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帰郷の風  作者: 宮音 詩織
2/29

*2

 夜が明け、番を交代していたガダックが、ローディを軽く叩いて起こした。ローディは大きなあくびをしつつ、身体を動かして筋を伸ばした。慣れた手つきで武具を身につけていく。ガダックは彼の用意が整うのを待ってから、硬いビスケットを差しだした。ローディはそれを受け取り、奥歯で砕きながら少しずつ胃に入れた。

「火のお代にしちゃ、ちっと弾みすぎじゃねえか、じいさん?」

「なに……久方ぶりに、人とまともに話した、その礼だと思ってくれ」

 ローディはふうんと気のない相づちを打ち、ガダックが荷をまとめるのを見ていた。

 遠方から車輪の音が聞こえてきた。ローディは砂をかけて焚火の跡を消し、建物の陰に身を隠して、様子を伺った。

「〈狩人〉の馬車だな。あの旗、南のワーニル分隊だったか」

 ガダックもローディの横へ来て、馬車を観察する。細められた目のなかに、渇いた感情が沈んでいる。

「銃眼がない。あの形は交易用だ。おそらく、捕えた者たちを他の土地へ売りさばきに行く途中だろう」

「さすが衛兵さん、よくご存じで」

 ローディは横目を向けつつ茶化したが、ガダックは揺らがなかった。狩り集められた民のほとんどは、一握りの権力者や富豪たちとの交易品として扱われている。豪奢に飾り付けられた馬車は、大量の人間を荷台に詰めて走っているのだ。ローディは視線を馬車へ戻した。見た目には贅をこらした派手な装いだが、中は人を詰めた牢屋だ。体格のよい馬が四頭並んで牽引している。操るのは、動きやすさと威圧感だけを突き詰めたような衣服を頭の先からまとった、まったく個性のわからない者たちだった。

「ワーニルって言ったら、土地持ちで有名だが」

 ローディは片腕を伸ばし、片目を交互に閉じて、おおよその距離を掴む。

「こんなとこまで、わざわざ売りに来たってのか、御苦労さんだな」

 彼の呟きに、ガダックは苛立ちを込めた低い唸り声を発した。

 と、その馬車に向けて、黒い群れが近づいていくのが見えた。人だ。背の高い頑丈な馬に跨り、武器を振り回しながら甲高い声を上げている。何人かが旗を掲げている。旗には、大きく翼を広げた、首の長い鳥が描かれている。ガダックは表情を強張らせた。

「あれは、抵抗組織の者か。確か、〈白鳥(しらとり)の嘴〉と言ったな」

 ローディの顔から、色がすっと抜ける。ガダックが目の端でそれを捉え、どうした、と声をかけてくる。ローディは蒼い顔のままで、嘲笑を浮かべた。

「知ってるか、ハクチョウっていうのは、あれで凶暴な鳥なんだよ。あれはその名前にぴったりな連中だ」

 その手は長銃にかかっている。

「〈狩人〉撲滅なんて大義名分を掲げちゃいるが、〈狩人〉を狩り返すことを生業に選んだってだけの、血生臭いやつらだよ」

 おまけに、と彼は眉根を寄せた。

「自分たちは本気でそれが正しいことだと信じてるから、始末に負えねえ。正義のためだとかなんだとかぬかして、〈狩人〉さえ殺せば済むと思ってやがる」

「随分と詳しいようだが……」

 ガダックの言葉を断つように、〈白鳥の嘴〉の方から、銃声が何発も響いた。幾人かの〈狩人〉が、血を吹き出しながら倒れる。

 馬車の中から悲痛な声が上がった。弾丸は荷台の壁面を貫通し、狩られ囚われている者たちにも容赦なく注いでいるのだ。馬車が激しく揺れる。

 数人の〈狩人〉がまた倒される。その間にも〈白鳥の嘴〉の駆る馬は近づいていき、剣や斧を振りかざした者たちが一斉に〈狩人〉の群れへと躍り込んだ。しかし〈狩人〉のほうも、ただ殺されるばかりというわけではない。銃や剣をもって、反撃を開始する。

