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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
68/135

最初で最後

「ほら!言ったでしょ?翔はね、見た目が普通過ぎるけど鬼強いんだから」


 俺のことを鬼強いといいつつ、その未惟奈はまるで鬼の首をとったかのように勝ち誇っていた。


「未惟奈さん、やけに嬉しそうね?」


 芹沢は、はしゃぐ未惟奈をそう言ってからかったが、未惟奈はそんな芹沢の言葉を気にもせず俺の横で、さっき自販機で買ったアイスクリームを嬉しそうに頬張っていた。


「翔くん?顔がにやけてるよ」


 そんな未惟奈を横目で観ていた俺は、目ざとい春崎に突っ込まれてしまった。


「べ、べつににやけてないですよ」


 そういいつつ、未惟奈に視線を移すと未惟奈は口角を上げたまま挑発的な視線を向けてきたものだから思わず俺は目をそらしてしまった。


 どうも最近未惟奈の距離の詰め方が積極的に感じてしまうのは俺の自意識過剰なのだろうか?


「さっきはあんな恐ろしい戦いした翔くんも、未惟奈さんの視線にはドギマギしちゃって……こんなうぶなところ見ると普通の男子高校生なんだよね」


 芹沢は生暖かい視線を俺に送りながらそんなことを言った。


「いや、だから普通の男子高校生って何度も言ってるじゃないですか」



 高野CEOとの対戦を終えた俺たちは今、市民体育館ロビーにある休憩スペースにいた。いくつかの丸テーブルとその周りには数個の椅子が置いてある。体育館の利用者が帰り際に談笑するには丁度いいスペースだ。


 高野CEOはすでに先ほどまで見せていた覇王感に満ち満ちたオーラは微塵もなく、ファミリーレストランで談笑していた時と同じような気のいいおじさんに戻っていた。


 そんな高野CEOが未惟奈を見ながら口を開いた。


「いや、未惟奈の言う通りだったな。翔君、現役時代を含めてあそこまで実力の差を見せつけられたことはないよ。針に糸を通すような鋭い一撃。しかも力もコントロールしてダメージが来ないようにしたんだろ?」


 すさが高野CEOは全てお見通しだ。


「ええ、先ほどポイントルールの話が出た時に武道なら力のコントロール技術ができるはずだと話題になっていましたので、それを未惟奈に見せてやろうと思って」


「か、翔くん、そこまで読んで動いていたの?……ほんと恐ろしい子ね」


 春崎は俺のことをまるで化け物でも見るかのような目でそう言った。


 高野CEOはさすがシビアな世界に生きている大人だけあって、俺に負けたことに対するわだかまりは微塵も見せなかった。そして視線を俺に向けて続けた。


「鵜飼先輩はこんな凄い空手家を育てていたのだな。いや言葉もないよ」


 そう言いながら高野CEOは大きな手で俺の肩を何度も軽く叩きながら少し涙ぐんでるように見えた。


「高野さん、これで翔くんがチャンプアとの対戦を反対する理由はなくなったよね?」


 未惟奈が早速俺の対戦のことを蒸し返してきた。


「そうだな。その件は翔君にも大変失礼な物言いをしてしまった。本当にお詫びする」


「いえ、こちらこそなんか挑発的になって高野CEOにお相手までして頂いて恐縮しています」


「フフフ、翔くんのこういう対応は大人びてて凄いよね。未惟奈ちゃんも翔くんのこういうところを見習いなさい?」


 春崎の言葉は、俺と高野CEOの対戦で少し重たくなってしまった空気を和まそうという気づかいが感じられた。そんな気づかい上手な大人に褒められて、拙者は恐悦至極です!


