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本音

前話の「嘘」も大幅推敲したので、是非一話前から読んで頂けると嬉しいです!

「私ね……翔のことが好きなんだよ?」


 俺はまるで全身に雷が落ちたようなショックを受けて立ち尽くした。


 きっと第三者がこの光景を見れば、とてつもなく奇妙に……いやいや奇怪にすら映ったに違いない。


 世界が知るスーパー美人アスリートのウィリス未惟奈が、岩手の片田舎に住む普通の高校生男子のことが好きだと言っている。そんな事実が起こるなんて誰が想像できるというのだ?


 俺はどんなリアクションをもとれずただただ立ち尽くすことしかできなかった。



「み、未惟奈……」


 俺は何を言おうとしたのか、頭が全く混乱していたのに苦し紛れに口を開いていた。


「やめて!!」


 しかし未惟奈はそんな俺の言葉を強く遮った。


「何も言わないで。分かってるから……」


 分かってる?何を?


 いや、これについては、咄嗟にあることに思い当たった。


 未惟奈はきっと檸檬のことを言っている。


 実の姉、神沼檸檬。


 決して叶うことがない、そして許されもしない実の姉に対する恋心。


 こんな恋心が人に知られるなんてことは全く想定していなかった。


 それなのに未惟奈はかつて常人離れした認識眼であっさりと俺の檸檬への気持ちを見抜いてしまった。


 ただ未惟奈はこの事実を知ってからも、この話題を口にすることはなかった。一見粗暴に見える未惟奈ですらあまりにデリケートすぎるこの話題にはさすがに触れられなかったのだろうと思う。


 俺は武道家らしく腹式呼吸を繰り返し、動揺を何とか抑え込もうと努力した。


 その効果があったのかなかったのか、少しだけ取り戻した僅かな思考力で、できる限りの考察をはじめていた。


 俺は確かに未惟奈の告白に激しい衝撃を受けた。


 しかしだ。


 こんなことを言うと自意識過剰と思われるだろうが「未惟奈は俺のことが好きかもしれない」と思う瞬間はいままでに何度もあった。


 いや、むしろ今まで未惟奈が俺にしつづけてきた距離の詰め方を思えば、俺のことをなんとも思っていないと言われたら俺は女性不振になる自信すらある。


 それぐらい未惟奈の俺に対する行動はあまりに大胆すぎた。


 しかし。まさかこんな早いタイミングで未惟奈が「好き」というダイレクトな言葉を俺に向けるなんてことはさすがに想定外だった。


 そして今、未惟奈が俺の言葉を制した理由。それは彼女のリアクションを見れば檸檬への俺の気持ちを考慮してのことであることは明らかだ。


 きっと未惟奈は俺の気持ちの中心に檸檬がいると思っている。それを裏付けるように未惟奈は言葉を繋いだ。


「だから翔の返事が今すぐほしいとかじゃ全然ないから誤解しないで」


 未惟奈は早口で必死ともとれる口調で言った。つまりこれは自分の告白への返事をしてくれるなということだ。


 俺は未惟奈との距離が近づくにつれ、また未惟奈がもしかすると俺に気があるかもしれないなんて想像をしたころ、俺の檸檬への気持ちに大きな変化が起こっていることを自覚しはじめていた。


 檸檬に好きな人でも出来てくれれば俺の気持ちに整理がつくのに……そんな以前では決してできなかったことを思うようになっていたのだ。これは俺の中学時代、サッカー部のイケメン男子に檸檬が告白される場面に遭遇したときに我慢ならない嫉妬を感じた俺からはとても想像できない変化だ。


 なんで俺にここまでの大きな変化が起こったのか?


 それは紛れもなく未惟奈の存在だ。


 きっと俺はそのころから未惟奈に魅かれつつあった。


 未惟奈はその事にはきっと気付いていない。だから未惟奈は俺の返事を頑なに拒んだ。


 しかし、だからこそ俺は未惟奈の言葉を押し切ってでも、今の俺の気持ちを未惟奈に伝える必要があった。


「いや、後だしで申し訳ないんだけど……俺も未惟奈のことが好きだと思う」


 今まで背中を向けていた未惟奈が突然振り返った。その表情は大きな目をさらに見開き、頬も引きつっていた。


「そ、そんな訳ないでしょ?だって……」


「檸檬のことか?」


 俺のこの問いで、未惟奈は絶句した。


 動揺の収まらない未惟奈はそれでもすぐに言葉を繋いだ。


「ま、まさか檸檬さんのことあきらめたってことじゃないんでしょ?」


 未惟奈は変なことを言った。俺が檸檬を諦める?それは未惟奈の勘違いも甚だしい。


「いや、それは未惟奈が大きな誤解をしてるぞ?」


「ご、誤解?」


「ああ。だってそうだろう?実の姉の檸檬と俺が将来付き合うなんて結論ははなから存在しないだろ。だからそもそも、諦める、諦めないという議論すら存在していないんだよ。ただ俺の一方的な想いがただただ存在していた。それだけだ。俺は檸檬との関係性で何処かを目指しているなんてことは最初からない」


「で、でも……やっぱり翔が一番大切な女性は檸檬さんなんでしょ?」


「俺にとって大切な女性であることは間違いない。実の姉でもあるしな。そりゃ16年一緒に暮らしてきた絆は深いわな。でもそれ以上に俺の場合、檸檬が好きという自分のその気持ちそのものに固執していた気がするんだ」


