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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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努力の技

 俺に出鼻を挫かれた伊波が戦術をどう変えてくるのか?


 今の一瞬のやり取りで俺は「返し技が得意」ということは見抜いただろう。なら伊波がこれ以上不用意に距離を詰めてくることはないはずだ。


 ……なんて一瞬でも考えた俺がバカだった。


 伊波は何をどう考えたのか?もしくは何も考えてないのか?


 再び俺と向き合った伊波は狂ったように猛ラッシュを仕掛けてきた。


 ”おいおいマジかよ!?”と心で突っ込む余裕もなく俺は伊波の攻撃を捌くことに集中することになった。


 構えた位置から飛び込みざまに”テンカオ”と呼ばれる飛び膝蹴りを俺の顔面に放ってきた。開始早々の”テンカオ”であっけなくKOという試合もある程に定番の意表を突く技だ。


 それから間髪おかずに左ジャブ、ロー、左、肘、膝……とにかく間断なく怒涛のラッシュを伊波は続けた。


 その攻撃はどれも未惟奈のような超スピードで放たれる訳ではなかったので、俺がその攻撃を”直撃する”ことはもちろんなかった。


 ただその伊波の攻撃の”精度の高さ”に俺は舌を巻いた。


 ムエタイの攻撃と言えば、例えばミドルキック一つとっても、空手のようにピンポイントで急所を狙うというよりは、脛全体で薙ぎ払う”大雑把な”というイメージが強い。


 しかし伊波の攻撃も鉈をふるうような荒々しさがあるものの、彼女の攻撃はことごとくが急所を正確無比に狙ってきた。


 俺は初手の飛び膝蹴りを捌いてから、”当初の予定通り”に伊波の攻撃を「避ける」のではなく「受ける」ことにした。


 つまり彼女の攻撃を”空を切らせて”避けるのではなく、あえて腕や足を使った”受け&ブロック”で伊波の攻撃を凌いだ。


 つまり”相手に触れながら”攻撃を捌くという選択をしたのだ。


 俺はさっきアップの時にサンドバッグで見せた芸術的ともいえる伊波のミドルキックを見て、これをしようと決意した。


 伊波が「努力によって」身に付けたであろうムエタイの技を、しっかり身体で受け止めてみたいと思ったのだ。


 そして今、伊波の攻撃を身体で受け止めた今、あらためて確信した。


 やはり伊波の技は運動神経とか格闘センスとかいう「天賦の才」に頼ったものではない。


 幼少期から何度も何度も繰り返し身体に染み付いた技に違いなかった。天賦の才なら最高峰の技を放つ未惟奈の攻撃を見慣れている俺だからこそ、この判断は正しいと思う。


 この技の正確さ、いや”丁寧さ”と表現したほうがいいのだろうか?こんな動きは一朝一夕でマスターできるものではない。


 ただ感性で動くのはなく俺の動きにいちいちしっかり反応して、最適な技を瞬時に選択し、正確に打ち込んでくる。伊波のように頭のイメージと身体が一体になるにはどれほどのトレーニングをしてきたのだろう。


 そういう意味では、伊波は俺のスタイルに近い。


「翔!!どうしたのよ!?」


 未惟奈が俺の動きを見て、激を飛ばしてきた。


 端から見れば俺が受けに回ってるだけだから劣勢に見えたかもしれない。


 しかし俺はその攻撃をただ単純にブロックしている訳ではない。ダメージを最小限するべく伊波の拳脚をいちいち繊細に捌いていた。


 だから劣勢に見えてもノーダメージなのだ。


 伊波自身も自分の攻撃が決定打になっていないことに気付いていて、それに”焦れて”きたのだろう。


 ついに強引に俺の頭を両腕でガッチリ抑え込んで”首相撲”に持ち込んだ。俺の身体をコントールして膝、肘を打ち込む魂胆だろう。


 首相撲は普通の空手家なら、試合のルールで掴みが禁止されているので”苦手”なことが多い。つまり伊波は自分の得意な土俵に持ち込もうとした訳だ。


 これはつまり彼女が本気で俺を倒しに来たと思っていい。



 しかし強引すぎる技には隙が大きく生じる。


 セオリー通りにやるなら、彼女の両の腕を”切って”俺も彼女の首を取りにいくべきなんだろうが、そのやり方はムエタイ戦士である伊波には通用しまい。


 また俺の今回の目標は”気の感覚”を最大限に感じつつ意識的に相手の動きを封じることだ。だから俺はあえて伊波との首相撲には乗らずに俺の頭を抑え込んでる彼女の両腕から”気の動き”を読みに行った。


 俺の頭を下げるように抑え込む伊波は左右に俺の身体を振り回そうとする”意志”が彼女の動きから、また気の動きから読み取れた。


 俺はその左右の動きに逆らわずにあえてその動きに身体を同期させ、その動きを増幅させるべく身体を回しステップを踏んだ。


 そしてその俺の一連の動きで生じた”気の動き”に伊波の身体は激しく振り回された。


 すると伊波の身体は浮き上がるように反転し1メートルほど”弾かれた”ように飛ばされてしまった。


 完全に自分の土俵で、しかも俺の身体を両腕で制し、今まさに俺の身体をコントロールしようとした瞬間に、逆に自分が振り回されまたもや尻もちをついた伊波は流石に目を白黒させた


