怪しい女性(ひと)
「翔どうした?そんなソワソワして?」
放課後に及川護がまた俺の周りをうろうろしている。これは毎度の風景で、俺と未惟奈がいつも一緒に帰宅するので、俺を迎えに来る未惟奈とここで会話することを狙っている。
護は未惟奈と同じクラスだからわざわざこんな面倒なことをしなくてもクラスで話しかければと思うのだが……
しかしどうやら未惟奈は相変わらずクラスでは話しかけるなオーラが強く、男子が気楽に話しかける雰囲気ではないらしい。
護に言わせると俺が絡むと未惟奈と会話できるハードルが下がるらしい。確かに俺が隣にいるときの未惟奈は護と気楽に話をするので、俺からするとクラスで話し難いということがむしろ想像できない。
「いや、別にソワソワしてないけど、いつも通りだよ」
俺はそう誤魔化したが、放課後になって未惟奈がいつも通り一緒に帰るためにこのクラスに入ってくるのか?もし来たらどんな顔をして話をしたらいいか?そんな想像ばかりが後から後ら出てきるものだから明らかに俺はソワソワしていた。
ただそんなわざとらしい嘘をついても、護はそんな微妙な機微に気づけるタイプではないので全く不審には思わないから助かる。
「未惟奈ちゃん遅くないか?今日も一緒に帰るんだろ?」
「ああ、そのうち来ると思うけど」
そうはいったものの……来るのかな?ひょっとして流石の未惟奈も俺に合わせる顔がなくて一人で帰るとかありうるのか?いや未惟奈は結構律儀なところがあるからきっと何の連絡もないってことはないだろうと思っていた。
すると俺のスマホに通知音が入った。
果たして未惟奈からのLINEメッセージだった。
『職員室に寄るから少し遅れる』
「未惟奈から連絡きた、少し遅れるって」
「あ、そう。でも、ほんとお前羨ましいな。空手という繋がりがあるにしても未惟奈ちゃんとLINEで繋がってるとか」
「まあ、そうかな」
俺は曖昧に返事した。まさか昨日お互い気持ちを伝えたなんていったら護は卒倒するだろう。
もし昨日のことを護に話せば大変なことになる。護に話すということはそれは全校生徒にそのうわさが拡散することを意味する。そんなことになったら大騒ぎ間違いない。
さて。
夕方、多くの学生はすでに部活に行くか、部活のない人間は帰路についているので教室に残っているのは俺と護くらいになっていた。
そこに一人の女性が俺らのいる教室を訪ねてきた。
「やっほーっ」
は?
やっほー?
見ると、歳のころは20代後半だろうか?いきなりこんな痛々しい登場をした女性だったが、護は秒で反応して食いついた。
「こんにちは!」
護の目がランランとしている。護が食いついた理由は明確だ。推定アラサーとはいえ、その外見は男子を釘付にするには充分なインパクトがあった。顔が小さくて首が異様に長い抜群のスタイル。それはもうバレリーナといって過言ではない。それに明るい茶色に染めたロングヘア―が素敵すぎて俺ですらザワザワした。この美しいヘアスタイルが実年齢よりも若く見せることに貢献しているようにもみえた。遠目には二十代前半といっても通用しそうだ。
「職員室ってどこか知ってる?」
その女性はそう尋ねてきた。きっと教室に残っている生徒を探していたのだろう。
職員室を知らないってことはここの教員ではないだろう。実際に見覚えはないし。では何者だ?この見た目なら不審者扱いする必要はないと思うが、念のため尋ねた。
「えっと、どちらさまですか?」
「わたしそんなに怪しい?ねえ怪しいの?フフフ」
な、なんだこれ?このテンションはやっぱりこの人ヤバい人なのか?
「私はここのOGよ」
俺の不信感を目ざとく察知したのか、その女性はすぐに自分の素性を明らかにした。
「ああ!ここの卒業生ですか」
護の顔には不信感の欠片もなくさらに食いつき気味だ。
「えっとOGなのに職員室知らないんですか?」
及川とは対照的に俺は不信感まるだしでそう尋ねた。
「あれえ?君知らないんだあー、ここの校舎って結構新しいんだよ?だから私が卒業したときなかったんだよ?」
「いえ、この校舎が出来た時期は概ね把握してますけど……」
ん?ここの校舎が立てられる前の卒業生?……それって。
「はい!警告!いま君は余計なこと考えたあ!」
「は!?」
「今、私の歳が結構いってるって想像したんでしょ?」
「いや、えっと……すいません」
「アハハハア、認めた、認めた……素直君!」
なんなのこのテンション高すぎな女性。OGと言ってるけど何者なんだよ?
