*21
草に巨岩が埋まっているような地形が続いている。見通しは悪くないが、良くもない。隠れようと思えば死角が足りず、索敵するには多い。野生の山羊がいくらかうろついていた。風はこちら側へ流れている。ローディは、猟師としてのなにかが自分の中でうずくのを感じた。久しぶりに腕を試したい、という欲求が湧く。と、リズが横から声をかけてきた。
「パパ、たのしい?」
「そんな顔してたか?」
リズは頷いて、にこにこ笑った。ガダックも穏やかな表情で言う。
「そういえば、おまえの本職の腕を見たことはなかったな」
促すような言葉に、ローディは片目を細めて口角を上げた。銃を構え、山羊の一頭に狙いを定める。呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませながら、引金に指をかける。人を撃つときとは違う、素直な高揚感が湧きあがる。久しぶりの感覚だった。もはや、懐かしいほどだった。
引金を引く刹那、尖らせた感覚が、音を捉えた。馬と、車輪。ローディは銃を下ろし、視線を巡らせた。彼のようすにリズが小首を傾げ、ガダックが眉をひそめる。
「親父、リズ、なにか来るぞ」
音のするほうへ目を向けたローディの背筋に、氷が落ちるような怖気が走った。
近づいてくるのは、〈狩人〉の戦車隊だった。まだこちらに気づいてはいないらしい。ローディはリズとガダックを、岩陰に隠れるよう促した。ガダックは従いつつ、黙って剣を抜いた。リズが不安げに見上げてくる。ローディは銃をすぐ撃てるように構えながら、呟いた。
「頼むから気づくなよ」
遠くからの銃声。願いは届かなかったようだ。やはり、相手も狩猟を生業とする者たちなのだ。獲物が近くに隠れていて、その気配を見逃すはずがないのだろう。ローディは周囲の岩場に視線を巡らせた。人間の足で馬車を撒くのは、到底無理なように思えた。岩と岩のあいだがまばらで、馬車でも抜けられる個所が多い。逃げてもすぐに回りこまれるだろう。
「運がねえな」
ローディは舌打ちして、銃を構えた。威嚇射撃とはいえ攻撃されたのであれば、黙っている理由はない。狩られる側になるのはごめんだった。
「ちょいと可哀そうだが、馬ぁ狙うぞ」
一発。宣言通り、先頭を走っていた馬がつんのめって倒れた。後続の馬がそれにひきずられてつまずき、勢いのついた馬車が制御を失って大きく揺さぶられ、止まった。その間にローディは銃のレバーを引いて再装填し、次に狙いを定めた。と、後続の馬車が走るのを止めた。同じ手は食わないということだろうか、一発目の弾を偶然のものだとは断じなかったらしい。
「あの反応は嬉しいね」
ローディは言いつつ、一発撃った。御者が台から転がり落ちた。空の薬莢を排出し、再装填して一発。三台目の戦車の御者が、横っ腹を押さえて呻く。ローディは舌打ちした。
「いまいちだな」
「その銃でそこまで当てられるのなら、十分に過ぎる。並ぶ者もそうはいまいよ」
「北じゃあ珍しくもない」
ローディは表情を変えない。再装填し、構える。
戦車はこちらへ向かってくる。装甲車の胴まで貫く威力は、猟銃にはない。ローディは悪態をついて、次に狙いを定めた。その銃身を、ガダックが掴んだ。
「待て、どうするというのだ?」
「全員撃ち殺す。それしかねえだろ」
ローディは顔を歪めつつ答えた。ガダックもまた、厳しい顔で低く言った。
「こちらが撃ち尽くす前に、向こうがこちらを撃ち殺すだろう。銃の数が合わん」
言われ、ローディは舌打ちした。ガダックは銃から手を離し、腰を落として剣を構えた。
「あれはギムベインの戦車だ。あの街から撤収してきたのだろう」
「どうなったんだろうな?」
「おそらくは痛み分けというところか。戦車の数も減っている。益のない戦いは避けるが吉だと、向こうもわかってはいるだろうが……」
