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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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母の顔

『少し遅くなるから先に市民体育館向かってて』


 未惟奈の母、保科聡美が嵐のように教室を去ってから、しばらく護と教室でどうでもいい雑談をしていると再度未惟奈からLINEが入った。


「護、未惟奈、遅くなるから先に体育館行ってだって」


「ええー!残念だな。でもまあ今日は未惟奈ママに会えたからチャラかな」


「なんだよ、未惟奈と未惟奈ママは同格かよ!」


 それから俺と護は教室を出て、校門に向かったが、護はよほど未惟奈ママに会えたのがうれしかったらしく校門を出るまで只管、「保科聡美は美しい談義」を続けていた。


 これは未惟奈と同格というより護的にはママの勝利じゃないのか?


 護の家はバス停とは反対方向なので、俺と護は校門で分かれた。


 未惟奈との練習場所は、いつも通りの場所、つまり昨日高野CEOと対戦した市民体育館だ。学校から体育館まではバスを利用して20分程の立地にある。


 いつもは未惟奈と並んで向かうバス停までの歩道を俺は一人で歩いていた。


 すると突然後ろから背中を叩かれた。その肩を叩く手の感触で誰かは振り向かずとも分かった。


「なんだ、また檸檬は部活さぼりか?」


 檸檬は名ばかりの文化部に入ってるが、殆ど幽霊部員なのでこの時間、かなりの頻度で出会う。


「いつも煩いよ、翔は。で、今日は一人?未惟奈ちゃんは?」


 俺は昨日のことがあるから姉弟なのに檸檬の顔が直視できない。


 昨日、未惟奈には檸檬のことはなんとかすると啖呵を切ったものの、実はまだ具体的なプランにたどり着けていない。それはそうだ、昨日の今日だし。


「そういえば翔さ、昨日から、私の前でソワソワしてるよね?」


「いや、そんなことないけど」


 な、なんだ?バレとる?


「おねえちゃんを舐めるなよ?16年一緒に住んでるんだぞ?」


 さ、流石、実の姉だな。


 しかし檸檬は少し揶揄うようにそう言ったが、それ以上は踏み込んでは来なかった。俺の表情を読んで踏み込んでほしくないことをちゃんと分かっているのだ。檸檬はそういう細かい心の機微を読んだやさしさをいつも見せてくる。檸檬が魅力ある女性なのは単に美人というだけではない……とシスコンの俺が言ってみる。




「やっほーっ!」



 は?



 またやっほー?


 さっき聞いたばかりの声とセリフが背後から聞こえた。


 振り向くと想像通りの姿がそこにあった。


「保科さん、なんでいるんですか?未惟奈と一緒じゃないんですか?」


「私の話はもう終わったよー!今はうちのパパと三者面談してるー!」


「え?エドワーズさんもいらしてたんですか?」


「そう、そういえばパパと翔くんも仲いいのよね?」


「な、仲いいまでいかないと思いますけど、先日は色々お世話になりました」


 ちょっと前に伊波を交えた対戦で、ウィリス父には随分とフォローしてもらったばかりだ。


 そしてこのやり取りを目を白黒して見ていた檸檬がようやっと口を開いた。


「えっと、この方、もしかして」


「ああ、未惟奈の母親、保科聡美さん」


「未惟奈の母の保科聡美でーす」


 そう言って両手ピースをしてきた。なんというハイテンション。


 面食らいつつも律儀な檸檬が、同じように両手ピースを返していた。


「やっぱり、どこかで見たことあると思ってました。わあーすごい!本物だ」


 檸檬はきっと現役時代の保科聡美の姿をメディアで見たことがあるのだろうか。


「私は翔の姉の、神沼檸檬と言います」


「ええ!あなたが檸檬さん!」


「え?」


 檸檬は自分のことを知っている保科聡美にきょとんとした。


 そして俺は嫌な予感がした。


「でも、なんで翔が保科さんと知り合いなの?もしかしてすでに家に挨拶済んでるとか?」


「おいおい!ちげーよ、さっきたまたま教室で会ったから俺もさっき知り合ったばかり」


 檸檬もなに爆弾落としてんだよ?母親の前でやめてくれよ!


「でも未惟奈はね、家でいつも翔くんの話ばっかりしてるんだよー、でね翔くんのお姉さんが”あり得ないくらい美人なの!”っていつもやきもちやいてるのよ……フフフ」


「いや、そんな美人だなんて」


 美人と言われ慣れてる檸檬にしては珍しく、さすがに保科聡美というスターから言われて顔を真っ赤にして照れていた。檸檬がこんな顔をするのは弟の俺からしてもレアなものだからうっかりトキメキそうになってしまった。


「いや、ほんと女の私でもうっとりするぐらい綺麗だね、檸檬さんは」


「ほ、保科さん、褒め過ぎです」


 檸檬は照れながらも肘で俺をつつきながら小声でつぶやいた


(やったじゃん、未惟奈ちゃん翔のこと気になってるみたい!)


