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遊びじゃないよ遊びだよ

「翔、駅弁買わない?」


 盛岡駅の新幹線改札口を抜けると、俺の隣を歩く未惟奈は、腰を曲げて俺の顔を覗き込むような仕草でそうたずねた。その表情はまるで遠足ではしゃぐ小学生のように楽しそうな笑みをたたえていた。


「ああ、俺はエキナカのコンビニで適当に買うけど」


「えー、それじゃつまんなーい」


 未惟奈は駄々っ子のようにむくれた。


「い、いや別に遊びに行くわけじゃないんだからさ」


「ノリが悪いんだよ、翔は。私たち付き合ってるんだよ?せっかく東京まで二人で行けるんだからもっと楽しもうよ」


 未惟奈はそんな風に文句を言ったものの、表情は明るく機嫌はすこぶるよかった。


 俺と未惟奈は東京府中市にあるテコンドー本部道場に向かっていた。


 なんでテコンドー道場?というと、例の未惟奈vs伊波のルール調整と関係する。


 つい先日、ようやく春崎須美から「未惟奈vs伊波」のルール案がメールで未惟奈の元に送られてきた。


 そこには詳細なルール説明がPDFファイル5ページにわたりびっしりと解説してあった。


 ただルールなんてものは文字で見て理解するようなもんではない。


「翔、これ読んで理解できる?」


「いやル―ルなんて字面を見ても分からんだろ?」


「だよね」


 と、当然こうなる。


 そして春崎須美に具体的な説明を求めるように連絡をしたら返ってきたメールの返事がこうだった。


『ITFテコンドーのルールが参考になります。だから今度本部道場で見学しましょう』


 いきなりテコンドーと言われて俺は頭に?マークが浮かんでしまった。そして未惟奈のリアクションもまた似たようなものだった。


「私はテコンドーってよく知らないんだけど、翔は?」


「オリンピックのダイジェストで少し見たことがある程度かな?」


 こんな具合に俺も未惟奈もテコンドーの前知識はほぼないに等しかった。だから「テコンドールールが参考になる」と言われただけでは全くピンとこなかった。


 格闘技マニアの春崎須美曰く、世界的にはテコンドーは空手より競技人口が多くスポーツとしては非常に洗練されているらしい。だからこそオリンピック競技採用にもなっているのだろうが、日本人はあまりこのスポーツのことを知らない。その理由ははっきりしていて空手のイメージがあまりに強いからだ。日本ではどうしても空手発祥の地なのでわざわざ他国競技であるテコンドーをやろうとはなりにくい面がある。道場の数だって圧倒的に空手道場が多い。


 日本で「テコンドー習ってる」と言えば間違いなく「へえ、めずらしいね」と言われる。


 さらに春崎に言わせると「テコンドー」イコール「オリンピック競技」と決めつけてしまうのもどうやら素人なんだとか。


 未惟奈は春崎のマニアぶりな説明文に辟易しながらも、真面目な彼女は俺にその説明をしてくれた。


「なんかさー、よく分かんないんだけど、春崎さんが言うには、参考になるのはオリンピックのテコンドーじゃないらしいよ」


「何それ?」


 未惟奈が続けた。


「テコンドー団体って世界的には2種類あるそうよ。オリンピック競技は『WTFテコンドー』で、今回私たちがお邪魔する道場は『ITF』テコンドーだとか。つまり「WTF」か「ITF」の一文字違い」


