意味のある同行
「大宮で降りるの?東京経由で行こうよ」
東北新幹線の中、まもなく大宮駅に着こうというタイミングで未惟奈はそんなことを言い出した。
しかも移動経路のナビを俺に丸投げしているくせに、眉間に皺をよせ頗る不満げである。
「おいおい、ムチャ言うなよ!そんな余裕ないからな。大宮駅で乗り換えるぞ!」
「えーっ、やだやだ!」
駄々をこねる子供のようである。
しばらくごねていた未惟奈をなんとか説得して大宮駅で新幹線を降りた。待ち合わせの時間までかなりタイトなスケジュールだったので新幹線改札を抜け少し急ぎ足で階段を下り、埼京線ホームに向かった。しかしその間不満たらたらの未惟奈は、キャスター付きバッグをズルズルと力なく引きながらダラダラと俺の後をついて来た。
「帰り余裕があったら東京経由で帰ろう、な?……だからとりあえず今は急いでくれ」
こんなスローペースで歩いていたら待ち合わせ時間に間に合わなくなると思い、俺は駄々っ子未惟奈をなだめつつ慣れない駅での先導役を務めた。
埼京線の武蔵浦和駅で武蔵野線に乗り換え終点の府中本町につく頃にはようやく未惟奈の機嫌も復活してくれた。
「この府中本町駅近くにテコンドーの本部道場があるの?なんか東京とは思えない景色なんだけど?これなら盛岡駅の方がよっぽど都会よね?」
「おいおい、声が大きいぞ」
府中市民全員を敵に回すような言動を周りに聞こえるような声で話す未惟奈に俺はひやひやした。
「私たちの移動効率を考えたら東京駅周辺の道場とかにしてくれればよかったのに、春崎さんも気か聞かないわよね?」
「いやそれは移動効率よりも、本部道場に行けた方がぜんぜんラッキーだろ、普通」
「ラッキー?……何が?」
「だって本部にはその団体の有力選手が多く在籍しているし、師範、指導員の顔ぶれだって地方道場は全然違うと思うぞ?」
「別にルール知るだけならそんなの関係ないじゃん」
確かに未惟奈にしたらルールを把握するくらい「わけない」かもしれないが、せっかくならその団体の最高峰の動きを見ておくのは決して無駄にはならないと俺は思う。
「翔はいつも競技武道に興味ないふりしてて今日に限ってなんでそんな乗り気なの?」
「誤解すんなよ?俺は別に競技武道に興味ないことはないさ。自分の技の参考になるならなんだって参考にしたいと思っているよ」
「よく言うよ、いつもという事違うじゃない」
未惟奈はつまらなそうにそう言った。
ただ、これは未惟奈をなだめるための方便ではなく、案外本心でそう思っていた。今までの人生ではテコンドーという競技は全くフォーカスしてこなかった。だからその全く知らない競技において日本最高峰の動きを直接見ることができることに俺は結構興奮していた。
さてようやく駅出口に近づくと、駅の改札の外には遠目からもやたらと目立つ「綺麗な女性」が手を振っていた。もちろんその女性とは春崎須美だ。
「二人ともお疲れさま」
春崎は満面の営業スマイルでそう出迎えてくれた。
「お待たせしてすいませんでした」
結局待ち合わせ時間を10分程度過ぎてしまったので、俺は一応頭を下げた。
「まだ時間余裕あるから大丈夫よ」
春崎は大人らしい対応で、笑顔を崩さず軽やかに対応してくれた。ただこんな大人な対応に水を差すのが未惟奈だった。
「ほら、翔、時間に余裕あったんだよ!東京行けたじゃん」
「いやそういうことじゃないから!もうその話は、帰りに寄るってことでいいだろ?」
「あははは、もうすっかりただのバカップルになってるのね……そう言えば、おつきあいおめでとう」
「え?なんで春崎さん知ってるの?」
さすがに俺は面食らった。
「だって未惟奈ちゃんからずっと相談されてたもの」
「えええ?何それ!?」
おいおい、未惟奈……なんてことしてんだよ?
