師走は寒いよね
市立体育館の門に差し掛かると、西日が強烈に眩しく、思わず目を細めてしまった。そんな強い日差しなのに、体育館の駐車スペースには先日降り積もった豪雪を除雪してできた残雪が高く積み上げられており精神的な寒さを助長させていた。岩手山の山頂に積雪があるのが例年10月末。それから一か月後には盛岡市内でも初雪を観察する。そして12月になれば年によっては先日のような豪雪にもなる。
俺は寒さを振り払うように体育館の入り口まで小走りで向かい、自動ドアが開く時間ももどかしく、ようやく室内に入るが、期待していたほどにエアコンが効いておらず体育館の中も照明の薄暗さも相まって寒々しい雰囲気に満たされていた。
エントランスの談話スペースに目をやると、テーブルに片肘をついて退屈そうにスマホをいじっている未惟奈の姿あった。ただ、その退屈そうな姿勢も一流のアスリート故に姿勢よく佇む姿は、まるで美人絵画さながらにさまに成っていて異様にカッコいいのだ。
その姿を写真で納めれば、ファッション雑誌の表紙に使えそうなレベルだ。
「ごめん、待たせたな」
俺はそう声を掛けつつ、ちょっと気分がいい。高校生男子という属性の中において、俺だってそれなりの「小物」なので、こんな風に素敵すぎる未惟奈に声を掛ける瞬間は、ちょっと誇らしく鼻高々だったりする。
「なにその気持ち悪い顔」
未惟奈は容赦なく、眉間に皺を寄せてせっかく悦に入ってほくそ笑んでいた俺の気持ちの腰を折ってくる。ただそんなリアクションに慣れている俺は、それくらいで動じるはずもない。
「いや、俺の彼女が美しすぎるなあ、って見とれたからさ」
言ってやったぞ。ほら、照れてみろ!
と思ったのだが……
「はあ?」
怒気を孕んだそんな未惟奈の反撃に敢え無く撃沈。
俺は少しだけ不貞腐れて口をとがらせていると未惟奈が苛立たしげに言を繋いだ。
「はやく、座ったら?」
最近はすっかり愛想がよくなり頗る評判のいい未惟奈だが、俺に対する対応は一向に変わる気配がなく万事こんな調子である。
「いや、もう武道場に入って練習しない?」
せっかく小走りで身体が暖まっているので、一旦座って落ち着いてしまうとダラダラとしてしまうと思って、そう提案した。
「ちょっと話があるから」
未惟奈はそう言って有無を言わせない。いつも俺には不遜な未惟奈にしても、その態度はちょっと強引だなあと感じた。しかし争うほどのことではないので俺は丸テーブルを挟んで未惟奈の対面にある椅子に座った。
「なに?話って」
「だから、分かるでしょ?」
え?え?……またはじまったぞ?
いつもの「俺が気付いていない」から「鈍い」と責められるパターンだ。そう思った俺は警戒して慎重に考えを巡らす。はたして、このタイミングで話すことあったか?
全然思いつかないんだけど?
「どうすんのよ!」
そうやってすでに未惟奈の怒気のレベルが上昇し始めている。まあ、いつものことと言えば、いつものことなのですぐに降伏することにした。
「ごめん、ちょっと分からない」
そう言うと、きっ!とばかりに綺麗なブルーの瞳で俺を睨みつけたが、ちょっとだけ怒気の感じがいつもと違う気がした。
おや、なんか照れてる感じ?
根拠はないがその表情からそんな気がした。
「だから……クリスマスどうすんよの!」
「あ、ああ……それ?」
さすがに想像だにしておらず、固まってしまった。そんな間抜けな表情をした俺を見て未惟奈は追い打ちをかける。
「どうせ何も考えていないと思ったわよ。普通、こういう時は男子の方が積極的に企画とかするんじゃないの?」
い、いやまあそうかもしれないけど。そういうモチベーションをみせる輩はおそらく何らかの下心もある訳で……
「なにごにょごにょいってんのよ!」
「いや、だから……分かった。それは悪かった。ちょっと数日時間くれ。考えるから」
俺は確かに全く考えていなかったが、もちろん素敵すぎる彼女とのクリスマスをどう過ごすかという想像をすればモチベーションはMAXにもなる。だからちょっとテンション上げてそう応えた。
「いいわよ。もう私が考えたから。24日にうち来てよ」
「え?」
それって所謂”今日は私一人だから”という定番のパターンだったりするのか?