「ワールドのWとインターナショナルのIの違いって感じか」


「そうね。」


「でも春崎さんはオリンピック競技側のWTFの方がメジャーで参考になる気がするんだけど、なんで春崎さんはITF選んだんだろう?」


「春崎さんのメールには「WTFはよりスポーツ的」で「ITFは格闘技的」って書いてあるわよ」


「へえ」


 俺はたいして興味もないので適当に返事をしたが、きっと春崎がITFのルールが格闘技的というのならきっとそうなのだろう。


 確かに未惟奈がよりスポーツ化された競技をすると、伊波より有利な気がする。だったら伊波の土俵である「格闘技より」のルールで行ったほうがフェアというのは分かる。


「なんか、よく分かんないけど、そのITF?の道場に見学行けば分かるんだよね?」


 未惟奈はその時、テコンドーには興味を示さなかったがなぜか嬉しそうな表情でそう言った。


 さては未惟奈……テコンドーはどうでもよくて東京行くのが楽しみなんだろう。


「でも本部が東京なら、結構運賃とかかかりそうだよな」


 俺は不安を口にした。さすがに岩手から東京となると普通高校生の小遣い事情だと二つ返事でOKとはいかない。


「大丈夫でしょ?きっと高野さんが経費で払ってくれるわよ」


 未惟奈はこともなげに言った。


「そんなもんか?」


「そんなもんよ」


 厳密にいえばルールの勉強が必要なのは未惟奈だけで俺は関係ない。


 だから「俺も行っていいんだろうか?」と未惟奈にたずねたが「翔は行くに決まってるでしょ!!」と決めてかかる未惟奈に逆らえそうにない。


 貧乏高校生に自腹は勘弁してほしいんだけど?


 しかし、俺の心配は杞憂に終わり、高野CEOは俺が未惟奈を全面的にサポートしているという理解があったらしく当たり前のように2人分の新幹線チケットが送付されてきた。


 実は俺のチケットじゃなく保護者ウィリス父のだったという可能性がないとも言えないが!?




 さて、そんな訳で俺と未惟奈は二人だけで盛岡駅の新幹線改札口にいる。


 未惟奈は明るいブルーのダウンジャケットに黒のストレッチパンツというスポーティーな「いで立ち」だった。アスリートの洗練されたスタイルからかその姿は異様にカッコよくて、そして美しいのだ。俺はその姿にただただ照れてしまった。


 未惟奈と出会ってすでに半年以上たつが実は未惟奈のよそ行きな私服はほとんど見たことがなかったことにいまさらながら気付いた


 するとどうだ。こんな私服の未惟奈は異様に目立つじゃないか。とにかく周りの視線が半端ない。ウィリス未惟奈と気付いてる人もいるんだろうが、そうでなくともやっぱスター独特のオーラと美しさはすれ違う人全員が驚くように未惟奈を見る。


 隣を歩く俺の存在には全く目もくれない。まあ当たり前だが。誰も俺が彼氏とは思ってもみないと思う。


 俺が未惟奈に公開告白劇をしてからすでに一か月以上たつが、いまだにデートらしきことをしていない。


 もちろん毎日一緒に空手の練習はしているが、それは付き合う前からなので付き合ってから未惟奈との関係性に実はあまり大きな変化が起きていないのだ。


「本当に俺たちは付き合い始めたのか?」


 最近は真剣にそんな疑問を持ってしまう悲しい日々を送っていた。


 こんなふうに自分でも忘れそうになるのだが俺と未惟奈は名実ともに?恋人同士なのだ。だからこの東京行きだって二人浮かれて旅行気分でいることは悪いことではないと思う。


 しかし先に俺は「遊びに行くんじゃないから」と浮かれる未惟奈を諭したのは、俺の単なる照れ隠しなのだ。なさけないけど。





「どうせ食べるなら岩手のお弁当よね」


 俺のそんな一人ネガティブ妄想を軽くスルーして未惟奈は駅弁買う気まんまんである。


 結局未惟奈に押し切られて俺たちは新幹線改札のすぐ目の前にあった土産屋に入って、早速弁当の吟味を始めた。


 まあ確かに出発時間がちょうど11:40だから新幹線の中で昼食をとるにはもってこいの時間だ。


「翔はどれにする?肉?魚?」


 未惟奈が楽しそうに尋ねる。


 いや俺も楽しいんだけどね。


 結局、俺は岩手産の「前沢牛ローストビーフによる握り寿司弁当」を、未惟奈は「うにご飯弁当」を注文した。


「私のうにも半分あげるから、翔の握りも少しちょうだい」


「ああ……まあ、いいけど」


 な、なんかカップルのようではないか!?……いやカップルだった。


 ここにきてようやく恋人を実感できて、たったこれだけのことでメチャクチャ嬉しくて高揚感を感じてしまった。


 いや、やっぱ……旅行って楽しいなあ。


 ……遊びじゃないけどね。


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