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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
20/29

*20

 三人は、南の領地へと歩を進めた。関所や巡視兵などの障害を想定していたローディとガダックだが、そのようなものは一向に見えてこなかった。

「南は、統治に関しては緩いってことかね。北の端なんか徴税が厳しかったから、隣の村と行き来するだけで、お役人がすっ飛んできたもんだけどな」

「西方は各町の首長に任されていた部分が大きかったが、やはり面倒事は多かったな」

 少しの沈黙を挟み、彼は、もっとも、と言葉を続けた。

「反乱が多発したので、大領主の息のかかった者しか首長に就任できぬようにはなったが……大領主が〈狩人〉と癒着していることは、公然の秘密であったよ」

 ローディは複雑な顔をした。反乱か、と言葉を濁す。ガダックはローディの意図を察したのか、笑った。

「ああ、反乱など、軽々しく起こすものではないな。頭の足りぬ阿呆のすることだ」

 心底からそう思っているのだろうが、誰を非難する色も含まれていない。ローディは呆れ半分、尊敬の念半分の顔で笑った。

 一陣の風が駆けた。

 ガダックの表情が厳しいものに変わった。足を止める。リズがその顔を見上げて、怯えたようにローディに抱きついた。ローディはリズの頭を軽く叩いた。

「よしよし、いい子だから、しっかりしろよ。何が来るか、わかったもんじゃあねえんだから」

 それを聞くと、リズは彼から離れ、遺骨の箱をしっかりと抱きしめた。ローディは猟銃を手に取った。ガダックが剣を抜く。

「隠れられる場所はなさそうだ。戦うほかあるまいな」

 ローディは周辺に視線を巡らせた。

「そうだなあ、近くには町どころか廃墟もねえときた」

 ガダックは大きくため息をついた。

「水脈を把握しておけば、少なくとも人の住まいはあったろうな……わしとしたことが、初歩的な失敗を」

「今さら言ってもしょうがねえ」

「ふむ、それもそうだ」

 ガダックはすぐに思考を切り替え、剣を構えた。静かで揺らぎない。ローディは数歩下がってその背を眺めた。

「頼もしいな、親父」

 実物を見た憶えはないが、こんなものなのだろうと思った。

 近付いてくるのは、十人ほどの集団だった。男ばかりの掠奪者といった風体だ。ローディは肩透かしをくらった気分で、思わず猟銃の銃口を下げた。

「もうこの手の連中にゃ飽きたっつうの……」

「気持ちはわかるが、油断するな、馬鹿息子」

 ガダックの声が乱暴なのは、戦いの前に高揚しているというよりは、やはり肩透かしを喰らって苛立っているのだろう。半分は自分に言いきかせていることだ。大人二人の反応を見ても、リズだけは緊張した面持ちで身構えていた。ローディは横目でそれを見やり、どちらの対応が正しいのか、少しわからなくなった。

「ま、足して割ってちょうどってとこか」

 言いながら、リズのそばにしゃがみ、銃を構える。

 野盗どもは武器を振り上げ、近付いてくる。手斧、金づち、ナイフ、鈍い剣。それなりに使いこまれているようにも見えるが、一方で手入れの雑さも目立つ。玄人ではない。ほかに生きる手段を探すことを放棄しただけの、流され者たちだ。ローディは思わず口角を上げた。自分も、あれと同じ種類の人間だったはずだ。同類相哀れんでも、見下すことなどできないはずだ。だが、妙な優越感を感じずにはいられなかった。

 ローディは威嚇の意をもって、迫る野盗の足元へ一発撃った。野盗どもは足を止め、一瞬、ためらう。そこへローディは言葉をぶつける。

「やめとけよ。てめえらじゃ、このジジイにぶった斬られて終いだ」

「ローディ、リズが聞いている」

 ガダックが振り向かないままたしなめるが、ローディは、今さらだろ、と軽くいなす。レバーを引いて再装填し、狙いを定める。相手のうち、半数ほどがそこで足を止め、残る半数が武器を振り上げて走ってきた。

「相手は二人、ジジイと子連れだ、やれ!」

「おい、やめろって!」

 足を止めた者たちが止めるが、走る男たちは聞きもしない。ローディは、ふう、と息をひとつ吐いた。そばにいる幼子へ、ごく軽い口調で声をかける。

「リズ、耳塞いどけ」

 撃つ。悲鳴。

「あああ脚が、脚!」

 走っていた男の一人が転がった。それで戦意がくじければ、と思ったが、かえって男たちを逆上させてしまったようだ。目を血走らせ、歯をむき出しにしてかかってくる。明確な殺意。ガダックが低く呟いた。

