのか、穏やかな表情であった。

 翌朝、旅装を整えて小屋を出た三人を目にし、今は村長となった代表の男が、慌てふためいて声をかけてきた。

「まだ完治はしていないと聞いているが」

「ある程度は動く。あとは移動しながらで十分だ」

「そんな無茶な」

 村長は心底困ったように頭を振った。応援を呼び、複数人で説得にあたろうと試みる。が、応援のために呼んだはずの治癒者の老女が、あろうことか言ったのだった。

「それじゃあ、軟膏を少しあげようかねえ。旅人さんらには必要だろうから」

「ババ様、のんきなことを言っている場合じゃないんですよ」

 他の者がたしなめようとすると、老女は眉根を寄せ、厳しい声を出した。

「覚悟を決めた人間に、他人がああだこうだ言ったって聞きゃあしないよ。余計な邪魔するよりも、手伝うことを考えな」

 決して迫力があるとは言えなかったが、妙な重さがあった。村の者たちは、返す言葉を失っていた。

 リズは胸元に遺骨の箱を結びつけ、右手にガダックの手を握り、左手ではローディの服の裾を掴んで、村人たちを見回していた。一緒に遊んでいた幼い子供たちは、リズが行ってしまうと理解して、泣いたり騒いだりしていた。

「行っちゃいやだ」

「なんで、なんでなの、きらいになったの?」

 リズは辛そうにしていたが、出立を諦める気配は全く見せなかった。老女がそのリズに歩み寄って、頭を撫でた。

「おまえさんに必要なことなんだろう、それを解っているねえ。賢い子だよ」

 リズは困ったように首をすくめた。答えに迷っている、というよりは、老女の言葉を理解しかねているようだった。老女は、ふふふ、と低く笑った。

「おまえの服の紋様には、このオババは覚えがあるよ。ここからさらに南へおいき……トトカの峰がおまえを導いてくれるだろう」

 しわだらけの手が、遠くに見える山脈を指した。ローディは峰を目でなぞり、呟いた。

「なあるほど、真南に見えるやつが、いちばん高い峰か」

 老女は頷いた。ローディとガダックを交互に見上げ、重々しい声を出す。

「この子は命の光そのものだ。この子が死ねば、おまえたちも死ぬだろう。守っておやり……それが、おまえたち自身をも守るだろう」

 ガダックは神妙な面持ちで頷いた。ローディは唇を開かず、歪めた。老女の言葉の意味を、うまく解釈することができなかったのだ。苛立ちが、地面を叩く足に表れる。リズがそれを見て、ローディをなだめるように、彼の腰をぽんぽんと叩いた。彼女の頭を、半ば無意識に撫でながら、ローディは言った。

「行くぞ、いつまでもこうしてちゃ、きりがねえ」

「そうだな、行こう」

 ガダックが頷いた。

 馬に荷をくくり、リズを乗せる。ローディはその後ろに跨った。ガダックもまた自分の馬に跨った。〈狩人〉から奪った馬は、新しい主人の指示にもよく従った。ローディとガダックが一声かけると、馬はゆっくりと、次第に速く、南へと進みだした。


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