 傷つけられ制御を失った馬が暴れ、馬車に激突した。悲鳴が上がる。囚われた人々には、為すすべもない。

 馬車の扉が壊された。人々が、我先にと外へ飛び出した。〈狩人〉たちの幾人かが、慌てて馬車の扉を閉めようとした。ほう、と甲高い声が上がる。ほう、とまた別の声が答える。〈狩人〉たちの交わす合図だ。

 馬車に何かがぶつけられた。次の瞬間、馬車に激しい火の手が上がった。人々を火が襲う。巻き込まれて火だるまになり、転げ回る人もいる。恐怖と苦痛の声が上がる。

 武器を持つ〈狩人〉たちは〈白鳥の嘴〉を無力化しようと手足を狙って攻撃する。一方で〈白鳥の嘴〉は、とにかく一人でも多くの〈狩人〉を殺そうとでもしているかのように、ひたすら武器を振り回している。訓練された戦士ばかりというわけではないようだが、その気迫は〈狩人〉たちを圧倒していた。

 馬車に積まれていたであろう火薬が、盛大に爆ぜた。ずんと腹に響く音と共に馬車が弾け飛び、木片や金具が凶器となって人々を襲った。

 退け、と低く響く声が聞こえた。途端、〈狩人〉たちが逃げ始めた。適当に馬を捕らえて跨り、操って立ち去る。乗馬の技術は見事なまでで、暴れていたはずの馬が、素直にその場を離れていく。〈白鳥の嘴〉の馬たちも、ほとんどいなくなっていた。

 〈狩人〉の撤退に、〈白鳥の嘴〉の者たちが勝利の声を上げた。囚われていた人々は、茫然とした様子で彼らを見つめている。なにが起きたのか理解しかねているのだろう。〈白鳥の嘴〉はいたわるように人々へ手を差し出した。無事を心から喜んでいるように見えた。怪我の具合を案じて、手当てなどを始める。人々は、命を救われた、ということを少しずつ実感しはじめたようだ。表情が、安堵と喜びに染まっていく。ひとたび波が起きれば、それが伝わるのは早かった。

 かいがいしく人々の世話を焼く〈白鳥の嘴〉を睨みつつ、ローディがふんと鼻を鳴らした。

「白々しいったらありゃしねえな。怪我させたのはてめえらだろうがよ」

 しかし、恐怖から解放された人々は、〈白鳥の嘴〉に対して、惜しみない感謝を捧げているようだった。満面の笑みを浮かべている者さえいる。まだ信じがたいというように茫然としている者もわずかにいるが、彼らの戸惑いは誰の目にも入っていないようだった。

 ローディは舌打ちし、毒づいた。

「どいつもこいつも酔っ払いやがって」

 実力を量るように、〈白鳥の嘴〉を一人ずつ観察していく。その視線が一点で止まる。同時に、彼の喉が、ひゅ、と不穏な音を立てた。ガダックが怪訝な視線を向ける。ローディは目を見開き、怒りと戸惑いのないまぜになった表情のまま硬直していた。ガダックはささやくように問う。

「どうした?」

 問いには答えず、ローディは呟いた。

「イリーナ? まさか、違う、いや……」

 こぼれた声は、ひどく不安定だ。その視線は、一人の女に据えられている。彼女がまとっているのは、身体の線を強調する形の、薄い革鎧だ。豊かな赤毛を波打たせている。ガダックの老いた目には見えないが、ローディの猟師の瞳には、その横顔がはっきりと映っていた。

 ガダックはローディを気にしつつも黙っていたが、やがて何かに気づいたように、〈白鳥の嘴〉へ目を凝らした。

「あやつら、何をしようとしている?」

 〈白鳥の嘴〉の幾人かが、武器を持って、明らかな重傷を負った人々に近づいている。気絶している者や、痛みに呻いて転がる者たちだ。囚われていた人々もまた、〈白鳥の嘴〉に倣った。倒れている人々の手足を掴んで引きずり、放り投げる。麦袋を扱うよりも乱雑で、心のない扱いだ。