「長生きはせんな」

 剣を握る腕に、ぐっと力が入った。ローディは咄嗟に腕を伸ばし、リズの頭を抱えるようにして目を塞いだ。ガダックの、ぬん、という気合の声。同時に、空を引き裂く重い音。一瞬遅れて、骨が砕け肉が潰れ、派手に血が噴き出した。断末魔。リズがローディにひしとしがみつく。それを撫でてなだめながら、ローディは笑った。

「おー、やっぱ親父、手加減できねえんだな」

 一旦リズから手を放してレバーを引き、再装填。構える。その間にも、ガダックの剣はひらめいて、男たちを威圧していた。ガダックへ向けて武器を振り上げようとする男。その腕を狙い、撃つ。悲鳴。男は武器を取り落とし、穴の空いた手首を押さえて身もだえた。レバーを引いて再装填。空薬莢が転がる。

 一人が死に、二人が撃たれ、刃に脅されて、男たちの戦意はかなり削がれているらしい。まだこちらを取り囲むようにしてはいるが、一定の距離を保ったまま、近付いてくることはない。ローディは男たちの動きと視線を観察した。すっかり狼狽している者、こちらの隙をうかがっている者、逃げる機を計っているらしい者。一人を見定め、立ちあがって、顔面にひたりと狙いをつける。

「失せろ、二人目になりたくなけりゃな」

 低く静かな声には、獲物を確実に仕留めようという猟師の意志が込められている。銃口はぶれることなく向いている。狙われた男が、情けない声を喉から漏らした。

 後ろにいた男たちが、静かにその場を離脱しはじめた。前に立っていた男の一人が、ちらりと死んだ仲間を見やる。それを妨げるように、ローディは怒鳴った。

「そいつは獲物だ」

 連れ帰ることを許す気はなかった。一瞬、咎められるか、と思ったが、ガダックへは向かなかった。老人はなにも言わない。ただ、また剣を構えているようで、戦意が肌にひりひりと伝わってくる。

 男たちは諦めたようにその場を去った。撃たれた者たちを支え助けながら行く者あり、見捨てて一刻も早く遠ざかろうとしている者ありだ。彼らの背が遠く、どれだけ狙っても弾の届かない距離に至ってから、ローディは銃を下ろし、そのまま肩にかつぐようにした。リズへ横目を向ける。彼女も、やや安心したように力を抜いていた。呼びかけると、すぐにこちらへ顔を上げてくる。ローディが微笑みかけてやると、リズはぱっと笑顔をはじけさせた。抱きついてくる。その肩を抱くように軽く叩く。

 ガダックが剣を収めつつ、死体を見下ろした。

「獲物、か。言い得て妙だが」

 ローディは返答に詰まった。つい癖が出たが、ガダックがこれを快く思わないことは容易に想像がつく。また、以前は気にもしなかったリズの存在が、後ろ暗さをいっそうかきたてた。

 ガダックが死体に手をかけた。

「ふむ、どこから手をつけてよいやら、わからんな」

「おい、あんたがそれやるのか?」

 つい焦った声が出る。なんとなく、ガダックにそれをやってほしくはなかった。が、ガダックはローディの声を別の意味にとったようだ。

「そうだな、おまえのほうが手慣れている。任せよう」

 言って、リズを預かろうと手を伸ばした。はたとそれを止め、自分がいくらか返り血を浴びていることに気づき、苦い顔をする。ローディは死体と、老人の表情とで視線を往復させたあと、訊ねた。

「あんたの流儀には反するんじゃないか?」

「大人一人ならば、自分の責任だ。命を賭して誇りを守るのも、ひとつの道だろう。だがな」

 衣服の汚れていない端を裂いて手や顔をぬぐいながら、ガダックは死体へ目を戻す。

「守るべきものが自分一人のものでない今、選ぶべきは、安全で確かな方法だ」

「リズが死体漁りを覚えちまう」

「物乞いを覚えるよりはよい」

 ガダックの言葉に、なるほど、とローディは呟いた。生き延びるためにあらゆる手を尽くさねばならないとき、最後の手段として身につけておくべきは、物乞いではないだろう。とくにリズは女だ。

 ローディは深呼吸をひとつして、死体に近付いた。ガダックの刃に深くえぐられた傷口から、血が地面に広がっている。凄惨な姿ではあるが、それで怖気を感じることはなかった。ローディは死体のうえにかがみこみながら、ガダックへ言った。

「親父、次はもうちっと加減してくれ。ぜんぶ血まみれになっちまう」

「む、そうか、気をつけよう」

 子供の前でなんて会話をしてるんだ、と呆れるような気持ちで、ローディはリズの表情をうかがった。少女はローディの手元を、興味深げに見つめている。ローディはひどく気まずくなり、リズに背中を向けた。死体を探る手を、できるだけその目から隠す。なんとなく、今このときはパパと呼ばれたくないような気がした。


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