*24
空の下に、幾本も伸び立つ煙が見えた。
「人がいるのか」
ガダックが呟く。声には、隠せない疲労が滲み出る。ローディも、馬の揺れさえ苦痛に感じられるほどに、弱っている自覚があった。肩の傷が熱を持っている。ガダックも脚の痛みに耐えているのだろう。リズは、大人たちの額に浮かぶ脂汗を見逃さなかった。何度も二人を見上げ、不安げに呼びかける。そのたびにローディもガダックも、なんとか口角を上げたが、それも今は、しんどい、という感情をごまかせてはいなかった。
三人は煙に近づいていった。その判断が失敗だったとわかるのは、村が目前の距離になってからだった。悲鳴、怒号、銃声が響いている。煙が上がっているのは、家や倉庫や作業小屋などが燃えているからだ。
村の入り口に〈狩人〉の馬車が停めてある。見張りは村の方を注視しているため、まだローディたちには気づいていないようだ。ガダックが、ローディのまたがる馬の手綱を取った。
「死角へ回ろう」
気付かれるのも時間の問題だ、ここには隠れる場所もない。見張りが少し向きを変えるだけで、三人を発見することができてしまう。
リズが、低く呟いた。
「旗、いやなひと」
その言葉に、ローディは〈狩人〉らの旗を見た。今初めて気付いたことだが、それは間違いなく、ギムベイン隊のものである。ローディは頭を押さえた。
「クソったれな因縁だな」
これで遭遇は三度目である。彼らの本拠が南であることを考えると、この先もまた、巡り遭ってしまう危険性はあるだろう。
「もうしっかり顔を覚えられちまってるもんな、見つかったら逃げられねーわ」
なあ、とガダックに向く。老人は苦笑を浮かべた。
リズの手が、手綱を握るローディの手に触れた。
「パパ、逃げよう?」
ローディはリズを見下ろした。リズは真上を仰ぎ、逆さの向きでローディを見つめた。リズの目は、ただ純粋に、ローディとガダックを心配していた。二人が戦える状態ではないことを、この幼子はよく解っているのだ。
「親父……見張りは何人だ?」
リズに目を落としたまま、言葉をガダックへ向ける。ガダックは戸惑ったように、低く唸った。
「ここからは、三人見えるな」
「俺の目と同じか」
銃を構える。ガダックが焦ったように語気を強めた。
「本気か?」
「放っといたって切れやしない因縁なら、こっちから叩き切ってやろうじゃねえか」
銃を持つのとは反対の手で、リズの髪を梳くように撫でた。
「耳塞げ」
「パパ、だめ」
リズは銃身に手を伸ばした。が、ローディはひょいと手を動かして、リズの届かない位置に銃を持ちあげた。
「リズの前で殺しはやってるんだ、今さら死体を増やしたところで、親失格とかいうわけでもねえだろ」
むしろ、と彼は続けた。
「このままこいつらを放置するほうが、気分悪い」
渋面のガダックへ顔を向け、銃で村を示す。
「考えてもみろよ、親父。あいつら、俺たちの顔を知ってるんだぞ?」
そこでガダックは、ローディの言わんとしていることを察したようだった。なるほど、と力なく笑む。
「今さら、血で汚れることを厭いはせんよ」
馬首を巡らせる。その瞳には、闘志が蘇っていた。
「そうだな、業は我らで終わりにしよう……リズの手までも汚れぬように」
ローディは口角を上げた。頭を支配していた熱も、苦痛も、嘘のように消え去っていた。ただ、心臓の音が耳に響いていた。
大人たちの覚悟を理解したのか、リズが両手で耳を塞いだ。ローディは両手で銃を構えた。
「七発、これで仕留める」
獲物を捉える猟師の眼が、〈狩人〉らに据えられる。と、ガダックがローディに馬を近付けた。
「あの馬車、奪えるか?」
「なるほど確かに、そりゃあいい。リズ入れりゃ安全だしな」
言いながら、ローディは一発撃った。レバーを引き、もう一発。
「外した」
そうは言うが、馬車の付近にいた〈狩人〉の一人が身悶えしている。
「一撃で楽にしてやるつもりだったんだけど、な」
レバーを引いて再装填、発射。今度は狙い過たず、一人が転げる。もう一人がこちらに向け銃を向けた。が、当たらない。
「なーにが〈狩人〉だ、格好つけやがって、田舎猟師の腕に敵わねえとか」
放たれたローディの弾は、それることなく相手を崩す。馬車の陰から一人飛び出してきた。迷わず撃つ。
「四人か」
ガダックが馬を走らせる。剣を抜き、迫る。銃声、金属の爆ぜる音。剣の大きさが功を奏したか、ガダック自身に当たる弾はない。ふんぬ、と気合一声、剣の軌跡が宙に描かれる。
ローディも馬を走らせた。リズを腕で抱えるようにし、背を丸めて庇う。馬車に異変があれば、村に入っている〈狩人〉らも早々に気づくはずだ。
