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不完全燃焼

二人の膠着状態。


端から見ているだけでこれだけの緊張感を感じるのだから、対戦している二人の精神的なプレッシャーは相当なものだろうと想像できた。


そして……


この状況で、まず均衡を破ったのは伊波だった。


伊波は遠い間合いからノーモーションの素早い左ミドルキックを放った。


ムエタイの左ミドルキックは足をスイッチして距離を詰めるのがセオリーだが、身長がある伊波はリーチを最大限に生かしてスイッチはせず、その場でその蹴りを打った。


その攻撃は未惟奈からの反撃がギリギリ届かない絶妙な間合いだった。


この蹴りのスピードは並みの選手なら確実にヒットしていたであろう鋭さだったが、反応にずば抜ける未惟奈に簡単にはヒットしない。


未惟奈がいつも通りに光速のカウンターを合わせれば、もしかするとそれで対戦は終わったかもしれない。 しかしまたしても未惟奈は”らしくない”動きに出た。


未惟奈はあえて自分から間合いを詰めて伊波の蹴りを右腕でキャッチしてから、さらに半歩前に出た。 これによって”ステップだけ”で伊波を後方に突き飛ばした。


伊波は予想だにしなかったであろう未惟奈のそんな動きに目を白黒させているのが、フェイスガード越しにも分かった。


確かに俺と伊波の対戦を見て、思うことはあったのだろう。


しかしこの戦い方で押し切ろうとするのはどうなんだ?


……ったく未惟奈は何をしたいのか全くわからなくなってしまった。


* * *


「やめ!」


ようやくウィリス父のタイムアップの声がかかった。


なんと未惟奈は、ついに自分から先に攻撃を放つことはなく、まるでさっきの俺と伊波の対戦を再現するかのような動きを最後までやり続けてしまった。


未惟奈は確かにこの動きだけで伊波の攻撃を一切自分の身体にはヒットさせずにことごとく躱し続けた。 それはそれで凄い技術だとは思う。


未惟奈が伊波の熟練の技に嫉妬したのは分かる。 だからと言って俺のマネのような動きを最後までする必要は全くないはずだ。


しかも伊波は途中から未惟奈が攻撃を仕掛けないことを悟り、俺の対戦で見せたような怒涛の連続攻撃によるラッシュを続けた。


その間、未惟奈は伊波のバランスを崩し相手を転がす場面もあるにはあった。 だがしょせんは俺の動きを見様見真似だけで覚えたいわば彼女の技ではない。 だから天才未惟奈をしてもその戦い方だけで、百戦錬磨の伊波のラッシュを抑えきれるものではない。


実際に未惟奈が伊波の連続攻撃で後退する場面も多くあった。


もし試合で判定になれば、積極性のあった伊波に軍配が上がった可能性すらある。


これはいつも相手を秒殺する未惟奈からは到底考えられない結果だった。


とにかく未惟奈は自分らしさを一切封印した戦法で戦うという、とてつもないハンデ戦を戦ったことになる。


対戦が終わるなり、伊波はフェイスガードを乱暴にむしり取るように外した。 汗で濡れている前髪から覗く伊波の両眼は、明らかに”憤り”を表現していた。


伊波は足早に俺とウィリス父がいる場所に近づいてきた。


それとは対照的に未惟奈はいまだスタジオの中央で、ようやくゆっくりとフェイスガードを外していた。


「翔さんと最初に対戦したのは間違いだったわ」


伊波は俺とウィリス父双方に目を合わせることもなく、ただ明らかに二人に聞こえるようそんな不満を口にした。


これは未惟奈の戦い方の原因を俺が作ってしまったことに対する俺への不満と、先に俺と伊波を戦うよう提案したウィリス父への不満が入り混じっているのだと思った。


それをウィリス父も感じ取ったのか、すぐにフォローを入れた。


「伊波さんと先に未惟奈を戦わせるべきだったね」


「いえ、別にそれは……」


自分の感情的で不遜な態度がウィリス父に伝わってしまったことに少し罪悪感を感じたのか、伊波は少し怒りのトーンを落としてそう返した。


そして伊波は怒りの矛先を俺に向けてきた。


「翔さん?」


「え?……なに?」


「……まったく、なんなんですか?あなたたち二人は?なんで私があんなものを見せられなければならないのよ?」


「は?あんなものを見せられる?」


未惟奈が頑なに俺の動きを模倣したのは間違いないが、伊波の問いにはちょっとピンとこなかった。


「だから、あんなの未惟奈さんから翔さんへの告白じゃない。全くそんなの他でやってよ」


「はあ?告白?何の話してんの?今の対戦の話じゃないの?」


「だから対戦の話よ!!」


「まあまあ伊波さん、私のマッチメイクが間違っていた。許してくれ。そしてあれは明らかに未惟奈が悪い。翔君は関係がない」


「いえ、すいません……そもそも私が押しかけてきて無理やり時間を作ってもらっているわけだから、文句を言えた義理ではないんですが……私なりに覚悟を決めてきたので……」