 一か所に集められた人々に向けて、囚われていた人々が頭を垂れた。女たちは耐えられないとでも言いたげに顔を逸らし、身体を震わせて泣いている。男たちも沈痛な面持ちで、涙をこらえているようだ。〈白鳥の嘴〉の者たちが、武器を構えた。

 ガダックが驚愕に目をむき、大きく身を乗り出しそうになる。ローディは青白い唇を動かさず、彼の腕を掴んで押さえた。

 銃声。血が流れる。ガダックが声を震わせた。

「止めを刺したのか、手当てをしようともせずに……何のためだ?」

「やつらの理屈が、俺にわかるかよ」

 ローディは、感情の凪いだ、重く冷めた声で答えた。

 〈白鳥の嘴〉の者たちは、生き残った囚人たちを連れて去っていった。広い荒野に、その背がどこまでも見える。次第に小さくなる人の群れを、ガダックは渋い表情で見つめていた。

 ローディが荷物を抱え直した。表情はすでに、飄々としたものに戻っている。

「さて、と。じゃ、墓泥棒の出番だな」

 言葉は軽い。ガダックが眉根を寄せた。そこに侮蔑の光を読み取り、ローディはにやりと笑った。

「俺はずっとこうやってきたんだ、どうこう言わせねえよ」

 立ち上がり、ローディは物陰から出て、死体の山に向かって歩いた。

 〈狩人〉たちの持ち物からは、武器や食料があらかた持ち去られていた。ローディは舌を鳴らした。ガダックも彼の後ろから歩いてきて、苦々しげに表情をゆがめた。積み上がった死体には無数の穴が開いて、生ぬるい血がまだ流れ出ている。血の池としか説明しようのないものが、死体を中心にして広がりつつあった。その臭いがほかのあらゆるものを塗りつぶして、空気を濁しているようだった。

「このような、うら若い者たちまでも……」

 ガダックは膝を折って頭を垂れ、何者かへ祈る。ローディは彼を横目で見て、大げさな舌打ちをした。

「やりづれえったらありゃしねえな」

 と、何やら動く音がした。ローディとガダックは同時に身構えた。ローディは銃を構え、ガダックは腰の大剣を抜いた。積み重なる死体の下で、何かがわずかに動いている。ガダックが剣を持ったまま、死体をわしづかみにして、どかした。いくつかの亡骸をよけたとき、その下から現れた存在に、老人が思わず声を漏らした。

 小さな少女が、丸まっていた。運のいいことに、致命傷どころか怪我さえ免れている。気絶していたためにこの山に載せられたが、下の方にいたために弾が通らなかったのだろう。少女は怯えた顔でガダックを見上げていた。くりくりとした黒い目に褐色の肌、髪も濡れたような黒だ。愛らしい顔立ちは、成長すれば美人になるだろうという片鱗が見える。歳は六つか七つか、とにかく、親がなくては生きていけないような、幼い子供だった。

 悲鳴さえ上げられないようで、子供は目を見開いたまま、小刻みに震えている。ガダックが目を細め、剣を鞘に納めた。敵意のないことを示すように、子供から距離をとる。一方、ローディは大股に近づいて、子供の顔を覗き込んだ。子供はびくりと肩をすくめた。色鮮やかな布地の、裾の長い衣服は、南に特徴的な民族衣装である。

 ローディは銃口を子供へ向けた。

「殺すか?」

 ガダックが語調を強めた。

「なんということを」

「このまま見逃すほうが残酷だと思うんだけどね、俺は」

 子供は銃口に目を据えたまま硬直している。ただ、頭が混乱しているというのではないらしい。どこか聡い光が目に残っている。自分が命の危険にさらされていること、そして、何をしても無駄だということが、嫌というほどわかっているに違いなかった。

 幼い少女の目が、ローディの目に真っ直ぐ向けられた。ローディもまた、その目を見つめ返した。子供の瞳の中から、徐々に怯えの色が消えていった。そうすると、今度は、何かを期待するような光が現れる。ローディはそれを察して、うっと唸った。

