誰よりも分かってる
「翔、何があったか話しなさいよ」
放課後、いつも通り俺の教室へやってきた未惟奈は檸檬からの衝撃の告白に動揺する俺の心を相変わらずの洞察力で察知した。
未惟奈と俺は愛の告白シーンとしては完ぺきとは程遠いものの、一応お互いの想いを伝えあった。だからそれからしばらくは未惟奈と顔を合わすと気まずい空気が流れて落ち着かなかった。しかし、真面目な未惟奈はキッチリと毎日空手の練習のための放課後、俺の教室に顔を出したので毎日未惟奈と顔を合わさざるを得なかった。
俺はこの件に関する話題は意識的に避けていたが、さすがの未惟奈もそれは同じようだった。だからお互い慎重にこの話題だけは避けて、普通のコミュケーションは存外上手くいっていた。
だが、未惟奈のこの問いはこのアンタッチャブルだった話題に直接触れてしまうものだった。
「あ、やっぱ俺の様子おかしい?」
俺は少しお茶らけつつ慎重に返した。
「私が気付かないはずないでしょ?」
未惟奈は相変わらずの強引な論法で言い切った。この話題を避ける気はなさそうだ。
だったら……
「なんだよそれ?俺のことは誰よりも理解している宣言に聞こえるけど?」
「そ、そういう言い方はやめてよ」
そう言いながらも未惟奈は俺の言葉を否定することなく、顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。
最近気づいたのだが、未惟奈は驚くほどに嘘を言わない。今のやり取りにしたって適当にごまかしていいと思うのだが、照れはしても否定はない。だから先日保科聡美が未惟奈は家では俺の話をよくするという話題を出した時、照れつつも”嘘ではない”と言いきった。
「ホント未惟奈って男前だよな」
俺はそんな未惟奈の態度を見て思わずそんなことを言ってしまった。
「はあ?男前?喧嘩売ってんの?」
「ち、違うよ。感心してるんだよ。未惟奈はコソコソごまかしたりしないんだなって」
「何の話よ」
「普通は俺のことなんか興味ないって否定してもよさそうじゃん」
「だって実際に私以上に翔こと分かっている人なんていないもの」
「ほらそれ」
「なによ」
「いや、だから俺のこと好きすぎるでしょ」
未惟奈はまた顔をゆでだこのように真っ赤にしたが、今度は顔を逸らさずに言った。
「だって好きだし」
俺は未惟奈のぶっちゃけぶりに目から火が出る程に顔が熱くなってしまった。
こんな未惟奈を見て俺は抱きしめたいほどにカワイイと思ってしまう自分に気付く。やっぱり俺は自分が思う以上に未惟奈が好きなことは間違いがないのだ。
だから俺も誠実あらんとして檸檬の話を正直にしようと思った。
「実はさ、檸檬がね」
未惟奈は”檸檬”という言葉を聞いた瞬間ビクンと肩を上げる程に緊張したのが分かった。
そして未惟奈は黙ったまま俺の言葉を待っているようだった。
「檸檬にどうやら好きな人ができたらしい」
「えっ!!ま、まさか」
俺が想像した通り、未惟奈は驚きの表情を見せた。
「しかも、檸檬が好きな人が女性みたいなんだ」
「は?何言ってんの?」
「いや、俺も最初は信じられなかったけどおそらく間違いない」
「う、嘘でしょ?はっきり檸檬さん自身がそう言ったの?」
「ああ、その可能性を自分から俺にカミングアウトしてきた」
未惟奈はあまりのことに、顔を引き攣らせながら絶句してしまった。
「でも本人もその事実を受け入れられていない様子だったけどな」
「そ、それはそうよね。もしかすると本人の勘違いかもしれないし」
いや違う。苦悩の表情で檸檬が俺にカミングアウトをした、まさにその姿で俺は確信したのだ。
「ああ。でも16年檸檬のことを見てきた俺の目から見てきっと間違いない。檸檬は過去に男性を愛したことがない。本人が気付かなくても俺には分かるんだ」
「へえ、それは檸檬さんのことは誰よりも知ってる宣言ね」
あ、しまった。
未惟奈はさっき俺が彼女を茶化したセリフをそのまま使ってきた。
「なによ、聞くんじゃなかった」
未惟奈は途端に機嫌が悪くなってしまった。
「い、いや姉弟だからって話だろ?檸檬に対する恋愛感情の話じゃないから」
俺はまるで必死に浮気の言い訳をしてるようになっていた。
「そんな態度にならないでよ。私が嫉妬深いみたいじゃない」
いやいや……めちゃそうでしょ?
「分かってるわよ。でもちょっとムカついただけだから」
そう言って未惟奈はなんとか感情を自分なりに抑え込む努力をしていた。未惟奈はこんな風に最近は自分の感情をダイレクトに表現しすぎることでトラブルを起こしていることを自覚している。だからそれを改善しようと努力している場面を多く見るようになった。
保科聡美からは、そんな未惟奈を俺にフォローしてほしいと言われたばかりだった。だから俺はすぐに言葉を返すことができた。
「まあ、そんな未惟奈の我儘を完璧に理解してるのは世界広しと言えども俺だけだしな」
「ば、バカじゃないの」
そう言った未惟奈の口元が少し上がっていたのが分かった。
でも、もちろんそれを指摘するような野暮を俺はしなかった。