「は、春崎さん!!そういうことは言っちゃダメでしょ!」
未惟奈は真っ赤になって、得意の電光石火の踏み込みで春崎に詰め寄っていた。
「み、未惟奈ちゃん、私をKOとかしないでよ!」
未惟奈のスピードに本気で恐れをなした春崎がホントに顔を強張らせてしまった。いや、マジで未惟奈怖い……
「どうせ、翔は鈍いとか、そんな話だったんでしょ?」
俺は照れ隠しにそう言った。実際、未惟奈の悩みなら俺が未惟奈の本心に気付けずダラダラと優柔不断を続けていた。きっとそんなことを愚痴っていたに違いない。
「いやいや、翔くんが他に好きな女性いるからって未惟奈ちゃんずいぶん悩んでたんだよ」
え!そっちの話?……てか未惟奈はどこまで話てんだよ?
「だ、だから春崎さん!なんで簡単にバラしちゃうのよ!信じらんない!」
未惟奈はいよいよ泣きそうな顔になるくらい動揺してしまった。未惟奈がこんなにも動揺する姿を拝めるのは、ちょっと意地悪だがなんか得した気分になってしまった。
「ごめん、ごめん……でもいいじゃない、最後は翔くんが公開告白してくれたんでしょ?」
「え?そこまで知ってるんですか?」
「うん。だってすぐにラインきたもの。お昼くらいだったかな?」
いやいやそれ直後だろ?情報入手早すぎだよ!格闘技ライターさん!
「でも二人はお似合いだと思うよ」
春崎は優しい大人の目になってそう言った。でもそれはあまりに春崎の効き心地のいいリップサービスに思えた。
「いや、世界のウィリス未惟奈と普通の高校生男子がお似合いってことはないでしょ?端から見れば絶対付き合ってるなんて思いませんよ」
俺は苦笑いしつつそう応えた。
「何言ってんのよ翔?あんたが普通高校生男子な訳ないでしょ」
未惟奈はまた呆れたように言った。このやり取りはもう何度目だ?
「そうよ、翔くん。格闘技ライターの私から見たらあなたはとんでもないスーパースターよ。確かに未惟奈ちゃんはアスリート全般の才能とか、容姿とか、スター性とかで測れば世界的な尺度でもみても圧倒的だと思うわ。でもこと武道・格闘技の世界でみれば翔くんは至宝だと思うわ」
「持ち上げ過ぎでしょ」
俺の中でそんな実感は全くないので、居心地が悪くなり苦笑しつつそう言った。春崎にそう言ってもらえるのはもちろんありがたいと思う。しかし百歩譲って俺が武道・格闘技界ではそこそこ評価されたとしてもワールドワイドでしかも様々な分野で注目される未惟奈とは比ぶべくもない。
「ところで春崎さん、今日は俺が来てもよかったんですか?」
俺はこの話題から逃げるようにそう言った。すると春埼須美は「にやり」と口角を上げた。
「ええ、私は高野CEOに絶対翔くんも同行するように話したの」
「え?なんでですか?やっぱ未惟奈のサポート的なことですか?」
「まあ、それもあるけど。これから行く道場で翔くんに是非とも会わせたい人がいるの」
「春崎さん?翔がテコンドー見てメリットあるの?」
未惟奈はテコンドー自体よく知らないから、春崎のそんな俺への提案にも全くピンときていない。むろん俺もなんだが……。俺が会う必要があるテコンドー関係者っているのか?
「えっと、それはどういう人なんですか?」
俺は顔に分かりやすい「疑問符」をつけて、春埼にそう尋ねた。
「日本で唯一の元世界チャンピオンの黄厳勇師範よ」
「えっと、なんで元世界チャンピオンの師範が俺と?」
「それは師範に会えば分かるわ」
春崎は不敵な笑みを浮かべつつ意味ありげにそう言った……