「やめろ、そんな顔で見るんじゃねえ」

 顔を逸らす。ガダックは怪訝そうに眉をひそめ、ローディに目を向けた。ローディは二人の視線を浴び、耐えかねて声を上げた。

「やめろ、やめろっつうの!」

 彼は子供の正面に立って、小さな頭の上に手を置いた。

「ガキってのはこれだから扱いづらいんだ」

 ローディの手は、幼子の頭をすっぽりと包んでいる。彼女は不思議なものを見るように、ローディの腕や衣服へと視線を動かしていた。ガダックの怪訝な顔がローディへ向いていたが、ローディは彼を無視した。そのままの姿勢で、ローディは子供の頭を押さえる手に、力を入れた。幼い頭蓋はそのまま握りつぶせてしまいそうに思えた。身の危険を察したのか、子供は慌てたように身をよじり、ローディの手を振りほどいて離れた。

「いやっ!」

 見た目よりは幼い、舌足らずな声。老人はローディを咎めるように見やる。

「少しは情があるかと思えば……」

「腹の足しにもならねえものを、俺が持ってるわけがねえ」

 老人をからかうようにふざけた口調で、ローディは答えた。ガダックは明らかに苛立ったように鼻を膨らませたが、口で争っても勝てないとふんだのか、ローディから視線を外し、子供へ向いた。

 ガダックはゆっくりと子供に歩み寄った。子供は警戒して身構え、上目づかいに老人を睨む。ガダックはしゃがんで子供よりも視線を下げ、両腕を子供へ伸ばした。子供は迷うように視線を泳がせるが、逃げはしない。ガダックはそのまま幼い少女の肩へ触れ、慎重に引き寄せた。半ば無意識の言葉がこぼれる。

「息子を思い出さずにはおれんな」

 子供はまだ身を固くしているものの、彼の腕のなかへと素直に収まった。ガダックは優しげに目を細め、子供を抱いて立ち上がった。

「おお、良い子だ。もう怖れることはないぞ」

「連れていく気かよ?」

 ローディが驚き呆れて言う。ガダックは眉根を寄せた。

「放っておくわけにもいくまい。助けたならば、最後まで責任を果たさねば」

「最後って、いつだよそりゃあ」

 それは、とガダックは口ごもった。と、彼の腕のなかで、子供が急に動き出した。ガダックは取り落とさないよう、子供を静かに降ろした。子供はローディに一歩近づき、彼を見上げた。