「両親が……特にママがね、翔と食事したいって」
で、ですよね~。
でも、ママはいいですよ。ちょっと(かなり)変わり者だけどとても若くて綺麗なお母様だし、あまり気を使わなくても大丈夫な感じだし……でもウィリスパパはね。ちょっとね……かなりね、食事中ガン見されて食事がのどを通らない絵がありありと想像できてげんなりしてしまう。
「そんな、困った顔しないでよ」
未惟奈が俺のそんな困惑の表情を見てとって、少し不貞腐れてしまった。
「いや、考えてもみろよ?大事な娘の彼氏に対する父親のリアクションなんて相場が決まっているだろう?しかもクリスマスだぞ?」
「パパとは何度もあってるじゃない?大丈夫よ、パパは翔のこと気に入ってると思うし」
「いやいや、毎回、未惟奈に近づくとメチャクチャ威嚇されてるんだけど」
「威嚇とか、動物じゃないんだから」
くすっと未惟奈は笑いながら言った。その笑い、実はあなたも「動物」って思ってるでしょ?
さて、せっかくお呼ばれしているのであればそんな嫌な顔ばかりもしてられない。
「OK、もちろん行くよ」
俺は返事は快くした。すると未惟奈は表情から一転してパッと明るい笑顔になった。
そんな表情を見て、さっきから見せていた未惟奈の「おこり顔」は、この話を切り出すことに少しばかり緊張していたのかなとも思った。
笑顔になった未惟奈はテーブルに置いてあったスマホを手にとると、速すぎるフリック入力操作を一瞬でやり終えテーブルに再度スマホを置いた。
するとマッハの速さで「ピロリン」と通知音が鳴る。スマホのトップ画面にに映ったであろうメッセージを未惟奈は横目で確認した
「ママが楽しみにしているって」
「w?もうLINEいれたの?」
未惟奈はいつもこういった連絡が早い。未惟奈の性格なのか、情報の取り扱いが恐ろしくオープンすぎてすぐに自分で話を拡散してしまう癖があるからいつも俺はひやひやなのだ。
例えば俺の食堂での告白劇にしても直後に春崎須美や芹沢薫子まで連絡を入れていたことが後日発覚している。
そんなことを思い出していると、また「ピロリン」と通知音が鳴った。未惟奈はスマホを覗き込むとフフフと少しだけほほ笑んだ。
「ん?どうした?」
俺はちょっとだけ嫌な予感がして尋ねた。
「芹沢さんが、よかったねって」
「え?芹沢さん?春崎さんじゃなくて?ってか芹沢さんにもさっき連絡たのかよ?」
「ええ、そうよ」
事も無げに未惟奈はのたまう。
「未惟奈、そんなに芹沢さんと仲良かったっけ?だって最初は喧嘩同然の組手やってんだぞ?」
忘れかけてたけど、最初の未惟奈と芹沢の敵対関係は犬猿だったはずなのになんで?
「だってほら、春崎さんて綺麗だけど、格闘ライターやってる変わり者でしょ?男女の機微に疎そうじゃない?」
沈黙は肯定の証というが……俺もまさにそれについては言葉を返せなかった。すいません春崎さん!
「それに比べて芹沢さんってあの通り魔性の女じゃない?いくらでも男、転がしてそうじゃない?だからいろいろアドバイス貰ってるの」
「おいおい、俺の前で男転がすとか言うなよ?怖いって」
俺はあんな芹沢みたいな魔性がなくなって楽に転がるから……いやいや未惟奈のルックスで芹沢のような魔性を身にまとったら、クレオパトラか楊貴妃かってレベルだぞ!?
俺はそんな想像をしたら「ぶるぶる」と身震いしてしまった。
「ごめんね?すっかり身体冷えてちゃったみたいで」
そうね、いろんな意味で寒気が凄いですよ……