「い、意味わかんない」


「檸檬が好きである自分を守りたかった。理由は自分でも分からない」


 ちょっと抽象的な表現になったが、未惟奈はいつになく真剣な表情で、俺の話の続きを待っているようだった。


「そんな檸檬への想いに拘ろうとする思いが、未惟奈に会ってから変わってしまったことに俺は気付いた」


「ど、どういうことよ」


 未惟奈は極度に緊張したように見えた


「だから、さっき言った通り。未惟奈と言う女性に魅かれてしまったってことかな?」


 俺は少しおどけたように言った。でもこれはきっと俺の本心だ。


「そ、そんな……簡単に言わないでよ!」


 未惟奈の顔が少し紅潮したように見えた。そしていつもの不遜な強い口調に戻っていた。それは照れ隠しのようにも見えた。


 しかし俺も未惟奈のそんな何時の通りの表情を見て安心したのか、少し思考の勢いが戻ってきた。


「こんなこと簡単に言うかよ?考えてみろよ?いつもいつも未惟奈が俺ばっかりに急接近してくるんだぞ?空手が出来るという以外にはごくごく普通の男子高校生だ。そんな俺がこの状況で未惟奈に魅かれない方が男子として間違ってるだろ?まさか未惟奈は自分の女性としての魅力を理解していないとかいうなよ?ほんとそのルックスに毎日至近距離でさらされてる俺の身になってみろよ」


「か、翔も結局見た目とかを気にしてるってこと?」


「あたりまえだ!見た目は重要。なんと批判されようと未惟奈ほどに美しけりゃ俺だって心乱れるさ。いや心乱されない男子はいないと断言する。未惟奈は以前、檸檬がいるから俺に美人耐性があるなんていったけど、そんなことはないから」


 俺はそこで一旦言葉を切って、すぐに言葉を繋いだ。


「それにさ……」


「そ、それと何よ?」


 明らかに未惟奈は動揺している。


 そして最後の本音を俺は話だしていた。


「それにさ。未惟奈って性格に難があるだろ?」


「は?何よ急に?」


「だって、そのわがまま放題のコミュ力はまずいだろ?それが見てらんないんだよ。一番近しい存在の俺が何とかしてやらないとって思うだろう?このまま大人になったらきっと未惟奈はどこかで苦労することになる。未惟奈が苦労する姿を俺は見たくないんだよ。」


「な、なによ急に………」


 そう強がった未惟奈だが、その表情はあきらかにさっきの勢いが削がれて……今にも泣きだしそうであった。


「お節介と言われようと未惟奈を何とかしてあげられるのは俺しかいないのかなって」


「え、偉そうに言わないで……」


そう言い返すも未惟奈の言葉にいつものような勢いはない。


「だからはっきり言っておくぞ。俺は未惟奈を放っておけない。その気持ちに名前を付けるなら。それは俺が未惟奈が好きってことなんだと思う」


「そんな態度今まで一度も見せなかったくせに。ずるいよ、急に」


「でもそれが俺の本音だ」


「じゃ、じゃあどうすんのよ?」


「それは付き合うかどうかって話?」


 俺も自分がびっくりするほど大胆なことを言っている自分に面食らった。しかしここまできたら最後まで言い切るしかない。


 俺の中で一つだけけじめをつけておく必要があったので一つの提案をした。


「檸檬のことをちゃんとけりつけてから、その話は改めて俺からする」


 俺が檸檬の名前を出すとまた未惟奈の顔は一瞬緊張した。


「ケリをつけるって……檸檬さんに告白するってこと?」


「おいおい、俺の話聞いてたか?なんで俺が今になって檸檬に告白するんだよ」


「じゃあ、何をするのよ」


「それは俺の問題だから俺に任せてくれ」


 未惟奈は黙ってしまった。


 流石に未惟奈もこの件を深追いするつもりはないのだろう。


「じゃあ、この話はこれでおしまい?」


「そうだな」


「うん……でも最後にもう一度確認させて」


「なに?」


「翔は本当に私のこと好きなの?」


「それは間違いない」


 自分でもびっくりするぐらいにはっきりと言い切った。


 俺がそう言い切ると、未惟奈の顔がついに崩れその大きくきれいな目が大粒の涙がはらはらと流れた。


 未惟奈はその泣き顔を俺に見られることが恥ずかしかったのか、また俺に背中を向けて歩き出した。



 俺は未惟奈の後を追った。


 俺は自分で自分の本音が整理できていないという状態で、思考よりも言葉だけが先に口をついてしまっていたように思う。でも未惟奈に打ち明けてたその言葉の数々はそれが勢いで出た適当な言葉ではなく俺の本音であることは今しにしても間違いないと感じている。


 未惟奈の突然の告白で俺が今まで敢えて深く考えることを避けていた問題に向き合わざるを得なくなった。しかも超短時間の間に。


 荒療治だが、きっとそれがよかったのかもしれないと俺は感じていた。


 もう待ったなしだ。


 俺の疲れ切った頭はもう何も考える力は残っておらず、ただやたらとスタイルのいい未惟奈の後姿をボーッ眺めながらただただ腑抜けのように歩いていた。


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