檸檬の想い
檸檬への想いにケリをつけなければならない。
俺は未惟奈に告白をされた日から、そればかりを考えている。
俺の中では答えは出ていたはずであった。
だからこそ俺は未惟奈に「好きだ」という言葉を伝えたのだ。
その事実だけを見ればこの恋愛は成就しているはずであった。
しかし、未惟奈の母親である保科聡美はあの日、未惟奈は落ち込んでいたという。
未惟奈は過去に何度も驚異的な洞察力で俺の内面を見抜いてみせた。
その凄さを初めて知ったのがまさに檸檬のことだった。決して誰にも話した事はなく、また誰にも気づかれるはずのなかった実の姉、檸檬への想いを未惟奈は瞬時に察知した。
だから今回の件で、未惟奈が落ち込んでいたということはやはり未惟奈にしか気付けない何かがあったのだと俺は想像した。つまりそれはおそらく俺の中でケリがついてていない檸檬への想いに違いないと思っていた。
果たして俺は檸檬への未練が残っているのか?俺は以前のように檸檬への独占欲は明らかになく、未惟奈への想いが日に日に増していることを自覚していた。では、100%檸檬への未練がないのか?と問われるとイエスと言い切れない自分がいることも確かだった。
俺はこんな中途半端な状態でアクションを起こせない自分に焦っていた。
あれから半月以上たった10月の中頃。岩手では夕方になれば冬の気配すら感じる季節になっていた。
しかしここで俺の予想をはるかに超えた形で事態が動き始めた。
俺が未惟奈との練習を終え、自宅へ戻ると檸檬からスマホに着信があった。
「あ、翔?……私」
「なに?」
「分かってるでしょ?今、帰りなんだけど?」
檸檬は帰りが遅くなると、いつもこんな風に連絡をしてくる。俺に迎えに来いと言うのだ。
この習慣は以前、檸檬が自宅近くで待ち伏せされ本人の中では軽いトラウマになっていることに端を発していた。原因が原因だけに俺もこれには応じざるを得なかった。
「……ったく、今どこだよ?」
「橋の横のコンビニ。悪いね」
かつてはこういった悪態は照れ隠しだった。本音はこうして俺を頼ってくれることが嬉しかったのだ。それに”ああ送ってくれる彼氏がいないんだな”なんてことに安堵もした。
しかし今は状況が違う。だからいつもは言わなかった一言を付け加えた。
「悪いと思うならはやく彼氏つくって送って貰えよ?」
「ふん!なによ!そんな簡単に言わないで?」
俺としてはこんな一言でも勇気をふりしぼっているのだが、檸檬からは軽くあしらわれてしまった。
この時点では、檸檬の異変に気付くことはなかった。
俺は自宅からほど近い橋の横にあるコンビニへ走って向かった。
「悪いね。いつも」
待ち合わせ場所のコンビニから出てきた檸檬は手に持っていた缶コーヒーをひょいと投げて俺に渡した。
「え?ブラックじゃないの?」
「貰って文句言わない」
「なんだよ、迎えに来てるんだぞ?缶コーヒー一本なんて安すぎだよ」
そんないつも通りの他愛のない会話を交わした。
その時、俺はようやく気付いた。
「あれ?檸檬、なんかいいことあった?」
「相変わらず目聡いね翔は」
檸檬の言葉に俺は一瞬ドキリとした。
「そ、そんだけニヤけてれば誰でも気付くと思うけど?」
その時檸檬の顔が少し紅潮したのを俺は見逃さなかった。
「ようやく好きな男できたのか?」
俺は自分の声が震えるのを必死に抑えつつなんとかそこまでのセリフを絞り出していた。
「ああー………残念ながらそれはちょっと違うかな」
そう言って檸檬は少し引きつったような表情を見せた。
違う?好きな男ができたんじゃないのか?そして俺は檸檬の今のリアクションの意味が分からず混乱したが、それ以上この件を深追いする勇気がなかった。
その日、檸檬の様子が明らかにおかしかった。檸檬は夕食後、しばらくリビングに残りぶらぶらとTVを見ていることが多いのだが、直ぐに二階にある自分の部屋にこもってしばらく出てこなかった。
だから……俺は檸檬が一階のリビングに戻ってきたタイミングでもう一度切りだした。
「檸檬、何かあったんだろ?」
「え?……私、何か変?」
「恋する乙女の顔になってるぞ?」
「ばっ!ばかじゃないの!?」
檸檬はまた顔を真っ赤に染めながら慌てふためいた。
「違うのかよ?」
俺は慌てる檸檬を制するように”話してくれ”という強い想いを込めて強く言った。
檸檬は俺のことさら真面目で強い視線から逃れるように眼を逸らした。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「私さ、憧れのモデルがいるの知ってるよね?」
「は?あの部屋の写真盾で飾ってる雑誌コピーの女性?」
「そう。IZUMIというモデルなんだけど」
「そのモデルがどうかしたのか?」
「いたのよ」
「は?いた?どこに?」
「翔も知ってるでしょ?あの通学路にあるドラッグストアー」
「は?意味がわからないんだけど?」
「そう。私だって意味分かんないよ」
そう言った檸檬本人も確かに混乱しているようだった。
「名前すらしらなくて写真しか手掛かりがなかった憧れのIZUMIが……なんでドラッグストアーなんかで働いてるんだろう」
檸檬は思いつめたように言った。
「えっと……よく分かんないけど見間違いじゃないの?あのちっぽけな田舎のドラッグストアーに芸能人が働くとかは流石にないだろ」
好きな男の話でもなく、憧れのモデルの話だと?しかもそれはおそらく見間違いだ。俺は想像していた答とのあまりの落差に拍子抜けしてしまった。
こんなことで真剣になっている檸檬を俺は揶揄するよう諭した。
「檸檬、その幼稚なことに夢中になる性格、そろそろ卒業したら?」
「バカにしないでよ!間違いないんだから!」
檸檬がいきなり大声を返してきたので俺は面食らった。
「ど、どうしたんだよ急に」
「私が間違えるはずないでしょ!私がずっと憧れ続けてきた人なんだよ?」
「いや、憧れるって……あの写真だけだろ?」
「”だけ”とか簡単に言わないでよ!翔が私の何を知ってるというのよ!」
そう言った檸檬の目に涙があふれていることに俺は激しく混乱した。
「どうしよう」
檸檬は涙をためて小さく呟いた。
「どうって……何をそんなに悩むことがあるんだよ?」
「悩むよ!!」
檸檬は悲痛な顔で叫んだ。
「よ、よく分からないんだけど」
俺は過去に見たこともない檸檬の表情にただただ狼狽えた。
「だって……私もしかすると」
檸檬はこの先のセリフを言い出すことを一旦躊躇した。
俺はあまりの緊張で唾をゴクリと飲み込んでいた。
檸檬は黙っている。
俺は後に続く檸檬の言葉を待つしかなかった。
そしてついに檸檬は重たい口を開き衝撃の告白をした。
「私……女の人しか愛せないのかもしれない」




