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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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普通じゃない

「伊波さん?まずは翔君と対戦してもらっていいかね?」


 なんといきなりウィリス父が”この場”を仕切るようにそんな提案を伊波にした。


「ちょっとパパ何言ってんのよ?彼女は私に会いに来てるんだから、私から対戦するのが筋でしょ?」


 伊波本人が応えるまえに未惟奈が先にウィリス父に噛みついた。


 まあ、普通に考えれば未惟奈の言う通りだし伊波だった同じ思いだろう。ただウィリス父があえて”しゃしゃり出てきた”ということは彼なりに考えるところがあるのだろう。


「どうだろう?伊波さん」


 ウィリス父は娘のこんなリアクションが来ることは想像していたのか、未惟奈を軽くスルーして彼は笑顔で再度訪ねた。


「えっと、私は別に構いませんけど」


 伊波も少し面食らったようだが、すぐにそう返した。しかし彼女はすぐに視線を俺に向け小首を傾げ、眉間に皺をよせた。”なんで空手初心者の普通の高校生男子と私が”という不満が顔に出ていた。


 まあ、普通はそのリアクションだよな。


「翔君もいいよね?」


「ええ、もちろん構いませんけど」


「翔?!ちょっと!どういうつもり?どう考えても私が先でしょ?」


「未惟奈?おまえウェイトトレーニングでワークアウトしてんだろ?少し休んでからの方がいいんじゃないの?」


「大丈夫よ、むしろハンデになっていいんじゃない?」


「おいおい、そういう相手のことを考えない物言いはやめろ」


「な、なによ偉そうに……」


 相変わらず言いたいことを全部口に出す未惟奈を俺が口うるさく注意する場面は多い。未惟奈も自分でもそれが自分の悪い癖と分かってるのか、その指摘をされると結構おとなしくなってしまう。


 まあ、ああ見えてかわいいところもあるのだ。


「翔君?娘の扱いに随分慣れているようだが、まさか君たち……」


「だから違いますよ?そんなに気にし過ぎると未惟奈からもウザがられますよ?」


 思慮深そうに見えるウィリス父も、未惟奈のことになるとちょっと前のめりになって俺から見てもウザい。まあ世の父親のあたりまえのリアクションなんだろうが、父は父でそんなギャップがかわいくもある……いやかわいくはないな。


「……でもルールどうするんですか?空手とムエタイですよ?ルール次第でずいぶん結果は変わってくると思うけど」


「翔君はどうしたい?俺はあまり格闘技のルールに精通していなから君に任せようと思うが」


「ここはフェアに翔さんのやりやすいルールでいいですよ?」


 伊波が口を挟んだ。


「いや、それだとフェアじゃないだろう?」


「だって私は曲りなりにプロだし、あなたは初心者なんでしょ?私の土俵にしたらその……ね?」


 はいはい、初心者の俺にハンデをくれるってことね?


「いや、それでも男女のフィジカルの差もあるし・・・」


「翔さん?私はジュニア時代は女子では相手がいなくてずっと男子に混ざって試合してたから”女子だから”という理屈は私には通用しないの?」


 別に女性だから”なめた”発言をしたわけではく、一般論として高校になってからの男女のフィジカルの違いを”大義名分”にしてフェアなルールに持ち込みたかっただけなのだが……ちょっと言い方間違ったようだ。


「わかった。じゃあフェイスガードして拳はグローブではなくて拳サポーターでいい?それ以外は肘、膝あり、掴みありでいいよ」


 俺はとりあえず”防具類”を空手に合わせてもらって、後は伊波がルールに縛られず思う存分に戦えるムエタイルールを提示した。


「分かったわ。それでいいわ」


 伊波は”ほんとにそれで大丈夫なの?”という心配の表情を俺に向けつつも納得してくれた。


 ……にしても俺はどんだけ舐められてしまっているんだろうか?


