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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
26/29

*26

 夜、ローディは、同じベッドで眠っているはずのリズの声に起こされた。同じくガダックも目を覚ましたのか、ランプに火が入る。外では雨が降っているらしい。部屋のなかの音が閉じ込められて、くぐもって聞こえた。

 リズは、どうやら目を覚ましてはいないらしい。ひどくうなされている。もぞもぞと身体を動かして、寝苦しそうに汗をかいている。

「お父さん、お母さん……あっ」

 リズは眠ったまま、両手で口を塞いだ。間違っても言葉を発してはならない、とでも言いきかせられたかのように。そのまま、震える。足がばたばたと落ちつきなく動く。息が荒れる。固く塞いだ口から、うめき声がこぼれる。

 ローディは戸惑い、ガダックへ目を向けた。老人はリズに近付き、肩を揺さぶった。

「どうした、リズ?」

 幾夜をともにしてきたはずだが、このようなことは今までなかった。ガダックも焦った表情で、リズを起こそうとしている。だが、幼子はまるで目覚めるのを拒絶しているかのようだった。ローディがリズの手を持って口から離すと、再び声がこぼれた。

「お父さん、お母さん……お父さん、だめ!」

 涙がぼろぼろとこぼれていた。苦しげに息を吐き、手足をばたつかせる。ローディはリズを抱き上げ、軽く背中を叩いた。少女の身体の冷たさに、ローディはぎくりと肩を震わせた。

「リズ、リズ、起きろ」

 耳元で呼びかける。

 はっ、とリズが息をのむ音が聞こえた。ガダックが、ほっと息をつく。

「目を覚ましたか、リズ」

 リズは硬直していた。現状を理解しかねているのか、困惑したようなようすが伝わってくる。ローディはそのまま、なだめるようにリズの背を軽く叩いた。

「怖い夢だったな、もう大丈夫だぞ」

 包むように、抱きしめてやる。リズの喉から、言葉にならない声があふれた。それは、リズの心そのままを表しているように、ローディには思えた。リズの小さな唇が、呼ぶ。

「お父さん、お母さん」

 それは、親を呼ぶ子供の声だった。ローディはどうしようもない気持ちで胸が詰まるのを感じた。リズを抱く腕に力を入れる。なにを言うこともできない。今、リズが呼んでいる存在は、ここにいない。自分は、お父さん、ではない。

 出会ったばかりのリズを思い出す。優しく接してきていたガダックにさえ、心を開かなかったリズ。その理由は、失くした子の身代りにされたくなかったからだ。子供ながら、されて嫌だったことはしない、と思い定めているのだ。

「いい、いいんだよリズ、いいんだ」

 言葉が出ていた。

「ガキが気にしてんじゃねえよ、もっと甘えてこい。俺は、構わねえから」

 言葉しか出ない自分が、もどかしかった。強くリズを抱きしめたが、リズは抱きつきかえしてはこなかった。ただぐったりと、ローディに体重を預けるばかりだ。まるで今にも力尽きようとしているかのようだ。ローディはリズを抱く腕に力を込め、ただ名を呼んだ。リズが手を伸ばしてこないのが、恐ろしかった。敵意ある銃口を額に据えられたときでも、ここまで心を乱しはしなかった。

 リズの涙も、力ない声も、ただあふれ続けている。

 ガダックがリズの背をさすりながら、静かな声で言った。

「今まで耐えていたものが、ここへきて吹き出したか」

 そのはずだ、と、声が震えた。

「この子は、〈狩人〉に囚われていたのだ……その意味を、もっと考えてやるべきだった」

 穏やかでいるよう努めた老人の声は、リズを、というよりは、ローディを落ちつかせようとしているようだった。ローディは、はっと顔を上げ、彼を見た。

 血にまみれた戦いの場で、怖れるより先に動くことができるほどのリズであっても、子供であることには違いない。どうしてそうなったかといえば、その幼い心身に余りある出来事がふりかかったからだ。その上で、生き残ってしまった。今まで壊れずにいたことが不自然だったのだ。幼子にとって、果たしてそれは幸運なことだったろうか。ガダックのように自棄になることも、ローディのように逃げることもせず、帰る、と望んだ。その意味を、ローディは初めて知った。

 一晩中、雨は止まなかった。


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