「おい、翔!お前もデリカシーないな、初対面の女性に年齢の話すんなよ」
いや、確かに年齢想像したけど、口には出してないから。
「え!いま翔って言った!?」
護の言葉を聞いたその女性は、そう言いながら驚きの表情で俺を見た。
「な、なんですか?」
「きみ翔くん?!」
「は?……そ、そうですけど」
俺はいやな予感がした
なんで俺のことを知ってるんだよ。
「えーっ!やった翔くんに会っちゃったあ!ラッキー!!」
さすがにこのリアクションには及川も当惑してしまった。
「お、おい翔この人の知ってんの?」
「いや知らないんだけど?」
ホント誰だよこの人?俺は全く心当たりないんだが。
すると教室の扉がガラガラと大きな音を立てて開いた。
そこには「職員室で用があるから遅れる」はずの未惟奈が立っていた。そしてその目は少し怒ってるようにも見える。
ただその視線は俺ではなく、明らかにその女性に向けられていた。
え?なんで未惟奈が怒ってるの?まさかこの女性にまで嫉妬をぶつけてるのか?
「ママ!いつまで待たせるのよ!」
はあ?
マ、ママ?
この人、未惟奈の母親なの?
見た目若すぎだろ!?
……ってことは新体操五輪二連覇の……
「バレちゃった!?私は未惟奈の母、保科聡美でーす!」
そんな母の姿を見た未惟奈は、文字通り世界レベルの光速ダッシュで駆け寄ってきた。
「ちょっと!何やってんのよ!こんなとこで!」
「ほら!ラッキー、ラッキー!翔くんに会っちゃった!」
「ママ!!」
未惟奈は顔を紅潮させながらチラリとだけ俺の顔を見てが、すぐに視線を逸らしてしまった。
「未惟奈ちゃんったらそんな赤くなって照れない、照れない……ねえ、翔くん」
ねえと言われても……俺はどんなリアクションをすればいいんだよ。
「もう、未惟奈ちゃんったらいつも家では翔くんの話ばっかりするから、一度会ってみたかったんだあー!!」
「な、何言ってんのよ……い、いい加減にしないとホント怒るからね!」
いやいや、もう激怒してるだろ?
「だって本当じゃなあい」
「べ、別に嘘だとは言ってないでしょ。ただ本人の前で言うことないじゃない」
嘘じゃないのかよ!……ホント未惟奈は昨日からぶちゃけ過ぎだぞ。
状況についてゆけてない及川護はただただ目を白黒していた。当然だな。俺ですら混乱してるのに、護からしたら全く状況が理解できんだろう。
「お、おいどうなってんだ?なんで未惟奈ちゃんのお母さまが翔のこと知ってんの?未惟奈ちゃんが家で翔のこと話すってどういう意味?」
さて、どう誤魔化しておこうかと考えていると未惟奈が先に口を開いた。
「及川君?あまりそこは詮索してほしくないの。ごめんね」
未惟奈のセリフそのものはメチャクチャ意味深なのに、未惟奈から話しかけられたというだけで舞い上がってしまった護はそれだけで満足してしまった。だから全く俺と未惟奈の関係を訝しむことなくひとこと賜わった。
「おお!まかせて!未惟奈ちゃん!」
何を護にまかせりゃいいんだよ、なあ未惟奈!?
そうこうしている内に未惟奈は強引に保科聡美の腕を掴んでズルズルと教室の外に引っ張り出してしまった。
「翔くん」
保科聡美は去り際に俺の名前を呼んだ。
「え?なんですか?」
その時の保科聡美の表情はいままで見せていた”怪しいおねえさん”のそれではなくて娘を思う母の表情に見えた。
そして一言呟いた。
「未惟奈のことよろしくね」
俺はその言葉より、保科聡美の真剣な表情にドキリとしてしまった。
まさか、昨日の話ママにしてないよな?未惟奈……




