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将来の有名人

「あのう……もしかしてウィリス未惟奈さんですか?」


 俺と黄師範の対戦談義が概ね終わった頃、未惟奈の前に立っていた女子中学生と思しき3人組の一人が声をかけてきた。


 少し前から彼女たちがしきりと未惟奈の方をチラチラと見ていたことには気づいていた。きっと我慢できなくなったのだろう、俺らの会話が途切れたタイミングを見計らってついに一歩踏み出してきた。


 11月の三連休である初日に学生服を着て電車に乗っているということは、私立中学の部活の帰りといったところだろうか。もしくは部活動での試合かもしれない。どちらにしても大きなボストンバッグを抱える姿はなんらかのスポーツをしている子たちなんだろうと思われた。だったらスポーツ界では世界のヒロインである未惟奈が憧れの存在でないはずがない。


「ええ、そうですよ」


 未惟奈は笑顔でそう応えた。


 こんな時の未惟奈は、一瞬の迷いもなくぶっちゃける。しかも俺とするような、ある意味ぞんざいな会話とは大違いの「神対応」だからビビる。


 満面の笑みで、声音も「一オクターブあがってねえか?」と思える声を出すもんだから隣にいた俺は鳥肌がたってしまった。


 前に未惟奈の自宅に隣接するウィリス父が経営するジムでの新体操スクールでもその対応を目の当たりにしたことがあった。あの時も今と同じように「瞬間的に」今と同じ笑顔に早変わりしていた。


 俺はそのあまり凄い変わり身に「こっわ!」とつい小声が漏れてしまった。


 それに気づいた未惟奈は、一瞬俺を睨みつけたがすぐに「外向けの笑顔」に戻って女子中学生に視線を戻した。


 さすがに電車の中ということもあり未惟奈の周りに人だかりができることはなかったが、この女子中学生がよく通る声ではしゃいだものだから同じ車両にいた多くの人に感づかれてしまった。


 中には露骨に近く寄ってくる男子中学生、それから高校生と思しき男女の数名がわらわらと集まってきた。


 未惟奈は確かに有名人だが、芸能事務所にいる訳でもないし、またプロのスポーツ選手でもないのでスポンサーに忖度するは必要もない。だから未惟奈のTVでの対応は基本的に「塩対応」だった。それが最近では、世間でも話題になるほどその対応が大きく変わってきている。


「自分はトラブルメーカーだから」


 未惟奈はかつて、自分が空気を読まずに場の雰囲気を悪くしてしまうことがコンプレックスだと話してくれたことがあった。確かに俺と出会った当初、未惟奈の学校での粗暴な振る舞いは、とんでもない自分勝手な我儘娘にしか見えなかった。


 しかし未惟奈は変わった。それは間違いない。


「ファンです!握手してください」


「サインください」


 車両はそんな混雑している訳ではないので未惟奈はそんな要望にも対応してあげていた。それでも中には「空気を読まない」という人が大抵一人ぐらいはいるものだ。


「隣の人、誰ですか?」


 ほらきた。


 俺はついさっきまで未惟奈とずっと会話をしていたわけなので、俺が未惟奈の関係者であることは周りも気づいているのだろう。


 俺はそれほど自意識過剰ではないので、自分が周りからどんな印象で見られているかなんてことを神経質に考えることはあまりない。


 でも客観的に想像しておそらく未惟奈の「スター感」に比べたら俺の雰囲気は比較にならないほどの「普通感」であろう。仮に俺がそこそこ学校で目立って存在だったとしても(そんなことはないのだが)未惟奈の有名人オーラの隣にいれば霞んでしまうのもまた無理はないしね。


 だから「隣の人、誰ですか?」の言外に「なんで未惟奈さんがこんな普通の人と休日一緒にいるんですか?」という意味を含んでいることは明らかだった。


 もちろんそんな感想をもってしまうのは致し方ないのだが、この場でそれを本人、つまり俺に勘づかれてしまっているのは悪手である。まあ女子中学生だし仕方ないとは思うが。


 かといって俺が変に口を挟むもの余計に面倒なことになるので、俺は未惟奈の対応力に期待して静観していた。


「え?私の彼氏だけど」


「なっ!……」


 俺は「どうごまかすか」と思っていたのだが、予想だにしない未惟奈のぶっちゃけぶりに絶句するしかなかった。


「ひゃっ!!」


 少女たちは小さく悲鳴を上げた。


 また未惟奈の周りにいた他の学生たちや遠巻きに耳をそばだてていた乗客のほぼほぼ全員の視線が俺に集まってしまった。


 その表情が俺からもチラホラ確認できるのだが、皆一様に「え?こいつが?」とでも言いたそうな「怪訝な」表情をしている。


 まったく未惟奈は何てことしてくれたんだよ?


