嘘
俺と未惟奈は春崎、芹沢、高野CEOと別れた後、二人で市民体育館を後にした。あまりに色々な話が進み過ぎた。当初は春崎さんからの伊波と未惟奈の対戦に関するヒアリング程度に考えていた。しかし蓋を開けてみれば高野CEOはいるし、未惟奈と伊波の再戦が決まり、そしてなんと俺のチャンプア・プラムックとの対戦まで話が進んでしまった。
俺はそんな話の展開にさんざん振り回され続け、普段使わない頭を使い過ぎて隣に未惟奈がいるにもかかわらず思考停止状態でボーッと歩いていた。
また一流アスリートの未惟奈はめったに疲れた顔を見せないのだが、今日はこころもち元気がないように見えたのが気になった。未惟奈が肉体的に疲労することは考えにくいのでおそらく未惟奈にしても精神的にはきつかったのだろうと想像できた。それはそうだ。自身のトラウマの話まで深堀されたなら精神的な揺さぶり感は俺の非じゃなかったのかもしれない。
色々思うことも多いのだろう。
そんな未惟奈があまりに言葉足らずですぐには理解できない話をしてきた。
「さっきの話は嘘なの」
「え?何?突然」
「だからさっきの話」
「ん?……どのこと言ってる?」
あまりにたくさんの話し合いがされたのでこれだけでは未惟奈が何に対して”嘘”と言っているのが即座に理解できなかった。
「翔に出場をお願いした理由」
「未惟奈が”私のトラウマを解消して!”って言ってたあれか?」
「そ、そんな口真似はいいから」
未惟奈は少し照れながら言った。俺が断ろうとしたのを強引に引き留めて、そんなセリフで俺を説得した理由だ。
「え?あれが嘘?」
俺には未惟奈の必死の訴えに見えたので、ちょっと違和感を感じた。
「そう……あの話は嘘なの」
「おいおい……俺の重大な決断に軽く嘘つくなよ!」
「別に軽くなんて思ってないわよ」
「じゃなんで……」
未惟奈は少し当惑しているように見えた。その姿は適当に嘘をついてそれをカミングアウトしているという気楽な雰囲気には見えなかった。
「私は翔が言ったように、両親から受け継いだ才能に対してコンプレックスを感じているのはホントよ。それは前にも話したわよね?」
「ああ、それについては十分理解しているつもりだ。だから俺だって全く出たくもない試合を未惟奈の為だと思ってOKしたんだぞ?その辺は分かってほしいな」
「そ、そうね……ありがとう」
そう言った未惟奈は少しだけ嬉しそうだった。しかしいつもの勢いのある未惟奈ではない。いったい未惟奈はどうしたというのだ?
「でも私はトラウマを解消とか……そんな大げさには考えてないの」
「じゃあどうしてあの時、嘘ついてまであんなこと言ったんだ?」
「だから……」
未惟奈は言いかけて、少し言い澱んだ。言い出しにくい何かがあるのか?しばらく間があってからようやく未惟奈は続けた。
「私は……もっと翔と一緒に練習したかっただけなの」
「は?練習ならいつもしてるだろ?」
あまりに雑ないい訳に俺はちょっと呆れてしまった。
「そうじゃなくて……ほんと、翔は鈍くてムカつく」
「は?なんだよそれ?」
俺は鈍いと非難され少しイラっとしてしまった。それが顔にも出たのであろう。
「怒らないでよ……私はただ翔と一緒に同じ目標に向けてがんばりたかっただけよ」
未惟奈はそう言って少し悲し気な顔をしたので、俺は慌ててしまった。
「そ、それっていつもの練習と何が違うの?」
当惑した俺はなんとかそれだけ言い返した。
「違うわよ。全然違う」
「全然違う?どういうこと?」
「分からないの?」
そう言う未惟奈の表情があまりに真剣だったので、緊張した俺の背中からジワッと汗が噴き出すのを感じた。
な、なんだよ?未惟奈……何が言いたいんだ?
それだけで俺に何が分かるというんだよ?俺はエスパーじゃないんだって……
一連の未惟奈の真剣な態度。きっと未惟奈は俺に気付いてほしい重大な何かがあることだけは分かった。
未惟奈は俺を見つめるその美しいブルーの瞳で、それに気づいてほしいと訴えているように感じた。
しかし残念ながら未惟奈が”鈍い”とつねにバカにする俺はやはりそれに気づけずただ狼狽えるしかなかった。
「はぁ」
そんな俺の態度にしびれを切らしたのか、未惟奈はついにあきらめたように、そしていまにも泣きだしそうな表情で深いため息をついてしまった。
「いや、その……未惟奈」
俺は未惟奈のその悲し気な表情に激しく揺さぶられた。
「いいよ、翔。そんな顔しないで」
未惟奈は無理に笑顔を見せた。しかしその表情はあまりに苦しそうに見える。
なんだと言うのだ?
俺は何に気付けていない?
そして彼女は突然前を向き足早に歩きはじめた。
俺は意味も分からずただ未惟奈に追いつくために速足で彼女の後ろを歩いた。
二人で少し距離をとりながら気まずい無言な空気が流れた。
俺がそんな空気にいたたまれず何か会話の糸口を探していると、未惟奈は突然歩を止めた。
俺はびくりと立ち止まった。
「わからないかなあ……」
足を止めた未惟奈は、まるで何かを諦めたようにそう呟いた。
「えっと……ご、ごめん」
きっと俺が何かに気付けず未惟奈を傷つけていることだけは分かったので俺はその言葉だけをなんとか絞り出した。
「フフ」
未惟奈の背中から苦笑が漏れた。
未惟奈はきっと自分の表情を見せないために、そして俺の表情を見ないためにずっと前を向いていた。
そんな未惟奈がゆっくりと口を開いた。
「私ね……翔のことが好きなんだよ?」
5/27 大幅に推敲をかけましたので再度お読みいただくと嬉しいです。




