妖面
「ごめんなさいバタバタして」
少しだけ顔を引きつらせ、いつもポーカーフェイスを決めている芹沢薫子らしかぬその様子で戻ってきた。動揺している相手には失礼だが、その姿はとても「新鮮」でなんか得した気分になった。
「如月流伽くんは大丈夫でしたか?」
未惟奈の何気ない一言に、芹沢が「ぎくり」として、落としがちだった視線を上げて未惟奈を凝視した。
「な、なんで……」
そう言った芹沢の顔は、みるみる驚愕の表情に変わった。
「なんで私がその名前を知ってるか、驚きましたか?」
未惟奈は興味もなさげにしれっと返した。
俺もこの状況が理解できず、ただ静観していた。
「いやいや、芹沢さんそんな顔しないでください。たださっきの着信の時に画面に如月流伽の名前が表示されていたのを見ただけですから。私、知っての通り動体視力はずば抜けてるから目に入る情報量が多くて困るのよね」
そういった未惟奈は言葉通り困った顔をして、またうんざりとばかりに可愛らしいアヒル口を尖らさせた。
「そ、そうなのね」
状況を理解した芹沢は、少しだけ安心したように見えた。
すると彼女は大きく息を吐いて、丸テーブルの前に置かれた椅子に座った。未惟奈がさっき俺の真横に来てしまっていたので、丸テーブルを囲む三人の配置はアンバランスなものになっていた。
芹沢は動揺をおさめる様に小さくそして長い息を吐いていた。そして目を半分ばかり閉じた所謂「半眼」になること数秒……
おや?
俺はあることに気づいた。
「芹沢さん?今のが気をおさめてしまう方法なのかしら?」
そしてはやり未惟奈も同じことに気づいていた。
確かに「動揺」を見せていた芹沢の気の動きが今の所作でみるみる収まってしまった。
そしてあっという間にいつもの、そう表情がいまいち読み取れない芹沢薫子になっていた。
「フフフ、さすが未惟奈ちゃん。気付いた?」
芹沢は今の今までの動揺が嘘のように不敵な笑みでそう応えた。
そんな芹沢を見ていた俺は、「いつもの芹沢薫子」の表情が先日の黄厳勇師範の感情が見えない表情と重なった。
そうか、芹沢からいつも感じていた「得体のしれなさ」の原因はこれにあったのかと今更ながら気づかされた。
「あら、翔くんも分かったみたいね」
芹沢は俺の顔色まで目ざとく読んだのか、未惟奈へ送った不敵な笑みとは少し性質の違う「蠱惑的な」笑みを俺に向けてそう言った。
俺はそんな芹沢の変幻自在の表情を見て空恐ろしさを感じた。つまり意図的に顔色を変えることができるということは表情のない能面がつねにベースに存在していたからだと言うことに気づいたのだ。
「如月流伽の名前を出した時と大違いね」
未惟奈は負けていない。未惟奈はまるで試すかのように今一度、さっき確かに芹沢が動揺した如月流伽の名前を出してきた。
しかし、今度の芹沢はその名前を聞いても表情一つ変えずに未惟奈をあざ笑うようかのように視線を未惟奈に返していた。
「そういうことね」
未惟奈はそんな芹沢の表情見て一言呟いた。芹沢の「技」を認めたのだろう。
「満足いただけた?」
芹沢は白々しい作り笑顔で返す。なんか、怖いあぁ……女性達の攻防。
「図らずもこれから教授してもらう予定だった、「気」と「感情」を抑え込むプレゼンテーションを見せてもらったということでいいんですよね?」
俺は念のため芹沢に確認を入れた。
「そうね。ちょっとイレギュラーなことが起きて慌ててしまったけど、結果的に分かりやすい実演ができてよかったわ」
俺と未惟奈は肩がつくほどに近づいてしまっているので(そう言えばさっきまでは腕組んでいたし!)、自然と芹沢の視線は俺たち二人同時に向けて問いかけて来た。
「実際に見てどう思った?」
今度は芹沢が試すように俺たち二人に問いかけた。
「感情に気が動かされるのではなくて、気が先に動くのね」
こういう時はいつも間髪を入れない未惟奈が即答する。そしてその答えはいつも鋭い……
確かにそれは俺も感じた。俺と未惟奈は曲がりなりにも大成拳を実践しているので「気の動き」をある程度は読み取れる。
順番ということを見ると確かに表情が動く前に気が先に消えていた。
つまり気の動きに引っ張られて感情は常に後追いしているということが分かりやすく観察された。
「さすが未惟奈ちゃんね。で、翔くんもその辺は分かった?」
この様子では芹沢はあえて分かりやすく実演してくれた感じだな。だから俺にも十分わかった。
「ええ、よく分かりました。確かに気の気配が消えた後に、いつもの芹沢さんの表情のない冷静な顔に戻りました」
「いつもどおり表情がないって……女性にそのセリフはアウトだぞ?」
芹沢はケラケラと笑いながらそう返した。そして分かった。今も「うきうきした」ような感触の気が先に放出されて、その後に楽しそうに笑う芹沢の表情がついてきた。
「今のもわざとですよね?なんか怖いんですけど?」
「ほんと、芹沢さんって魔性の女よね?」
未惟奈が呆れるように返した。確かにこれだけ変幻自在に感情をコントロールできるなら言葉は悪いがいくらでも男性を「転がす」ことが出来そうだ。
「翔くんも大変だよ?未惟奈ちゃんがこの技覚えたら」
「いやいや、未惟奈がこの技覚えるのは魔性の女になるためではないでしょ?」
俺は辟易しながら応えた。なんかあまりの芹沢の妖面ぶりに驚きすぎてついつい忘れかけてしまったが、本来の目的は未惟奈が「気の感覚」を抑えて攻撃することを学ぶことだ。
それから俺たちはようやく席を立ち、芹沢から感情をコントロールするための「気の運用」を教わることになった。




