後手後手にまわる
「なあ、美影……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
連休明けの火曜日、つまり東京でのテコンドー道場訪問を終えた直後、俺は超能力マニアの美影聡一を訪ねた。理由は先日俺と対戦した黄師範の「ある事」について美影の意見を聞いてみたかったからだ。
黄師範は俺との対戦の時……いや正確には常に「気」の感覚を全く感じさせないという「異常さ」を見せた。
美影はかつて、未惟奈と俺の初めての対戦を遠見に見ただけで、未惟奈の「気の強さ」を看破したことがあった。だから美影ならこれについて何かヒントをくれるだろうという期待があったのだ。
「気の感覚に関してか?」
美影は、基本的に察しがいい。超能力マニアだから超能力が使えんじゃないか?と思えるほどに先を読んでくる。まあ、そんな事はないと思うが?!
そう言った意味では未惟奈も察しがいいのだが、未惟奈はあくまで状況判断するのが異常に速いだけで「先を読む」という感じではないのだが、御影に関してはまるで心を読まれてると思うほどに先を読んでくる。
「相変わらず察しがいいな」
「いや、今回はそうでもない。さっきも気に関して質問をされたばかりだからな」
「え!?」
まさか……
俺の表情を目ざとく読んだであろう美影が続けた。
「神沼の想像通りだよ。ウィリス君がさっき訪ねて来た」
なるほど。俺の対戦が終わってから黄師範の気に関しては全く気にしていない素振りだったのに、さすが未惟奈そこに気づいていたか。
「で、未惟奈は何と?」
「私とは真逆の人間って見たことあるかと聞かれた」
この問いかけを聞いてもほとんどの人間はなんのことか分からないだろうが、きっと御影のことだ。未惟奈の言わんとしていることに気づいたはずだ。
むろん未惟奈のこの問いは俺が聞こうとしていたことと全く同じだった。
「そうか。俺が聞きたいこともそれだよ、美影」
美影は無言で首を縦に二度振りながら仕草で”そうだろうな”と意思表示した。
未惟奈が聞きたかった「未惟奈と反対の人間」とは……未惟奈のように感情に任せて気を放出するのではなく黄師範のように全く気を外出さない人間を知っているか、ということだ。
「で、美影の答えは?」
俺は少し食いつき気味に答えを急いだ。すると美影はまるで「そんな当たり前のことを聞くのか?」とでも言いたげにあきれた顔をしつつ言った。
「そんな人間がいるはずがなかろう」
「そ、そんな……」
美影は当たり前のようにそう言ったが、美影がいるはずがないといったその人間と対戦した俺は言葉を詰まらせた。
「神沼、ウィリス君にも言ったが、黄厳勇が気を発しないというのは勘違いではないのか?」
「いや、対戦した俺が言うんだから間違いない。……って美影、黄厳勇師範知ってるの?」
「知ってるも何も、ITFテコンドーの日本で唯一の世界チャンピオンだろ?」
いやいや、普通知らないでしょ?曲がりなりにも空手やってる俺でも知らなかったし。相当な格闘マニアなら知っててもおかしくないだろうけど、美影は超能力マニアだよな?そう言えば美影って前にも思ったんだけど、恐ろしく幅広い知識持ってて、どんなジャンルでもマニアになれる説あるよな……
なんて感心しつつも、俺はいよいよ黄師範の「気」の問題について一つの結論を導くしかなくなっていた。
「そうなると、黄師範は”意識的に”気を出さなかった、という可能性が高いと」
俺はその結論を口にした。しかし「物知り美影」もそれを聞いて眉間に皺を寄せつつ言を繋いだ。
「黄厳勇が中国武術家だったら俺もあり得るとは思うが、テコンドーで気を操るという話は聞いたことがない」
武道経験がない美影は俺と同じ疑問を口にした。
先日の対戦に関して俺に一番の学びがあったとすれば黄師範が「スポーツ競技を極めた存在」を直に経験できたことだ。つまり「武道」と対極にあると思っていた「競技武道」は決して「下に見る」べき存在ではなく多くの学びをもたらすものだということを身をもって痛感した。
今更だが、スポーツで大きな意味を持つ「パワー」「スピード」を発揮させるために最も必要なのは「筋力」である事に誰もが異論はないと思う。だから「気」が出る幕はないのだ。特にスポーツとして洗練されたテコンドーならなおのこと。
「でも、神沼。これは俺に聞くよりも芹沢女史に聞いた方が早いんじゃないのか?」
そうか、美影は芹沢薫子とも会ってたんだな。確かに美影が言うとおりなんだが。
「俺としては御影が、”気を発しない人間なんて沢山いるぞ”と言ってくれると期待してたんでな」
「それはないよ」
美影は”バカ言うな”とばかりに首を何度も横に振りながら即答した。
* * *
俺は放課後、いつものように未惟奈が教室を訪ねてくる前に芹沢薫子に連絡を入れた。芹沢からは毎月「大成拳」の指導を受けているので、業務連絡的なやりとりはLINEでしていたので連絡をとることはたやすかった。
ただ、ずいぶんと歳が離れているとはいえ若い女性であることには変わりはない訳で、意味もなく連絡をするのを憚ったのはやっぱり俺はまだまだ普通の男子高校生なのだ。
さて、スマホからLINE通話でコールした。
幸い数回のコールですぐに芹沢は出てくれた。
「翔くん?……なによ未惟奈ちゃんに続いて」
あ!と思った。美影同様に一足先に未惟奈は芹沢にまで連絡していたのか。まあそうだよな。シャイな俺と違って女性に連絡することに躊躇なないだろうし……
「芹沢さん……じゃあ、用件は分かっているようなんで」
「分かったわよ。電話じゃなんだから、今度の大成拳の稽古の時にゆっくりその話しましょう」
芹沢薫子は少しあきれつつも承諾してくれた。それに自分から「話しましょう」ということはこれについて何らかの答えを持っていると期待してよさそうだ。
「それからさ」
「はい?」
芹沢の声のトーンが少し落ちた。ん?なんか気に障った?……って俺いまほとんど話してないけど?
「翔くん、私に言うことない?」
「は?」
なんのことだ?心当たりないんだけど?
「いや、すいません………特にないんですけど」
「へえ、水臭いのね」
「えっと、俺なんかしましたかね?」
俺は心当たりはないのだが、こう一方的に言われるとなんか悪いことしてしまったように感じてしまう。
「いや、いいんだけど。未惟奈ちゃんから聞いたから」
「え?何を?」
「よかったわね、国民的スターの彼女ができて」
あ!!!そ、それ!?
ってそれは俺は全く悪くなくて……未惟奈がバラスの早すぎなだけだから!!