「翔はいつもカッコつけすぎなんだよ。対戦の件だってどうせ”でも俺は対戦とか興味ないから”とか言い出すんでしょ?」


 俺はどうやってチャンプアとの対戦を断ろうか考えていたので、未惟奈の指摘にギクリとしてしまった。


「ほらね、その翔の表情見ると図星じゃない」


 はい、図星ですとも。俺は自分でも売り言葉に買い言葉で、自分の空手を証明するために結果的には高野CEOまで引きずり出して、しかも膝までつかせてしまった。


 あそこまでやっておいて「いや、試合の件とは話は別なんで」とはなかなか言いにくい。


「アハハハ、未惟奈は翔君のことはほんとによく分かってるな……確かにあんな翔くんの技を見せられたら私もチャンプアとの対戦を見てみたくなった。しかし今日の私の目的は鵜飼先輩のお孫さんに会うことだったからね。途中経過は色々あったが、最終的には私の目的は予想以上に嬉しい形で実現することがでた。だから今日のところはこれ以上翔くんに迷惑のかかる話は止めておくよ」


 俺はそんな高野CEOを気づかいを聞いて、ほっと胸をなでおろした。


「翔くん、でも日を改めてこの話は進めてもいいのかしら?」


 春崎も今日はダメでも今後も後日にこの話を繋げるための楔を打ってきた。この辺がさすが記者の粘り腰なんだよな。めんどくせえ。


 俺はここでキッチリ断らないと、ズルズルいきそうだったのであえてこの場で結論を急ぐことにした。


「いえ、ほんと色々お騒がせして申し訳ないんですけど……」


「ダメよ!翔!」


 しかし俺の言葉を遮って未惟奈が俺の言を止めた。


「だ、ダメってなんだよ?」


「翔は私のトラウマを解消してくれるんでしょ?」


 未惟奈はいつになく真剣な目で迫ってきたので、俺は少し狼狽えてしまった


「な、なに言ってんだよ?意味わかんないんだけど?」


「だって私が伊波さんに勝っても、翔が世界一にならなければ意味ないじゃない!」


 未惟奈はそういいながらテーブルの下の、皆から見えないところで俺の手首をまるで”逃がさない”とばかりに握りしめていた。


 そんな未惟奈に動揺しながらも、なんとか言葉を返した。


「俺が試合に出ることと未惟奈になんの関係があるんだよ?」


 俺のその問いに未惟奈は応えようとせず、下唇を噛みながら悔しそうな顔を見せた。


 つまりこれは俺がそのことに気付いていないことへの不満の表情なのだろう。


 緊迫したムードが漂った。


 見かねた芹沢が口を開いた。


「横から話に入って申し訳ないんだけど、未惟奈ちゃんが最終的に目標にしているのが翔くんだから、その翔くんに世界一の称号を手にしてほしいんじゃないの?」


「それってやっぱり俺を倒さないと未惟奈のトラウマが消えないっていう話?」


「そうだよ!それぐらい自分で気づいてよ。なんで翔は私の気持ちとか理解してくれないの?」


 いやいや、やっぱり未惟奈の今日のテンションおかしいだろ?


「翔くん、どうする?この話。今日はやっぱりやめておく?」


 春崎がこの場の収拾がつかなくなりそうな状況を察知して再度俺の判断を仰いだ。


 しかし俺が言葉を発する前に未惟奈が先に口を開いた。


「翔、おねがいよ……私と一緒に試合めざしてよ」


 未惟奈はついに泣き出しそうな顔で懇願するように言った。さっきから握りしみている手首から未惟奈の必死の熱が伝わってきた。


 いや、未惟奈がそうまでして必死にお願いするとか反則でしょ?そんな顔をされたら……


 まったく、なんなんだよ。


「分かったよ」


「え!?」


「おい、自分でお願いしておいてそんな驚いた顔するなよ」


「だ、だって信じられなくて」


 未惟奈は驚きつつも、表情が明るいものになっていることに俺は少し安堵した。ああ俺も結局普通の高校生男子ってことだな。美女に懇願されれば断れない。


「最初で最後だからな」


「わ、分かってるわよ」


「高野さん、こちらで勝手に決めてますけど……いいんでしょうか?俺がチャンプアと対戦することは」


「ああ、もちろん構わない」


「じゃあ、決まりと言うことで」


 そんな俺と未惟奈のやり取りを見ていた芹沢は、嬉しそうに優しい笑顔を向けてくれた。ただ春崎はこの急展開についてゆけないようで口をあんぐり開けたまましばらく固まってしまっていた。

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