*16
ことを終え、ローディは自分の部屋に戻った。時刻は真夜中だ。予想以上に具合がよく、つい長く楽しんでしまったのだった。懐にはいささか痛いが、久々の快楽に、彼は満足していた。少なくとも、そのつもりであった。
部屋の扉を開けると、眠たげな目をこすっているリズの姿が目に映った。大きなベッドに座り、ローディを見るや、笑顔を浮かべる。彼は苦々しい表情を浮かべた。
「まだ起きてたのかよ」
「そう言ってやるな。追いかけたいのをこらえて、大人しくしていたのだから」
ガダックの言葉に、ローディは空笑いを漏らした。追ってこられたら、この幼い女児に、とんでもないものを見せつけるはめに陥っていただろう。それを思うと、あまり心穏やかではいられない。
体の熱は、すっかり引いていた。同時に、言いようのない虚しさが胸に広がった。ローディは頭を抱え、口元を苦々しげに歪めた。事後はいつでも、この感情に襲われる。形容しがたいもの、言葉には表せないもの、どちらかといえば不快の部類に入る感情。
「まったく、我ながら女々しいね」
彼の自嘲を捉え、リズが立ち上がり、ベッドから降りて、歩み寄ってきた。彼の服の裾に手を伸ばす。ローディは、思わず一歩退いた。が、リズはそれを追うように、彼の服を掴んだ。ローディを引っ張りながら、心配そうに声を上げる。
「つかれたの、寝るのよ」
ローディは幼子の導くままに、ベッドに転がった。仰向けになる。大きく息を吐く。胸のわだかまりも、同時に吐き出したような気持ちになった。
「あー、楽」
ぼやけてきたローディの視界に、リズの顔が急に入ってきた。ローディは目を丸くした。幼子はベッドに這い上り、彼の顔を覗きこんだのだった。何かをねだるように、唇をとがらせている。そのまま彼女はローディの胸板の上に、頭を置いた。
ローディは手を動かした。握ったり開いたりを繰り返しながら、迷う。意を決し、ぐっと拳を固めると、ゆっくり開き、その手でリズの頭を撫でた。リズは頬を彼の胸板にすりつけて、甘えた。同じことを、先の娼婦がしてきたことを思い出す。今感じているのは、娼婦の熱とは全く違う、穏やかな温かさだった。
「自分がガキの頃から、こうやってガキのお守りばっかりしてた」
言葉がこぼれてから、ローディは我に返って息を止めた。しかしすぐに諦めて、肺に溜まった全てを吐いた。そうすると、胸につかえたものが一緒に飛んでしまったようで、彼の口は言葉を勝手に紡ぎ出した。
「北でいちばん多い稼業は猟師だ。大人はみんな村から出て狩りをする。で、よく死ぬ。だから、だいたい町や村にはガキを集める場所があった。俺も、そこで育った」
ガダックの穏やかな眼差しが、ローディに向けられている。彼はそれを感じながら続けた。
「親父は死んでたし、母ちゃんは体が弱くてガキの世話どころじゃなかった。だから俺は、わりと早くから狩りに出た。一人前に扱われるようになったし……いいヤツもできたよ」
「そうか、恋しく思った相手が、いたのか」
ガダックの相槌は、ローディの話をすっかり受け止める声だった。ローディは、ああ、と答えた。
「それも、〈白鳥の嘴〉が来るまでだ。あいつらは俺の住んでた村を乗っ取りやがった。みんなそれを歓迎した。迎合しない俺を捨てて、あの女は幹部の男に乗り換えやがった」
ローディは自嘲するように、片側の口角を上げた。
「尻が軽いにもほどがあるぜ。十日も前には、俺の耳元にさんざ甘ったるいことを吹き込みやがってたんだ。それと全く同じのを、こんどは別の男に囁きやがる」
その口で、とローディは続けた。
「俺を罵倒しやがるのさ。正義のために戦わねえ男は腰ぬけ腑抜けだとよ。くそくらえだ」
吐きだし、黙る。部屋の空気が、しんと静かになった。
リズが動いて、ローディの胸の上に上半身を載せた。腕をせいいっぱい伸ばす。何をしているのかわからないが、ローディはそれを放っておいた。幼子一人の重さで息が詰まるほど、やわな体はしていない。
しばらくすると、リズが腕に力を入れた。どうも、ローディをなんとかして抱きしめようとしているらしかった。小さな手で、必死にしがみついているようにしか思えない。それでも確かに、それは温かい。
ガダックの声がローディの耳に届いた。
「全て奪われたか。それでも、生きるのだな」
ローディは鼻で笑った。
「あんな連中のために死んでたまるかよ、損するだけだ。俺は、俺のためだけに生きてやるさ」
なるほど、とだけガダックは言った。ローディは、ぼんやりとした声で、話すでもなく呟いた。
「あーあ、結局喋っちまった」
リズを載せたまま、ローディは睡魔に身をゆだねた。ガダックが毛布をかけてくれたが、礼のために目を開くのが億劫で、ローディは気付かなかったふりをした。