使命感
「ちょっと春崎さん?話が違うじゃないですか?」
流石に俺は強い怒気を込めて春崎須美を睨みつつ言った
9月25日、つまり先日春崎と約束した日。下校後に俺と未惟奈は約束場所である自宅からほど近いファミリーレストランに向かった。すると店内にはすでに「春崎須美御一考さま」がレストランの角を陣取っていた。
そして、俺は店で待っていたメンバーを見て、驚きとともに怒りが込み上げてきた。
そこには春崎本人と芹沢薫子の以外に、とんでもないメンバーが一人交っていたからだ。
「ち、違うよの翔くん!私は何も話していないし、必死に止めたんだけど、私の力ではどうにもならなくて……」
春崎さんは自分でも罪の意識は十分感じているのか大慌てでそこまで捲し立てた
「神沼翔くん、はじめまして。そして、申し訳ない」
高野CEOは立ち上がって、わざわざ俺の前まで進み出て深く頭を下げてそう言った。
「翔くんが鵜飼貞夫のお孫さんと聞いて、居てもたっても居られず春崎くんに無理言って着いて来てしまった。確かに、その……事前に連絡しておくべきだった。申し訳ない」
「いえ、いえ……そんな」
ソフトなものいいと眉毛が八の字になって心底困った表情の高野CEOは、一見気のいいおじさんに見える。しかし、遠近感がおかしくなるくらいの大きな顔と威圧感のある屈強な体格でぐいぐいと迫られたので俺はただただ後ずさりするしかなかった。
TVで見る画面越しの高野は優しげな顔立ちと穏やかな話口調から人のよさそうなおじさんというイメージしかなかった。しかし実際に本人を目の前にすると体格は想像よりも一回りも二回りも大きく、なんといっても格闘技団体の代表と言うオーラが半端なくどう見ても普通のおじさんではない。
いくつかある格闘技団体の代表が概ねそうであるように、RYUJINの代表である高野彰CEOは元格闘家だ。彼は極真会館が分裂する前の、つまり世界でもっとも競技人口が多い武道と言われていた時代の極真全日本チャンピオンという華やかな経歴を持つ。
「鵜飼貞夫さんは私の憧れの大先輩だからね。いや、まさか鵜飼先輩にお孫さんがいてしかも鵜飼先輩の空手を伝承していたなんて本当に驚いたよ」
「伝承なんて、そんな大げさなことではないですよ」
俺は恐縮してそう応えた。
確かに高野CEOの興奮ぶりから判断するに、今日の目的は「祖父の孫であり弟子でもある俺に会ってみたい」というのが真実なのかもしれない。世代的にも祖父の鵜飼貞夫が全盛期と時期が被っているので憧れの大先輩というのも嘘ではないのであろう。
「私は高野CEOに怒っている訳ではなく、春崎さんには騙されたと言いたいだけです」
「だから翔くん、言い訳がましく聞こえるけど私はむしろ止めたんだよ?」
「そうそう、ほんと私が無理やり来たんだ。どうか春崎くんを責めないでくれ。それに春崎くんから聞いてると思うが、君とチャンプアとの対戦の話。それをしに来たわけではもちろんない」
全く高野CEOにそこまで言われたら俺も抜いた刀を鞘に収めるしかない。
「でも高野さんはどこで俺のこと知ったんですか?」
俺が鵜飼貞夫の孫であることを知っている人は数少ない。そもそも俺はただ高校生男子だ。未惟奈や伊波のような有名人ではないから、俺の個人情報は、有名税とう名のもとにそう簡単に晒されていい情報ではない。
しかしその答えが実に身近な人物からのリークであったことが、本人のカミングアウトで明らかになった。
「あら、それは私が教えたのよ?」
隣でつまらなそうにここまでのやり取りを聞いていた未惟奈がさらりとそんなことを言った。
「なんで未惟奈が!」
「だって高野さんから連絡貰って、翔のこと知ってるか尋ねられれば知らないとは答えられないでしょ?毎日一緒に空手の練習してるんだから」
なんとこんなところに伏兵が!確かに未惟奈なら高野CEOにコネクションがあるのは当然か。しかも今回の話は「伊波も未惟奈の勝てない男子高校生」という話な訳だから俺と対戦したことが明らかになっている未惟奈に聞くのが一番早い。春崎須美と俺のとの関係を知らない高野CEOがしつこく彼女から情報を聞くまでもない。
「いや、聞けば毎日未惟奈と練習してるっていうじゃないか?それにもびっくりしたよ?鵜飼先輩のお孫さんと未惟奈とそんな深い接点があったなんて。……それにいつのまに未惟奈ちゃんに彼氏ができたのかと思ってね」
「な、なんでそうなるんですか?か、彼氏じゃないですよ」
「え?まだあなたたち付き合ってないの?」
「は?芹沢さん何いってんですか?!」
今度は未惟奈とは対照的に今までのやり取りを楽しそうに聞いていた芹沢薫子がそんなことを言うものだから俺は狼狽えてしまった。
俺は助けを求めて未惟奈を見たら、未惟奈がむくれて俺から視線をそらしてしまった。
全くいきなり疲れたよ。
未惟奈と俺は店内の角を占領していた春崎、芹沢、高野CEOの対面に座った。
見栄えのいい女性が3人と、一見ソフトな外見だがどう見ても堅気に見えないおっさんとに囲まれたた普通過ぎる高校生の俺という絵面は、ファミリーレストランではさぞ異様な光景として映っていたに違いない。
「さあ、翔くんも未惟奈も今日は好きなもの頼んでくれ!わたしがご馳走するから」