「ところでウィリスさん、空手用のフェイスガード、できればスーパーセーフがいいんだけど、それから拳サポーターってありますか?」


「えっと、どうだったかな?」


 流石に格闘技の防具に関してはよく分からないらしいウィリス父は未惟奈の方を向いた。


「大丈夫だよ翔。全部あるから安心して。私が今準備するから待ってて」


「そうか、サンキュー……助かる」


 …… …… ……


「対戦といっても試合じゃないし、スパーリングってことでいいんだよね?」


 俺はスタジオの中央で伊波と向かい合いながら、対戦前に一応そのことを確認するため目の前の伊波とウィリス親娘に同意を得るべく視線を皆に向けた。


「私と翔さんが勝ち負けを決める理由もないですから」


 伊波は少し目を細め不快な表情ともとれる顔で言った。


 伊波が言った”勝ち負けを決める理由もない”の意味するところは”プロの私が初心者の神沼さんと勝敗なんてありえないでしょ?”ということなんだろう。


「全員素人じゃないんだし、スパーリングだって手を合わせればどっちが強いかなんてすぐ分かるでしょ」


 未惟奈が”白黒つける気満々”でそう言った。


「いやいや、未惟奈?どっちが強いとかそういうことじゃなくて、あくまで技術交流ということを忘れるなよ?」


「翔?そういう中途半端な”たてまえ”は面倒だからいらない」


 俺はこれ以上言っても無駄だと思い視線を伊波に移した。


 俺と未惟奈とのやり取りを見ていた伊波がニヤニヤと生暖かい視線を返してきたのがなんとも居心地が悪かった。このリアクションは……”さっきからなんだこのバカップルは”ってな感じだろうか。


 まあ確かにそう思われても仕方ないのかもな。


 カップルじゃないんだけどね。




「じゃあ翔君、伊波さん、時間は2分でいいね?」


 ウィリス父がストップウォッチ片手にそう言うと俺と伊波は同時に首肯した。


「では、はじめ!」


 ウィリス父の声で、俺はいつも通り広いスタンスで普通の空手家よりもはるかに低い構えをとった。


 伊波の両拳はボクサーのそれよりもずっと高い位置まで上げて、俺とは対照的にスタンスは狭いアップライトに構えた。そして前足を少し地面つけ、いつでも蹴り出せる体制だ。つまりよく見るムエタイ選手独特の構えだ。


 伊波はきっと俺の実力を過小評価している。だからだろう、あまり俺の攻撃を警戒せずに距離を詰めてきた。


 俺はここ数か月で学んだ大成拳を未惟奈以外の相手で試すことが最大の目的だ。だから俺は全身の「気」の感覚を意識して、相手の攻撃を”無意識”ではなく”意識的に”捌くことに集中した。


 この”意識的に動く”というのが芹沢から”唯一の目標”として提示されたスキルだ。


 伊波は自分の”制空権”に入るやいなやその長くて美しい脚を跳ね上げて俺の顔をめがけてノーモーションの鋭い前蹴りを放ってきた。


 想像以上に伸びるその前足に一瞬”ひやり”としたが、未惟奈の電光石火の蹴りを見慣れている俺にこの蹴りは当たらない。


 俺は”ほんの数センチ”左にスライドさせて伊波の足をかわし、十分威力を制御し、さらに頭部の振動が最もすくないであろう”オデコ”のあたりに軽めのストレートを”チョン”と当てた。


 威力はほとんど殺した軽いパンチだが俺はあえて相手が一番バランス崩しやすい僅かなタイミングをピンポイントで突いた。


 だから伊波は軽い攻撃を受けた割に派手にバランスを崩して尻もちをついてしまった。


 倒れた伊波は自分の身に何が起きたのか分からないという困惑の表情をフェイスガー越しに覗かせていた。攻撃したはずの前蹴りがなぜ避けられたのかも分からない。そして軽く顔に拳をあてられただけで自分がバランスを崩した理由も分からないのだろう。


 ふと未惟奈の姿が視界に入ると、未惟奈はこの光景を不敵な笑みを浮かべて見ていた。


 なんか嬉しそうだな、おまえ。


 相手が倒れてそんな”いい笑顔”とか、いい性格してるよ、全く。




「大丈夫?」


 俺は一応相相手が女性ということもあり、尻もちをついたままの伊波に右の手を差し伸べた。


「いや、平気」


 俺の差し伸べた手には触れることはなく我に返った伊波は一言そう言って素早く立ち上がった。


 そして立ち上がりざま、さっきまでの”余裕”の表情とは打って変わって俺を”キッ”と睨みつつ、それでもかろうじて笑顔を作って呟いた。


「へえ、翔さんって”普通”じゃなかったんだ」



 俺は伊波のスイッチが”カチリ”と入った音が聞こえた気がした。


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