 俺は何も言えずに困惑していると、未惟奈は表情を変えずに、つまり笑顔のまま続けた。


「彼ね、これから有名になるから顔覚えておいた方がいいよ」


「え?そうなんですか?」


 最初に声を掛けてきた女子中学生の面々が俺の顔を凝視する。流石に目を逸らすのはカッコ悪いと思いなんとか愛想笑いを彼女らに返した。


「えっと、この人はどういう人なんですか?」


「私の空手の先生よ」


「え!!そうなんですか!!でも、同級生ぐらいですよね?」


「そうね、同じ高校の生徒だから」


「え!?マジ!?」


「彼、とっても普通に見えるでしょ?でもね、君たちも外見ばかりに気をとられてるといい男逃しちゃうわよ」


 未惟奈は魅惑的な瞳を彼女らに送りながらそんなことを言った。


 これって裏を返せば俺は普通っぽいけどいい男と言ってるようなものだ。


 俺はどんな顔をしてよいのかわからずただ気持ち悪く顔が歪んでしまった。


「未惟奈さんカッコいい!こんな普通の人が彼氏とか、めちゃ好感度アップですー」


「そう、それはありがとう……でも彼は普通ではないのよ?まあそれはいずれ分かると思うけど」


 未惟奈は嬉しそうに、そして意味深に応えた。


 悲しいかな、女子中学生たちはその「意味深」なことには、つまり俺のことには全く興味を示さずにただただ未惟奈の言動に絶賛の嵐を続けた後……ようやく未惟奈を解放してくれた。


「何よ、翔、さっきの対応は。もっとはっきりしなさいよ」


 未惟奈がすぐに「いつものトーン」に戻ってそんなツッコミを入れてきた。


「いや、俺は有名人じゃないんだからこういう対応慣れてないんだって」


「だからさっき将来有名になるからって私が言ってるんだから、あんな情けない態度じゃ言った私の説得力がないじゃない?」


「そんなにはっきり情けない言うなよ!自分でも落ち込んでるんだから」


「そうね、少しは落ち込んでもらわなきゃ困るわ」


「はいはい、未惟奈ちゃん、それくらいで勘弁してあげれば?」


 さっきからずっと他人のふりをして、会話に入ってこなかった春崎が笑いながらよくやく口を開いた。


「でもさ、翔って無駄に普通っぽくふるまう癖が強いじゃない?」


「いや、だって武道・格闘技以外では実際普通過ぎるだろ?」


「そう?翔くん、見栄えは結構いいと思うよ?」


「はあ?」


「うん、私もそう思う。ちゃんとスタイリストやヘアメークでもつけば三流アイドルぐらいには慣れると思う」


「なんだよ三流かよ」


 俺は照れ隠しにそんなことを言った。


「でも翔くん?冗談抜きでチャンプアと戦うとなると、プロモーション的に今後は普通という訳にも行かなくなるわよ」


 それは大いに気になるところであった。格闘技界のスーパースターであり現時点で最強と呼び名の高いチャンプアの相手が普通の男子高校生でいいはずがない。プロモーション的にはなんらかのキャラ付けが必要になるんだろう。そこは選手の俺の気にするところではないが、マッチメイクする高野CEOにしたらもしかすると俺が想像する以上に悩みの種なのかもしれない。


「でも、きっと拡散するわよ」


 未惟奈が急にそんなことを言った。


「え?何が?」


「私の彼氏」


 あ!と思った。確かにあれだけ大っぴらに未惟奈が彼氏宣言をしてしまったなら、あそこにいる何人かがSNSにこのネタを投稿するだろう。


「翔はこういうの好きじゃないかもしれないけど、もうちょっと世間に認知してもらわないとね」


「え?未惟奈ちゃんもしかして、さっきのわざと?」


「そうよ?まずはプロモーションのスタートとしては、私の彼氏で空手の先生。しかも同じ学校の学生」


「うわ、そのネタ面白そう」


 春崎が楽しそうにそんな勝手なことを言う。


「でしょ?上手くすればヤフーニュース載るよね?」


 未惟奈もやけに嬉しそうにそんなことを言う。


 俺はいまさらだが、こんな二人のやりとりを聞きながらもう「普通」「普通」とその居心地のいい場所に居続けることができなくなることを実感した。

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