ガダックが馬上のままで剣を振るう。血に染め上げられた剣と転がる亡骸が、老人の衰えぬ力を知らしめる。ローディは思わず口笛を吹いた。
「すげえ」
リズを庇いつつ馬から降り、馬車の戸をこじ開ける。中には、幾人かの囚人がいた。先の街で捕えたのか、この村で引きこんだのかはわからない。衣服を見るに、どちらも混ざっているようだ。が、収穫と呼べるほどの数でもない。
「あっちで失敗したからってなあ。やることがしょっぱいぜ、ギムベイン隊長殿はよ」
と、腕の中からリズが飛び出した。ローディは焦って手を伸ばす。その鼻先に、弾がかすった。
「バレた、やべえ」
銃を構えて撃ち返す。〈狩人〉がこちらに気づき始めている。怒声が聞こえる。
開け放たれた門から村を見れば、建物は打ち壊され、家畜は殺されるか錯乱して逃げまどっている。が、人々は必死の抵抗を見せている。囚われるくらいならば命をくれてやろう、と言わんばかりの、捨て身の反撃だった。倒れている人々の姿もある。その中に、女子供の姿も混ざっている。幼い子供さえ石を握って投げ、〈狩人〉らに抵抗している。〈狩人〉にしてみれば、活きのよい獲物を殺すのも惜しく、さりとて手加減をすれば面倒だということで、攻めあぐねているようだった。
リズに横目を向けたローディの心臓が、大きく鳴った。リズは、ガダックによって頭を断ち割られた〈狩人〉の懐を探っているのだ。
「おいリズ、お前がそんなもんに触るな!」
怒鳴る。が、幼子は言うことを聞こうとしない。何かを夢中で探しているようだ。
「親父、リズが」
ガダックに向き、彼が膝をついているのを見て、ローディの心臓はさらに高く跳ねた。
「おい親父!」
これでは格好の的だ。小さなリズは幸い、馬車の陰にいる。ローディはガダックの前に立ち、銃を構えた。レバーを引き、撃つ。レバーを引いて再装填。舌打ち。
「弾切れだ」
撃った銃を足元に捨てて、次の銃を構える。弾を込めている時間は惜しい。これを撃ち尽くせば、あとは手斧とナイフでやりあうしかない。多数の銃口を目の前にしての、絶望的な白兵戦だ。まずは一発。
視界の端で、リズが馬車に潜り込んだのを捉える。ひとまずの安堵。向かい来る〈狩人〉に向けてまた一発、もう一発。
「親父、馬車まで行けるか?」
馬車の入口は村から見て横を向いている。装甲馬車の後ろから回っていけば、銃弾を受けることなく馬車に入り込むことが可能だ。ただし今二人がいるのは馬車の前方、御者側だ。入口は裏である。
「行かねばなるまいよ」
ガダックは剣を支えに立ち上がり、重たげな足取りで走り出した。ローディはまた一発撃った。残るは三発。
頭のすぐ上を弾が抜けた。首をすくめる。
「間違って馬に当たったらまずいな」
馬たちは戦闘状況に慣れるよう訓練されているらしく、落ち着きなく足を踏み鳴らし、頭や尾を振っているものの、暴れる様子はない。が、弾が当たれば話は別だ。ローディは車の下に潜り込めないか思案した。が、リズならともかく、大の大人であるローディが入り込むには、車体が低すぎた。足元で土が跳ねる。
動かねば当たる、そう直感し、ローディは一歩馬車に近づいた。そうして銃を構え、撃った。が、当たらない。焦燥からか、狙いが定まらない。胸に焦りが湧き、心臓が沸騰したような熱さを感じさせる。〈狩人〉の新手が三人ほど、こちらへ走ってくる。ローディは舌打ちした。撃つ。先頭にいた〈狩人〉が脚を押さえて倒れる。残る二人は意にも介さず、こちらへ駆けてくる。レバーを引く。残り一発、どちらを撃つか、寸の間の迷い。
「いっづ!」
声を上げ、ローディは耳を押さえた。ぬるりとした感触がある。銃を持ち直した手は、赤い。引き金を引く。瞬間、視界が揺れた。発砲音、直後、視界が戻る。敵に変化はない。レバーを引く。弾はない。
腹を括り、銃を捨てて、斧に手をかけた。その瞬間、興奮のために忘れていた左肩の痛みが蘇ってきた。斧を振るうことなど、できそうもない。そも、今まで銃の反動に耐えていられたことが不思議なのだ。
敵の銃口が、こちらへ向いた。
「パパ!」
声に向く。御者台にリズが立っていた。その小さな手に、そぐわないものを抱えている。リズはローディと目が合ったとたん、その手にあるものを放ってきた。
銃だ。弾は七発、使い慣れたものと同じ型のものである。ローディは反射的に銃を構えた。全身が高揚し、痛みも疲労も、全てが吹き飛んでいった。撃つ。レバーを引き、もう一発。狙いは過たず、迫っていた二人を倒す。