確かに伊波の突然の訪問に無理やり付き合わされた俺と未惟奈、そしてウィリス父だってある意味いい迷惑なのだ。 でも裏を返せば、伊波だってそれだけ思うところがあって強引にこんな計画を実行したのだろう。 だとすれば、こんなモヤモヤした対戦に納得ができないのは分かる。


それにしても未惟奈の告白という意味は全く分からず、俺は伊波に返す言葉がなかった。


するとようやく未惟奈がゆっくりと、そして彼女にしては随分としょんぼりと歩いて近づいてきた。


「伊波さん……ごめんなさい」


え?未惟奈が謝った?


「いえ、別にいいですけど」


伊波は文句のひとつでも言いたかったと思う。 しかしこれまでの伊波の言動を見るに、彼女は感情をしっかりコントロールできる大人な対応を見せた。 さっきのウィリス父に対してもそうだった。 だから顔に不満な表情を残しつつも、伊波はただそれだけ返した。


「未惟奈?どうしたんだよ?あれはちょっとやりすぎだろう?」


いつもとは明らかに違う態度の未惟奈だったが、伊波の手前もあるし、未惟奈が”奇妙”ともとれるハンデ戦を自ら課してしまった理由をしっかりと未惟奈の口から説明してもらうべきだと思ってそう聞いた。


未惟奈はまるで悪いことをして親に見つかった子供のような目で俺をチラと見た。 そして口をもごもごと動かして何かを言おうとしていたが、どうも言葉が出てこない。


それを見かねた伊波が先に口を開いた。


「翔さん?その件は私は分かってるんでいいですよ」


「え?いや……でもさっきの伊波の話は俺にはよく分からないし」


「それは後で未惟奈さんと二人の時に直接聞いてください」


「は?なにそれ?」


俺が伊波と話している間も、未惟奈は視線を落として会話に入ろうとしない。


「じゃあ、そろそろ終わろうか。伊波さん?帰りは盛岡駅から新幹線かな?」


ウィリス父は重たい空気を拾い上げるように話題を変えてきた。


「え?……ああ、はいそうですけど」


「だったら私が駅まで車で送ろう」


「い、いえ、それは私が勝手に来たんで……バスで駅まで行きます」


「いいから、いいから」


ウィリス父はそう言いながら、俺と未惟奈を交互に見て……何か含みのある表情で再度視線を伊波に戻した。


「ああ、そうですね……では遠慮なくそうさせてもらいます」


今のは明らかに”俺と未惟奈を二人にしてやろう”的な意図がバレバレだろうと思った。


まあ、でも俺も未惟奈のこんな表情見たことないから、そうしてもらうと助かる。


「じゃあ、未惟奈さん、翔さん……今日は私の突然のわがままに付き合ってくれてありがとう」


「い、いえ私こそ……その、ごめんなさい」


「未惟奈さん、そのことはもういいから……そうだ、ライン交換させてもらっていいかな?」


「え?……ええ、構わないけど」


「ありがとう。あ、一応、翔さんも交換しとく?」


「俺?まあ……別にいいけど?」


俺がそう答えると、未惟奈がちらと俺に視線を送った。 それを目ざとく見た伊波が少し慌てた様子で言った。


「でも翔さんに連絡することはないと思うけどね」


「はあ?何それ、ひどくない??……まあ実際そうだろうけどさ」


「そうそう」


伊波は茶化すようにそう言って、笑いながら視線を未惟奈に送ると、目が合った未惟奈はいよいよばつが悪そうに下を向いてしまった。


未惟奈と俺とラインを交換した伊波は、ウィリス父に促されて早々にスタジオを後にした。


そしてスタジオには俺と未惟奈だけが残された。


やっぱり、ここは未惟奈とじっくり話さんといけないんだろうな。


さっきからの”浮かない”表情の未惟奈とようやく目が合って……


今更、この異様な雰囲気に緊張して、俺は”ごくり”と唾を飲み込んだ

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