高野CEOは満面の笑みでそう提案した。
先日の通話では自分がご馳走すると豪語していた春崎に視線を移すと、なんで視線を向けられたのか気付かないのか、気付かないふりなのか(きっと後者だ)にっこり笑顔を返されてしまった。ほんといい性格してるよ。おまけに顔も無駄に?綺麗だから思わずその笑顔で照れしまう自分がなお腹立たしい。
「じゃあ、まず初めに伊波ちゃんと未惟奈ちゃんの対戦について聞かせてもらっていい?」
俺に笑顔を向けた後、春崎は急に”記者モード”になりながら改めてそう切り出した。視線を俺に向けたままなのは、この件に関して春崎は未惟奈本人ではなく俺の意見を聞きたいようだ。
「未惟奈、いいのか?」
俺は一旦未惟奈を見て、未惟奈の意志を確認しようとした。あの対戦は未惟奈からすれば忘れてしまいたいくらいの不本意な対戦だったはずだ。できれば春崎にだって根掘り葉掘り聞かれたくないと想像していた。
「私は別に構わないわ。翔が見たまんま話してあげたら?」
未惟奈はあまり表情を崩さずに、本心なのか演技なのか、全くネガティブな表情見せずに俺にそう返してきた。
まあ、春崎さんも未惟奈とは昨日今日の関係ではないし、状況を詳しく話してあげれば好意的に理解してくれるだろうと判断して俺はあの日あった伊波との対戦を正しく春崎に伝えた。
つまり、未惟奈は身体能力に頼った技を一切封じて戦ったこと。しかも俺が教えてもいない俺の戦闘を模倣したような戦い、もっと言えばその日俺が伊波と対戦したように大成拳だけで最後までやり通してしまったこと。それによって伊波に決定打は与えられず、伊波も全く納得のできる対戦にならなかったこと。
「まさか!?未惟奈さんが正式に習ってもいない大成拳で伊波さんと戦ったってこと?」
芹沢が驚きの表情で言った。
俺に大成拳を指導している芹沢からすれば、当然のリアクションであろう。
「いくら未惟奈さんでもそれは無謀過ぎたんじゃないの?翔くんの戦い方はどうやっても一朝一夕でマネすることは無理よ。そういうことなら私に相談してくれれば大成拳だって教えてあげられたのに」
芹沢が驚きながらも、聡明な芹沢は”未惟奈なりの想い”を理解したかのような優しいまなざしで未惟奈に話した。
しかし未惟奈をよく知る春崎ですら、想定外過ぎて絶句していた。もちろん高野CEOに至っては何が何だか分からないという表情で眉間に皺を寄せてしまった。
このままだと未惟奈に根掘り葉掘りと話を追求する方向に話がいきそうだったので、未惟奈が何をしたかったかの真相を俺の口から説明することにした。
「未惟奈は身体能力……つまりエドワード・ウィリス、保科聡美というスポーツ界最高峰のDNAを引き継いでいることで注目されてますよね?彼女はそのことにストレスを感じているんです。つまりそれは未惟奈がスポーツ界でどんな実績を出そうと全部DNAのおかげの一言でかたずけられて、未惟奈本人の努力が全部後ろに隠れてしまう」
「か、翔?どうしたのよ急に?」
未惟奈は少し狼狽えるようにそう言った。
いつもの未惟奈なら「なに勝手なこと言ってんの!」と怒り出しそうなものだが、なぜか今日の未惟奈のリアクションは少し違っていて、驚きはしたものの俺の話を止めようとはしなかった。
だから俺は話を続けた。
「俺は未惟奈と会ってまだ半年余りですが、彼女がただ天才のDNAを受け継いただけの天才少女とはすでに思っていません。むしろ未惟奈が非凡な能力を発揮する根底にあるのは途轍もない努力の賜物です。それをもっと皆は知るべきなんですよ」
先日未惟奈の部屋で俺に話してくれた未惟奈の尋常ならざる努力は、みんなに伝えてなければならない。
俺はそんな使命感みたいな感情が芽生えて自分でもびっくりするくらい熱を込めて未惟奈の努力を訴えた。
「ちょ、ちょっと翔くん?」
春崎須美は俺が急に強い言を発したことにびっくりした様子だった。
「世間であれだけ注目されているのに、この努力のことを考えてくれている人が全くいないっておかしいじゃないですか?それが悔しいんですよ、俺は」
「か、翔が悔しがることじゃ……な、ない……でしょ」
未惟奈はそうは言ったものの口元は少しうれしそうに見え、顔も真っ赤になってしまった。
他人の俺が出過ぎたことをとも思ったがこんな未惟奈の嬉しそうな表情を見て俺の言動は正しかったのだと安心した。
「そっか……未惟奈さんよかったね」
春崎の戸惑いの表情とは裏腹に芹沢は、いかにも優しい大人の目で未惟奈を見つめてそう呟いた。
で、何が良かったの?芹沢先生!?
すると突然、高野CEOを大きな声が店内に響いた。
「未惟奈、悪かった!分かった、俺が何とかする!」
俺はびっくりして大声の主、高野CEOを見ると今の話に感動したのか涙目になっている。
「ど、どうしたんですか?高野さん」
春崎もそう言いながら目を白黒して高野を見た。
「未惟奈、もう一度伊波と対戦しよう。公式に。俺が未惟奈の今までの無念を晴らす場をセッティングしてやる!」
そう大声で言い切った高野CEOは一人満足げだが、誰一人この提案の意図が分からずここにいる全員がポカンとしてしまった。
いやいや、この人、状況ちゃんと理解してるのか!?




