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未惟奈の抱いた嫉妬

 未惟奈が今までに、少なくとも俺の前ではやったことがない「待ち」の戦闘スタイル。


 おそらく伊波にしても未惟奈は開始早々に電光石火の蹴りを放ってくると警戒していたに違いない。だとすると彼女からしても大いに意表を突かれた展開ともいえた。


 だからだろう。伊波は俺と対戦した時よりもよほど慎重にステップを使って間合いのコントロールを始めた。


 彼女ならさっき俺に見せたような攻撃力があるのだから、待っているだけの相手なら速攻を仕掛けていくらでも切り崩せる。


 しかし警戒した伊波はそうしなかった。


 伊波は上体を前後左右に揺らしながら、時折身体を沈めてフェイントをかける。そうやって未惟奈の反応を慎重に引き出そうとした。


 未惟奈も伊波のステップに合わせて、やったことのないはずの後屈立ちでなんと大成拳のような”すり足”を器用にやってみせた。


 その未惟奈の動きは経験者の俺から見てもとても見様見真似でやっているとは思えない熟練の技を感じさせた。


 やはり未惟奈の才能は普通ではない。


 伊波は未惟奈の一発の怖さを知ってるからこそ、不用意には攻撃を出せない。しかもあれだけ無駄のない”すり足”で距離をコントロールされたらさぞ伊波も動き難かろう。


 そんな緊迫した膠着状態が続く。


 ここに審判がいれば「ファイト!ファイト!」と二人に攻撃を促す場面だろうが、今はただのスパーリングだ。だから二人は攻撃を出さずにまだまだ見合ったまま時が流れた。


 素人が見れば二人とも何もしていないように見えるだろうが、見る人が見れば二人のわずかなステップ、身体捌き、フェイント、間合い、この小さな動作すべてが計算しつくされた高度な戦いが繰り広げられているのが分かるはずだ。


「翔君、あの未惟奈の動きは翔君が教えてくれたものなんだろう?」


 ウィリス父が視線を戦闘中の二人からは目を離さずに小さな声で俺にそう聞いてきた。


「いや、俺から教えたことはないですよ。だから俺の見様見真似だと思います」


「そうか。見様見真似か……フフフ」


 ウィリス父はそう言いながら嬉しそうに笑った。


「でも、見ただけであそこまでやる未惟奈の才能にはいつも驚かされます」


「見ただけ?……いやそれはちょっと違うと思うぞ」


「え?違う?どういうことですか?」


「私は空手のことはよくわからないが、あの動きは未惟奈が自主トレーニングでいつも繰り返し練習している動作だ」


「え!?練習している?!そんなバカな」


「いやいや、翔君と練習した日は特に帰宅してから熱心にあの動きばかりやっているよ」


 ま、まさか……嘘だろ!?


 未惟奈が俺の動きを自主トレーニングでは練習していた?


 俺の前では一度たりともこんな動きはしたことなかったのに。


「分かってると思うけど、未惟奈が何で翔君に付きまとうか分かってるよね?」


「つ、付きまとう!?……いや、そういう訳ではないと思いますけど」


 さっきまでは俺の未惟奈のやり取りを見て不満たらたらだったのにいきなり何をいいだすんだこの父親は?俺は不覚にも耳が熱くなるほどに照れて慌ててしまった。


「おいおい、勘違いしないでくれ。別に未惟奈が君のことが好きすぎるとかいう話をしているわけではないぞ?」


 ウィリスは俺のそんな慌てた表情を見てすぐに父親の顔に戻っていた。


「いや、そ、そんなことは思ってません」


「フン、まあいい。……だから未惟奈は翔君の空手に憧れているんだよ」


「え?」


 そうだ、それは確かに前に本人から聞いたことがある。俺の空手が理想だと。つまり彼女は生まれながらの才能で評価されることを極端に嫌った。だから明らかに天賦の才がない俺のような普通の人間が努力だけで身に付けた俺の空手を学びたいといったのだ。


「さっき未惟奈の様子がおかしかったろう?」


「は、はい……ウィリスさんは理由に気付いているんですか?」


「君と違って未惟奈との付き合いは長いからな」


「それはそうですよ。俺なんて未惟奈に会ってまだ半年もたちませんから」


「ははは、そうだったな」


 なんか勝ち誇ったようにウィリス父は高笑いをした。いやいや、そこで嬉しそうな顔するとむしろ余裕なく見えますよ?


「どうしてなんですか?未惟奈はなんであんな顔したんですか?」


「伊波さんと戦って翔君はどう感じた?」


「そうですね。……未惟奈とは真逆でした。小さいころから時間をかけて身に付けてきた技の安定感、引き出しの豊富さ、正確さ……変な話ですけど、戦いながら彼女のトレーニングの場面を想像して泣けてきたほどでしたよ」


「そうだろうな。彼女の技は素人の私が見ても完成度の高い素晴らしいものだった。だから同じく長年鍛錬してきた翔君との戦いは見ていて美しいとすら感じたよ」


「う、美しいですか?」


「ああ、そうだ。才能ではない訓練によって身に付けられた……まるで芸術品のような技と技のぶつかり合いといったらいいのかな」


「そ、それは買いかぶりですよ」


 世界のウィリスに”芸術品”とまで言われた俺は、照れくさくなってにやける口を思わず腕で隠してしまった。


「翔君?だから分からないか?」


「え?何をです?」


「それを見せられた未惟奈がどう感じたか」


「ああ!」


 分かった。


 そういうことか。未惟奈の空手は訓練された技というよりは究極の身体能力から繰り出される天賦の技だ。伊波とは対極のスタイル。つまり俺とも対極。だから俺と伊波は鍛え抜かれた技と言う意味では同じ。


 だから……


「分かったろう。きっと未惟奈と翔君がいくら高度な戦いを繰り広げてもさっきの伊波さんと翔君との戦いのような美しさは生まれない。未惟奈の技は質が違いすぎる。どこまでいっても身体能力に頼った技だ」


「で、でも空手は美しいとかそういう尺度で測るものではないですから」


「もちろんそうだ。でも未惟奈はそうは思っていない。繰り返すが未惟奈は君の空手を理想としている」


 そうだ。未惟奈が俺の空手に執着する理由。未惟奈が何をやっても才能の一言でかたづけられて生きてきたという「トラウマ」を持つ。その未惟奈が「DNAという呪い」から逃れる唯一の救いが俺の空手だったのだ。


 それをすでに体現している俺と伊波の戦いを見た未惟奈は……


「心底、嫉妬したんだろう、未惟奈は」


 そ、そうだったのか。


 だから未惟奈は突然、自分の才能を封印して……俺のスタイルで戦おうとしているのだ。


「ましてや、最近ではお気に入りの翔君が、別の女の子と二人であんなに美しい戦闘を”共演”してしまったのだから、心穏やかにはいかないだろう」


 俺に隠れて、俺の空手をひたすら練習していた未惟奈。


 俺と伊波の戦いに嫉妬して、不利と分かっていてあえて俺と同じ戦いをしようとしている未惟奈。


 俺はそんな未惟奈の想いを想像して不覚にも胸の奥がヒリヒリするほどの痛みで涙腺が緩みそうになった。


 なんだよ、未惟奈。


 お前らしくないだろ。


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