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無茶をする、とガダックが呆れ声を出した。
「わしはもう歳だ、鈍っていることも多い。それを酷使させおって」
悪かったよ、と謝りながらも、ローディはへらへらと笑っていた。
「でもよ、黙って殺されるよりはいい手だったろ?」
廃村を見つけ、そこで馬を止めての休息である。幸いにも、見た目には澄んだ水の出る井戸があった。最初に馬に井戸水をやり、そうして馬が死なないことを確かめてから、廃屋で見つけた鍋を使って沸かす。井戸に毒を投げ込むのは村を捨てるときの常套手段であるし、そうでなくとも水は腐る。腹でも下そうものなら、それは誰にとっても命に関わるのだ。
廃屋を少しばかり片づけると、寝られそうな場所ができた。古びた布や薪があったので、ただ野宿するよりはよほど心地よく過ごせそうだった。
ちょうどよい柱に馬をつなぐ。よく訓練された馬らしく、さきほどの興奮は収まったようだった。戦車が追ってくる気配はない。馬車の暴走で、馬も大量に傷ついたはずだった。
「俺たちを追いまわすのは不経済だって理解してくれりゃあ、儲けもんだけどなぁ」
「難しかろうな。いずれは絶たねばならん因縁だ」
ガダックが布を洗い、ローディの肩の傷口に巻く。幸いにも弾は貫通しており、取り出す苦労は必要なかった。ガダックは悪いことに、太腿に弾が食い込んでいた。二人はリズを少しの間遠くへやって、手当てをした。ガダックは布をできるだけ口に押し込んで悲鳴を殺すようにし、民家から拾ってきた火ばさみで、ローディが弾をつまみ出す。
「我慢しろよ、親父」
ガダックは苦痛に顔を歪め、うぐ、と呻いた。赤く濡れた弾が出ると、血があふれる。ローディは傷口にすぐ布を押し当て、きつく縛った。腿の付け根を縛って血の流れは抑えたが、それも気休めでしかなかったようだ。
「こりゃ、しばらく動けねえな」
ローディは顔をしかめた。ガダックは布を吐きだし、弱々しい声で言った。
「なに……馬があれば、脚を使う必要もあるまい」
大きく深呼吸してから、続ける。
「南では移動や運搬にロバを使うという。探せば、鞍くらいは見つかるかもしれん」
「ああ、探してくる」
ローディは言って廃屋を出、リズを呼んだ。
「じいさんの傍にいてやれ」
「じいじ、いたいの?」
リズが心配そうにする。その視線は、ローディの肩に注がれていた。
「パパも、いたいの?」
「俺は大丈夫だ、利き腕じゃなかったしな」
ローディはリズの頭を撫でた。リズには怪我はない。それは幸いだった。この小さな体である。ひとたび血を流せば、あっという間に枯れてしまうだろう。
リズはローディに従い、ガダックのほうに走っていった。ローディはその背を少しの間見送り、それから廃村の探索にかかった。
ロバ用の小さな鞍が見つかったが、それは戦車用の大きな馬にはとても使えないだろう。ローディは腹帯やあぶみだけ持って、ガダックの元へ戻った。ほぼ裸馬の状態であれほど乗りこなせたのだから、なんとかなるだろうと判断してのことだ。予想通り、ガダックは尻に敷くための枕やクッションを探すようローディに言いつけてきた。簡易の鞍を作るつもりなのだ。
三人は、街から持ち出すことのできた食料をいくらか使って、食事をした。街でガダックが買い集めていたもののうち、あの混乱で捨てずにすんだものだ。鍋は、この村に落ちているものを拝借した。とても満腹になる量ではなかったが、食べないよりはいい。
日が傾いた頃、焚火を消した。元々濃い煙が上がらないよう注意はしていたのだが、夜になれば、今度は明かりに注意しなくてはならない。獣は炎から逃げ出すが、人間は炎に集まってくる。厄介な習性だ、とローディは誰に言うでもなく毒づいた。
布を集め、ガダックをできる限り温める。自分はリズを脚の間に挟むように座らせ、見つけてきた毛布に、一緒にくるまった。幼子の体温は高く、毛布の中は温かい。リズは安心したように、ローディに身を預けて眠ってしまった。
ローディは緊張を解くことができず、一晩、馬の様子に気を配ったり、戦車の音が聞こえないかと耳を済ませたりしていた。
空が白み始めたころ、ガダックが目を覚ました。ローディの顔を見るなり、彼は顔をしかめた。
「なんと酷い顔だ。おまえも少し眠りなさい」
ローディは逆らわなかった。ガダックが起きていてくれれば、少なくとも危険を察知すればすぐに知らせてもらえる。脚の間にいる幼子の温もりを感じながら、ローディは眠りに落ちた。
完全に陽が昇ったころ、ローディはリズが身動きしたのに起こされた。リズは自分を見上げ、頬に手を伸ばしてきていた。
「パパ起きた。じいじ、パパ起きた」
ガダックに向く。ガダックは愛おしげに目を細めて頷いた。ローディはその顔色が昨夜より良くなっているのを見て、安堵の息を吐いた。
「元気そうだな」
「おまえも少しは癒えたようだな。すぐに発つぞ」
ローディは、へいよ、と返事をした。もう食料もあまり残っていないため、飢えていない限りは、食事をすることもない。ただ、ここで水が手に入ったのは幸いだった。転がっていた革袋にたっぷり詰める。
わずかばかりの草を食んでいた馬のくつわを掴むと、おとなしく従ってきた。訓練が行き届いている。背中に急ごしらえの鞍をくくりつけ、リズを乗せて、リズのために鞍につけた持ち手を握らせた。
「いいか、これをずっと掴んで、何があっても落ちるなよ」
リズは素直に頷いた。懐っこい目を瞬かせてローディを見る。ローディは歯を見せて笑ってやった。リズもまた、嬉しそうに笑顔を返してきた。
ガダックは自分で馬の用意をして、またがった。やはり脚はうまく動かないらしい。せめてもう少しまともな手当てができれば、とローディは思ったが、それを察したようにガダックは言った。
「じじいより、馬の足のほうが速かろうよ。おまえもリズの後ろに乗りなさい」
苦笑したローディが老人の言に従うと、ガダックは二人の乗った馬の手綱を持ち、自分の馬を片足だけで操って歩かせた。馬の脚は、確かに人より速い。時に駆け足で走らせ、時にゆっくり歩かせる。時に下馬して人馬とも休み、再び歩く。そうして気づけば、三人は南の領地の深くまで入りこんでいた。