「か、翔さん!?一体……な、なにをしたのよ!?」


 伊波は驚愕の表情を浮かべてそう叫んだ。


 何をしたか……そうだな。なんと説明したらいいのだろうか?伊波に”気が云々”と言う話をいても通じるとは思えない。


 それにまだスパーリングも終わってないからくどくど説明している場合でもない。


「まあ、ムエタイで言うところのスウィープみたいな感じ?」


 倒れた伊波に聞こえるようにそれだけ言った。


「そ、そんな私がコントロールしてたのに私が逆に投げられるとか……意味わかんない」


 伊波は呻くように呟いた。




 その後の展開も似たり寄ったりだった。


 伊波もあの手、この手を使って無限とも思えるバリエーションで攻撃の手を緩めなかった。


 また俺の反撃に対しても彼女のディフェンス能力は異常に高く、中途半端な攻撃はことごとくブロックされ、また空を切った。


 そして自分の技を信じてこれほどまでに反撃を続ける彼女の動きを見ていたら伊波の今までの努力の場面が想像されて、場にそぐわず涙腺が緩むほどだった。



 そして……


 もうそろそろタイムアップと言うタイミングで伊波が意外な動きに出た。


 伊波はまた俺の頭を再度掴んで膝蹴りを入れる体制になった。


 俺は同じように伊波の身体をコントロールしようとした刹那、彼女は強引に距離つぶして……こともあろうか俺の腰に両腕を回して身体をピタリと寄せてきた。


 格闘技の場面としてその光景を見れば「クリンチ」ということなのだが、これが普通の男女という場面だったならば「抱きしめあっている」という場面でもあったりするのだ。


 俺はこう見えて普通の高校生男子だ。いきなり女子に力いっぱい抱きしめられれば動揺もする。


 そして伊波はまさに”これを狙ったかのように”俺に生じた一瞬の動揺を逃さず、さらにその美しく長い脚を俺の脚に絡めてきた。


 俺はさらに動揺し……気づいたら伊波はそのまま”体落とし”を掛け俺を倒しにきた。


 俺はこの時、自分の動揺を未惟奈に見透かされたんじゃないかと”チラリ”と横目で未惟奈の表情を窺うという失態を冒し、動揺がさらに動揺を引き寄せてまんまとそのまま伊波に抱きつかれたまま床に背中をつけることになった。


 ”バタン”と激しく二人が倒れる音がスタジオに響いた。倒れた勢いで俺の腕が彼女のフェイスガードを弾き飛ばしてしまった。


「あ、ご、ごめん」


 直ぐにその事を詫びたが、伊波は俺の肩に顔を埋めて顔を上げようとしない。


 体制としてはあお向けで倒れた俺に伊波がぴったりと覆いかぶさるように密着していた。


 すると伊波の熱い上半身の熱が身体越しに伝わり、また2分間ラッシュしつ続けて荒くなったしまった伊波の呼吸が俺の首筋にかかった。


 こんな体制になって冷静でいられる男子高校生などいるはずがない。俺は顔が燃えるように熱くなるのを感じて我慢できなくなりファイスガードを外した。


「ちょっと、伊波さん」


 そう言いながら熱くなってしまった身体を捩ってなんとか伊波の肩をそっと掴んで彼女の身体を引き離した。


 すると伊波も顔を上げて俺と視線を合わせた。


 その時、まだ下にいる俺のほほにポタポタと水滴が落ちた。


 最初、彼女の”汗”だと思ったのだが、次の瞬間それが伊波の”涙”だと知って「ギクリ」とした。


 彼女は涙を流していたのだ。


 俺は、その涙の原因が自分の攻撃が俺にことごとく通じなかったことの悔し涙だと分かった。




「あ、いや……なんか、ごめん」


 俺は咄嗟に、また同じように謝ってしまったがそれを聞いた伊波は”きっ”と視線を鋭く言い返した。


「なんで翔、さんが謝るの?」


「いや……そうだね。最後は俺が倒された訳だしね」


 そう言うと伊波はふいと顔を横に向けたまま、何も答えずに立ち上がってしまった。


 俺はスパーリングではいたって冷静に戦っていたのに最後の最後で伊波の身体の感触と涙というダブル攻撃を受けてすっかり動揺してしまった。


 なんかメチャクチャ後味が悪い……


 え?もっと空気読んで手を抜くべきだったのか?


 いやいや、それこそ伊波に失礼だ。


 これはこれで仕方ない。


 問題はもう一つ。


 俺はその一部始終を見ていたであろう未惟奈に恐る恐る視線を向けた。


 伊波と実質抱き合って赤面している情けない俺を見て、きっとカンカンに怒って”どやされる”のを覚悟していたのだが……


 未惟奈は確かに俺を睨みつけてはいたが、”怒り”とは違った微妙な表情をしていたのが気になった。


 俺は顔を傾げて”どした?”というジェスチャーを送ったら、未惟奈まで目をそらして下を向いてしまった。


 え?どうしたの?未惟奈?


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