 俺はなんのコメントを返せずただ苦笑いでごまかすしかなかった。


「翔くん、これから市民体育館でしょ?私が車で送ってあげるよ」


「え?……あ、はい」


「保科さん……じゃあ、私はこれで」


 檸檬は余所行きの笑顔を保科に向け速足でさってしまった。去り際、俺にむけサムズアップしていた。きっと未惟奈との関係頑張れとでも言いたいのだろう。


「いやいや、檸檬さんホント綺麗ねー?将来モデルデビューしそう」


「さあ、どうなんでしょう」


 俺は早く檸檬の話題から逃げたくて適当に答えた。


「では翔殿!いざまいらん!」


 また妙なテンションが戻ってきたぞこの人。


 一旦校門を出たが、もう一度校内に入り学校駐車場に向かった。


「こうして歩いてると恋人に見えるかな?」


「それはないと思います」


 これには流石に俺も失笑を漏らしてしまった。


「ひどい!翔くん、私のことおばさんて言ったあー」


「いや、言ってないです」


 ホント疲れるな、この人。


 年齢的な話をすれば未惟奈の母親ということは俺と歩いていて親子関係に見られてもおかしくないけど、全くそうは見えないだろう。それくらいに保科聡美は若々しい。流石に恋人にはみえないだろうが、姉弟と言っても誰も疑わないだろうとは思う。


 駐車場につくと、普通の県立高校には場違いすぎる馬のエンブレムの真っ赤なオープンカーが停まっていた。


「もしかして、この車ですか?」


「カッコいいでしょー!!私とドライブしたい?したい?」


「いえ、市民体育館までで結構です」


「ちぇっ、つまんないの」


 この人は家でもいつもこのテンションなんだろうか?あのゴリラのようなウィリス父との夫婦の会話が想像できない……


 校門を出てド派手な見た目と、スポーツカー独特の排気音で下校中の生徒の注目を浴びまくった。自意識過剰な俺は頭を下げてなるべく目立たないようにしていた。


「あはは、大丈夫よ、翔くん。未惟奈に見られなければ」


「ちょっと意味わかりませんけど」


「だってえー……未惟奈が見たら嫉妬するでしょ?」


 なんだよ、まだ恋人に見えるって話、続いているのか?




「ところで昨日、なんかあった?」


「え!?」


 突然の不意打ちに大声を出してしまった。


 そんな俺のリアクションを見逃さなかった


「フフ、翔くんはやっぱり素直くんだねー」


「いや、別に素直ではないのですが」


 取り繕ったが、もうバレてるから仕方がない。


「未惟奈、昨日元気なかったのよね。やっぱ原因は翔くんか」


「す、すいません」


俺は未惟奈の気持ちに応えたつもりではいたが、未惟奈の中ではプラスよりマイナス……つまり不安が勝ってしまったということか。


「翔んはあやまらなければならないことしたの?」


「いや、それはないと思いますけど」


「じゃあ、いいじゃない」


「でも未惟奈に元気がなかったのが事実ならきっと俺が原因でしょうから」


「翔くん、真面目くんだ!……フフフ」


 俺は黙っているしかなかった


「でも母親としては、未惟奈には笑っててほしいんだよね」


 保科聡美はハイテンションなおねえさんから、また母親の顔に変わっていた


「それはそうですよね」


「未惟奈って友達いないでしょ?」


 俺はあまりに赤裸々に言うものだからドキリとして顔を上げた。そして保科聡美の顔を凝視して、そして強く返した。


「いやそんなことはないと思いますけど」


「フフフ、優しいね翔くんは。未惟奈をかばってくれたのかな?ありがとね。でも……そこは分かってるから。未惟奈はあの性格でしょ?あの子、世間的には人気者だけどリアルな社会生活では超がつくトラブルメーカーだったからね。中学時代はほんと苦労したわ」


 まあ、そうだろうなという本音が思わず顔に出てしまった


「わあ、なにその顔?ひどいなあ、恋人ならさっきみたいにすぐ否定しなきゃ」


「だ、だれが恋人なんですか?」


 ほんといきなりぶっこんでくるから、この人怖いよ。


「5月にあの子が北辰高校に通うようになってね、友達できたって喜んでたのよ」


「えっとそれって」


「もちろん翔くんよ」


 俺はその言葉を聞いて、未惟奈が俺のことを笑顔で話す姿が思い浮かんだ。


 その想像上の未惟奈の笑顔を想い、俺は不覚にも胸の奥が締め付けられて目頭が熱くなった。


「な、なんからしくないですね」


 俺はなんとか誤魔化すようにそう返したが、歪んでしまった顔を見られたくなかったので咄嗟に顔を背けた。


 そんな俺の仕草を見たであろう保科聡美は、”フフ”と優しく微笑んだように感じた。


「だからね、翔くん。さっきは”親は口出さない”なんて偉そうに言ったけど、親心としては翔くんには未惟奈と仲良くしてほしいんだ」


「ご心配なさらずとも、仲はいいと思います」


 俺はそれだけは自信があったから即答した。


「それに俺は未惟奈の性格には耐性できてますのでぜんぜん大丈夫ですよ」


「うわっ!耐性とか酷い!……でも。ごめんね、こんなこと母親から言われたらプレッシャーよね」


「いえ、ぜんぜん。むしろ光栄です」


「はは、模範解答!よくできました」


 彼女は、また母親の顔になってほほ笑んだ。


 保科聡美はこれを伝えたくてわざわざ追いかけてきたのだろうと思った。流石に未惟奈が俺に告白をしたこと、そして俺も未惟奈への好意をすでに伝えていること、さらには檸檬への俺の好意のことまでは知らされてはいないはずだ。


 でも母親だから未惟奈の今の想いが手に取るように分かるのだろう。


 つまり未惟奈は母親が心配するほどに心を患わずらわせてしまっているということだ。


 だから……


 俺も暢気に構えてはいられない。


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