二人が話す間にも、戦車はどんどん近づいてくる。ローディは思わずリズを見やった。リズは唇をかみしめ、青い顔をしているが、それでもしっかりと戦車隊を見据え、両足を踏ん張って挑むように立っていた。ただ背を向けて逃げるのは無謀の策だ、という認識はあるらしい。
声が聞こえた。
「その顔、その姿、見覚えがあるぞ。先の街では見逃したが、部下らの命の償いをしてもらう機会が、こうも早く巡ってくるとはな!」
やはり、ギムベインである。ほざけ、とローディは怒鳴った。
「そっちが先に撃ってきやがったんだろうが。こちとら命が惜しいんだ、黙って殺されてやる筋合いはねえぞ!」
ギムベインの哄笑が聞こえる。彼は戦車の中から姿を現さない。ローディは苛立った。撃ちたくてたまらないが、弾を無駄に消費するだけでなく、相手に余計な刺激を与えることになる。
ギムベインは愉快そうに言った。
「よろしいよろしい、獣は牙を剥いてくれねば、面白みもない」
ローディは言葉を交わすのも嫌になり、地面に唾を吐いた。
ガダックが、ギムベインには聞こえないであろう低い声で、呟いた。
「ここで終わるか」
ローディも、それは覚悟していた。自分とガダックは、殺されて終わるだろう。ただし、残される幼いリズは、そう楽にはいかない。幼子には、死すらも慈悲に思えるほどの日々が待っているだろう。それは容易に想像がついた。
ローディはリズのようすをうかがい、そして目を見張った。リズは恐怖に震え、真っ青な顔で涙を垂れ流していた。全身が小刻みに震えている。察しの良さが仇である。現状を、ともすれば大人たちに劣らぬ正確さで把握しているようだ。
〈狩人〉たちは、戦車から出てこようとはしない。装甲の銃眼が開き、そこから猟銃の銃身が幾本か突き出てきた。全ての銃口が、こちらに据えられている。
ローディは自分も猟銃を構えた。
「おっと、殺される前に、お前らの馬を使い物にならなくするくらいの抵抗はさせてもらうぜ、いいか?」
とはいえ、猟銃一丁では、一発撃つ間に穴だらけにされることは必須である。手斧に替えたとしても、戦車の装甲は破れない。全身が嫌な汗にまみれている。腹が冷えている。頭は妙に熱い。心臓の音が耳に響いてわずらわしい。そのような感覚を味わうのは久しぶりだ。死が、怖い。
「パパ」
背中に触れる、か細い声。
ローディは大きく息を吸い、吐いた。
「親父、馬の金具だ」
「む、何を?」
ガダックが戸惑ったような声を出したが、ローディはそれを無視した。やらねばならない。
ローディは慎重に銃口を動かした。一頭の馬に狙いを定める。前からかろうじて狙える尻を狙い、撃つ。
馬がいなないて走り出す。つられて同じ戦車に繋がれていた馬も駆けだす。勢い余って他の戦車にぶつかる。岩に激突するものもある。何発もの銃声。ローディは銃を投げ捨て、リズに覆いかぶさった。左肩に、鋭い痛みが走った。ガダックの剣が閃く。敵の怒声。
「撃て、逃がすな!」
ほう、ほう、という〈狩人〉の合図が交錯する。肩の痛みに、ローディは低く唸った。しかしすぐリズを抱き上げ、目の前で興奮している獣のくつわを掴み、引き寄せた。獣は激しく抵抗したが、ローディも必死だった。鞍もあぶみもない。跳躍してまたがる。自分でも信じられないくらいの力であった。
馬はローディとリズを乗せ、走り出した。ローディはリズをしっかりと抱きしめ、馬にしがみついた。と、馬のくつわからぶら下がる綱を、誰かの手が取った。
「親父!」
「リズを離すな!」
後ろから銃声が響く。馬は岩のあいだをすり抜け、右へ左へと曲がる。銃声と罵声が、次第に遠くなっていく。岩場を抜けて南へ。ガダックが、片手にローディたちの馬の綱を持ち、片手で自分の乗る馬を制御しながら走らせた。




