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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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トラウマ

「ちょっと高野さん?なに意味わかんない妄想してんのよ?今更私が伊波さんと戦う意味ないでしょ?」


 未惟奈は格闘団体のCEOに対しても平気で不遜な態度でそう言った。しかし言ってることはその通りで俺も高野CEOの意図がさっぱり分からない。失礼ながら、状況もよく知らずに自分の的外れな想像に感動してしまったように見える


 ところが意外なことに春崎がこの意見を後押しした。


「私もさっきの翔くんがしてくれた未惟奈ちゃんの努力の話を聞いて、未惟奈ちゃんは伊波ちゃんと再戦すべきだと思ったわ」


 春崎がなぜ高野CEOと同じ結論に至ったのかは分からないが、この対戦が成立しないということを二人と対戦している俺は知っている。だから口を開いた。


「確かに伊波の気持ちとしては当然再戦はしたいでしょうね。最初のマッチメイクは流れて、前回の未惟奈とのスパーリングは納得していないはずだから。でも全力の未惟奈と伊波さんが公式戦でガチンコ勝負したら……その」


「結果は見えていると言いたいのね」


「ええ、そうです。もちろん伊波の技術は凄いですよ。俺は空手以外の格闘技全般に明るいわけではないけど伊波に勝てる女子ファイターを想像できないです。でもそれはあくまで”未惟奈を除いて”の話です」


 未惟奈が前回見せたような大成拳で押し切るような真似をしなければ、簡単に言えばいつも通り未惟奈が光速の拳脚を放てば、それを伊波が凌ぐのは難しいだろう。


 俺の大成拳を確認するために同行しただけの芹沢だが、真剣な表情で俺の話に耳を傾けていた。そして俺同様に未惟奈、伊波双方と対戦経験のある芹沢は春崎の提案に興味を示した。


「須美ちゃん?どういうことか話して」


「高野さん?先に私の意見を言ってもいいかしら?」


 一旦、春崎には自分がこの件を話すことを高野CEOに確認した。


「もちろんだとも、きっと私と同じ意見だと思うしな。春崎くん先に話したまえ」


 ホントに失礼だと思うがどう考えても高野CEOの話は期待できそうもないから俺もまず春崎の意見が聞きたいところだ。


「未惟奈ちゃんは競技空手で戦う相手がいなくて、一旦は空手を辞めたでしょ?」


 春崎は視線を未惟惟奈に移し、まず未惟奈に問いかけた。


「ええ、半年でね。もっと奥が深いものと思っていたからがっかりだったわ」


 未惟奈は世界中の空手家を敵に回す発言をさらりと言った。


「しかもそれって中学生の時なんだよね?なんか凄い話よね」


 芹沢は驚きの表情で未惟奈を見つめながら言った。そして”凄い”と言いつつ、彼女の表情から察するにその言葉に”恐ろしい”という意味が多分に含まれているように見えた。


「でも未惟奈ちゃんは空手を再開した。どうして?」


 さらに春崎は未惟奈への質問を進めた。


「その話は前にしたでしょ?翔のせいだって」


「ん?未惟奈の空手復帰に翔くんが噛んでいるのか?」


 高野CEOは興味津々でテーブルに身体を乗り出してきた。


「未惟奈?俺が悪いみたいに言うなよ?もっと違う説明があるだろ」


「そうよ未惟奈ちゃん、なんで翔くんと出会って空手を再開しようと思ったの?それは単に翔くんに負けてリベンジしたいとかではないはずよ?」


「え?リベンジしたいと思ってるけど?」


 さらりと未惟奈は言った。


「おいおい、そうなの?」


「ええ」


 未惟奈は涼しい顔でさらりと答えた。


 なんとまあ……でも考えてみれば組手の練習ではガチで俺のこと倒しに来るもんな。


「フフフ、でもそれが本当の目的じゃないよね?」


 春崎は優しい表情で未惟奈に問いかけると、未惟奈は少し真面目な顔になって春崎を見据えた。


 未惟奈が口を開かないことに観念した春崎が説明を始めた。


「未惟奈ちゃんがそもそも空手をはじめた理由は、強くなりたい訳でも試合に勝ちたい訳でもない。つまり未惟奈ちゃんの本心は自分の才能を誇示したい訳じゃない。世間の注目を集めたいならわざわざマイナースポーツの空手なんかやらなくなって、陸上を始めとしたメジャースポーツをやった方が早いもの。未惟奈ちゃんはそれが可能な訳だし」