振り向き、御者台を見上げると、ガダックの手がリズを馬車の中に引きずり込んだところだった。入れ替わりに顔を出し、御者台に腰掛けたガダックは、周囲に視線を走らせた。
「ひとまず落ち着いたな、今のうちに中へ」
ローディは返事の代わりに走り出した。馬車の後ろへ回り、中に転がり込む。囚人たちが悲鳴を押し殺した。どれも枷は外されている。
「おまえがやったのか?」
リズは片手を腰に当てて胸を張り、もう片手で、血濡れの鍵束を差し出した。表情には、どうだ、と言わんばかりの笑みが浮かんでいる。先ほど〈狩人〉の懐を漁っていたのは、このためだったのだ。ローディは思わず笑いをこぼした。
「参った」
馬車のなかには幾種類もの銃が保管されていた。弾数は多いが精度と安全性が低いもの、威力は高いが単発のもの、とローディが見れば、その扱いを瞬時に見抜くことができる。リズは、その中から迷わずローディのものと同じ銃を選びだした。
「こりゃあ手遅れかもなぁ」
赤黒く汚れてしまった、彼女の小さな手を見て呟く。リズの頭を撫でようとして、自分の手もまた汚れていることに気づき、自嘲的な笑みを浮かべた。リズが、どこからか引っ張り出したらしい布を差し出してくる。
「パパ、おみみ」
泣いてはいない。取り乱してもいない。ローディはその布を受け取って耳の傷を押さえ、頭に結わえた。
「……怖くねえか?」
「こわい、けど、こわくない」
リズは、足元に置いていた銃を両手に持った。ローディに渡す気配はない。抱きしめるように、握りしめる。
「パパとじいじ、いっしょ」
ローディは目を瞬かせた。幼子の言葉には、言葉以上のものが込められているように思えた。が、それが何であるのか、ローディにはわからなかった。ただローディは頷いて、リズの手から銃を取り上げた。リズは銃から手を離そうとしなかったが、ローディの顔を見て、諦めたように手を引いた。
馬車の囚人らは、ローディらが味方であること、そして幼いリズがこの場で背筋を伸ばし、立っていることに勇気づけられたようだった。銃を持ち、ローディに言う。
「これ、どう使えばいい?」
ローディはぽかんと口を開け、沈黙した。リズの手が強く腰を叩いてきて、我に返る。
「その穴から先っちょ出して、引き金を引け。レバーをこうやって下げたら、次のが撃てる。弾数は銃によって違うから、弾が出なくなったらその銃は捨てて、次のを使え」
以上だ、と締める。すると囚われていた人々は手に手に銃を持ち、馬車に設けられている銃眼から銃口を出した。ローディは口角を上げ、小窓から御者台に出た。
「親父、このまま村ん中突っ込もう」
「村人たちを巻き込みはせんか?」
その時はその時だ、とローディは低く返した。ガダックは頷いて、手綱を取った。
馬車が走りだした。村へ向け、次第に速度を上げていく。ローディは銃を構え、撃った。
「馬車は頂いたぁ、文句があるんなら出てきやがれ、隊長さんよぉ!」
声を張り上げる。〈狩人〉らと村人らが戸惑い、動きを止め、次の瞬間、爆ぜたようにそれぞれの反応を示した。村人たちは歓声半分悲鳴半分で逃げまどい、〈狩人〉たちは焦ったように御者台を狙って撃ってくる。ローディとガダックの傍を弾がかすめ、抜けていく。しかし二人は一切怯まず、馬車を走らせ続けた。馬車の中から、囚われていた人々の声が聞こえる。
「くらえ、鬼畜ども!」
「今までの恨みだ、ちくしょう!」
罵声怒声が渦巻く。
「よくも息子を」
怨嗟に震える女の声も混ざる。銃声。反動に戸惑う声。しかしすぐに二発、三発と続けて撃つ。
ローディは胸の高まるまま、言葉にならない叫びを上げた。ひたすらに撃った。見える〈狩人〉全てを撃った。背を向ける者、恐怖に囚われ戦意を失った者、構わず撃った。一人として生かしておくつもりはなかった。自分の手で、その命を奪いたかった。他の誰でもなく、己の手で。
馬車の前に、顔面蒼白のギムベインが飛び出してきた。司令官の装いはすっかり汚れ、擦り切れ、ほころびている。嗜虐の快楽に浸っていたはずのものを狂わされ、怒りと絶望に支配された顔である。ローディとギムベインの視線が交錯した。
迷わず銃口を向けた。向こうもまた、銃を向けてきた。互いに、一発。
全ての音が消えたように、ローディには感じられた。ギムベインの体が、傾いだ。皮肉めいた笑みが、〈狩人〉司令官の顔に浮かんでいた。首から血が噴き出す。ゆっくりと、仰向けに彼は倒れ、そして動かなくなった。
ガダックが全身の力で手綱を引き、声を上げて、暴走しかかっていた馬をなだめ、馬車を止めた。