「リズ……帰る。リズのおうち、帰る」

 言葉はたどたどしい。ローディは大げさに顔をしかめて見せた。

「帰る、ったって、狩られたんだろ、お前んところ」

 幼子は黙って頷いた。その手は自分の服を固く握りしめている。ローディは焦れて、転がる死体に顔を巡らせた。

「どうせこの中に、てめえの家族とやらも転がってるんだろ?」

「ローディ!」

 ガダックが強い声でたしなめる。子供は肩をびくりと震わせたが、返事はしなかった。顔を伏せる。ローディはガダックに横目を向けた。

「繕ったって無駄だ。一緒に捕まってたんじゃ、どうせ死んでる」

 もしくは、と声に嫌悪感をにじませ、吐くように続けた。

「〈白鳥〉どもと一緒に行っちまったかな。だとしたら、向こうはとっくに、このガキのことは捨てたんだろうよ」

 ガダックが何か言いかけたのを制し、ローディは強く言い放った。

「それが事実だ、見ただろ?」

「……言葉を選べ」

 ガダックは苦々しい顔をして、それだけ言った。幼子に目を戻し、穏やかな声で、しかし苦しげな様子は隠しきれず、語りかける。

「故郷に戻っても、誰もいないだろう。おまえの家族は……」

「帰る。おうち帰るの。リズ、帰りたい」

 紡ぎだされた、言葉。ローディは目を瞬かせた。ガダックが腕を組んだ。

「ふむ、喋りが不得手なのは、元々のようだな。しかし、賢い。そうは思わないか、ローディ?」

 ローディは怪訝な顔をして老人を見やった。ガダックは言った。

「この子をこのまま放置した場合、結果は限られている。獣の餌食になるか、賊どもに貪られるか、再び狩られるか」

 ガダックはローディに目を据えたまま、子供の頭に手を置いた。

「どれも後味が悪い」

「じゃ、勝手にしろよ」

 ローディは突き放し、背を向けた。

「俺は義理も何も感じないんでね」

 そのまま、歩む。別れてしまえばそれまでだ。縁もゆかりもない老人と子供に構う理由など、一切ない。二度と会うこともないだろう。

 数歩行ったところで、甲高い声が彼を呼び止めた。

「待って!」

 ローディは肩を揺らし、目を見開いて反射的に振り向いた。一人で歩いてきた間、彼を呼び止めた者といえば、町や村の門に立っていたり、巡回をしていたりする見張りや警邏だ。皆、不審がって彼を呼び止め、誰何し、目的を問いただし、住民への害意がないことを何度も確かめた。ローディはへらへら笑ってそれらを受け流し、あるいは金を握らせて見逃してもらい、あるいはナイフを押し当てて黙らせてきた。

「待って」

 幼い声が、必死に縋りついてくる。ローディの視線と、彼女の視線が、触れた。

 小刻みに身を震わせる子供は、その瞳に、不安の色を湛えている。

「おいていかないで」

 ローディは大げさに顔をしかめた。

「おいおい、話聞いてなかったのか? 俺はここまで。さようならだ」

 しかし幼子は、首を横に振る。少しのためらいを見せた後、駆けよってきて、ローディの服の裾を掴んだ。ローディは舌打ちした。子供がびくりと身を震わせる。ローディは、子供には脅威的に映るであろう表情を浮かべた。眉間にしわを寄せ、片頬を吊りあげ、目を細め、歯を見せる。そうして、低い威嚇の声を発した。

「放せ、ガキ」

 しかし幼子は、彼の顔を見ないようにしつつも、かえって彼の腰に抱きついた。

「いかないで」

 ローディは目を見開き、言葉を失った。幼子を見つめる。

 老人の声が、ローディの耳に届く。

「わし一人ではこの子を送り届けることはおろか、生かすことも難しかろう。旅は辛く、長いものになろう。老人と子供だけで耐えられるものではない。この子はそれを解っている」

「なら」

 ローディはナイフの柄に手をかけた。

「やっぱり始末していくのが正解だ。じいさんも、一人ならやっていけるんだろ?」

 幼子の腕が小さく震えて、彼に抱きつく力を強めた。彼女は顔を上げた。真っ直ぐに、彼を見上げている。恐怖ではなく、絶望でもなく、ただ、必死の望みだけが、その表情にあった。視線がぶつかる。幼い少女の瞳は、臆することなく全力で、ローディに訴えている。目を逸らすことさえ許さない、真摯な色。それを映して、ローディの眼に宿る厳しい影が、揺れる。

 ローディの、ナイフにかかった手は、それ以上動かなかった。

 寸の間の後、ローディは我に返った。幼子を無理やり引きはがし、老人のほうへ乱暴に押しやる。老人が手を伸ばして小さな体を支えてやらなければ、ひっくりかえっていただろう。それでも小さな彼女は悲鳴も上げず、焦ったようにローディへ視線を戻した。老人は子供の背を支えつつも、ローディへ問うような目を向ける。

 ローディは頭を掻いた。自分を見上げる子供の目と、老人の視線とを捉える。

「ああ、わかった、わかったよ!」

 彼は両腕を広げ、大げさな抑揚をつけて言った。

「どうせ行くあてはねえんだ。たまにゃあ、こういうのも悪くねえ」

 それを聞き、ガダックは深く頷いた。子供に視線を降ろす。

「さて、リズといったかな、わしらが送ってやるから、安心しなさい」

 子供の瞳に、わずかな安堵が揺れた。その髪を撫でるように、風が抜けていった。


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