 これはさっき俺が言ったように未惟奈は努力を認められたいという願望があるということだろうと思った。


 想像するに未惟奈は幼少期から才能を褒められることがあっても「未惟奈自身ががんばったこと」を褒められたことがなかった。


「つまりさっき翔くんが未惟奈ちゃんの努力を認めるべきだと言ったけど、未惟奈ちゃん自身もそれを望んでいる。そう思わない?翔くん」


「未惟奈が空手を選んだ理由は、才能よりも努力がものをいう世界だと思った。そうだったよな?未惟奈?」


「そうよ。翔がいつも偉そうに言ってる”武道的な技”という部分に私も興味があったのは事実よ」


「だとすると未惟奈は、空手で勝ちたかったんじゃない。むしろ自分の才能を完膚なきまでに叩き潰してほしいと願ったということだ。違うか?」


 俺がそう言うと未惟奈は鋭い視線を俺に向けた。


「果たして、未惟奈は俺に負けた。つまり未惟奈が求めていたものが空手にあるということを俺に負けることでようやく知ることができた」


「なるほど、未惟奈の突然の空手復帰宣言はそんな理由があったのか」


 高野CEOが眉間に皺をよせ唸るようにつぶやいた。


「だから、未惟奈ちゃんは伊波ちゃんと戦うべきなのよ」


「なんで?今の話は私が翔を倒せれば、自分の努力を証明できるってことでしょ?そんなことは自分でとっくにわかってるわよ。だから翔と毎日練習してる訳だし」


 未惟奈は少しむくれて反論した。


「でもそれだと未惟奈ちゃんの願いが叶うまでに時間がかかり過ぎない?言いにくいけどもしかすると……」


 芹沢が最後は言葉を濁したが、その濁したはずの言葉を未惟奈自身が口にした。


「私は一生かかっても翔に勝てないと?」


 芹沢は気まずそうに未惟奈から眼をそらした。


 未惟奈は自分にとってネガティブなセンテンスを口にしているはずなのに、ニヤリと不敵な笑みを見せた。


「そんな表情をするってことは未惟奈ちゃんの中に勝算があるってこと?」


 春崎が未惟奈の表情を読んで尋ねた。


「翔に勝てる勝算?そんなのないわよ。でもほら翔とはこれからずっと長い付き合いになる訳だか焦ることもないでしょ?」


「はあ?」


 俺は想像していない未惟奈の言葉に思わず大声を出してしまった。


 春崎と芹沢も目をぱちくりしている。


 え~と、未惟奈さん?それはどういう意味かな?


「よし!決まりだ!」


 突然、高野CEOが叫んだ。


 だいたい大柄なおっさんは空気が読めないと相場が決まっている(俺調べ)俺が気になった未惟奈のセンテンスの意味を確認する前にカットインされた。


「な、何が決まりなんですか?」


 話の流れをぶった切った高野CEOにちょっとイラっとして、俺は少し棘がある物言いをしてしまった。


「翔くん、だから未惟奈は伊波と対戦することに価値があるのさ」


 本当に分かってるのか、分かってないのか、今さっき未惟奈に否定された提案を再度高野CEOは自信たっぷりで言い切った。


「高野さん?私の話聞いてました?」


 当然未惟奈は、少し不機嫌そうに尋ねた。


「もちろんだ。ここからはお節介な大人のアドバイスと思って聞いてほしい」


 高野CEOは急にあらたまった。その顔はいままでのようなちょっと抜けたおっさんの顔ではなくなっていた。


「私は翔くんの動きを見たことがないから、未惟奈が敵わないっていうのはにわかに信じがたい。しかし春崎君と芹沢君と、なにより負けず嫌いの未惟奈本人が言うのならそうなのだろう。未惟奈はこの先、翔くんに勝たない限り、ずっとそのトラウマに苦しめられることになる。トラウマなんてものはさっさと解消するべきだ。できたら若い時の方がいい」


 トラウマの解消か。それは確かにその通りだ。そんな重荷はすぐにでも下した方がいい。


 高野CEOは俺と同じように才能ではなく努力によってムエタイの王者にまで上りつめた伊波が適任と考えた訳か。


 しかし、問題がある。


「高野CEO、お言葉ですが、伊波は未惟奈の才能の前に倒される可能性が高いと思いますが」


「そうよ。私が才能で勝ってしまっても意味がないじゃないの?」


 その通りだ。未惟奈の才能を封印するしないかぎり伊波に勝ち目はない。


「それは専門家の私にまかせてくれたまえ」


「え?高野さんなんて何かの専門家でしたっけ?」


「おいおい、未惟奈……」


「アハハハ、相変わらず未惟奈は思ったことをストレートに言うから気持ち良いね。私はこう見えて格闘技団体の代表だぞ?」


「それは知ってるよ」


 だから未惟奈ため口やめれ。


 しかし未惟奈のため口を気にすることもなく、高野CEOは身を乗り出し自信満々の表情で口を開いた。


「ルールで未惟奈と伊波が対等に戦える土俵を作るのさ」


 なるほど……そうきたか。ルールで未惟奈の才能を縛るという訳か。

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