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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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動揺に動揺して

 俺が有栖に勝ったことがよほど嬉しかったのか、諸手で俺の両の手をとりガッチリと握りしめ涙を流して祝福してくれたのは……


 未惟奈……ではなく竜馬先輩だった。


 ですよねえ〜……


「俺はお前ならやると思っていたよ。うちの道場の後輩として俺も鼻が高い。俺も最近試合に勝ててなかったけど指導力に自信を持つことができたよ。」


 いやいや、俺、竜馬先輩から何か教わった記憶ないんだけど?


 まあ、別にいいんだけどね。



「お、おい!翔?お前ってそんなに凄い奴だったのか?マジビビったんだけど?」


 今度は未惟奈と一緒にいたかっただけの及川護が興奮気味に絡んできた。


「俺は空手のこと分からないけど、なんか翔が必死に頑張ってる姿に感動したよ!!」


 いつもわざとらしいオーバーアクションをする護だが、この時ばかりは妙に真剣なまなざしで称賛の言葉を浴びせてきた。


 喜んで貰えるのは素直に嬉しいが、おまえからの熱い視線は申し訳ないけど全く嬉しくないんだよね。


 俺がここで少し不満げな感想を漏らしてしまっている原因は未惟奈だ。


 さっき、有栖との対戦中に視界に入った未惟奈は、俺が押されているときは悔し涙を流し、俺が挽回したときにはうれし涙を流していたように見えた。


 こんな未惟奈の「らしからぬ」反応の真意こそ俺は確かめたかったのに、そんな間もなくむさくるしい野郎二人にまんまと邪魔されてしまったのだ。


 更には未惟奈が俺の対戦を見て「涙をながす」という衝撃の場面にうっかり動揺してしまった俺だが、竜馬先輩や護に未惟奈以上のリアクションをされてしまうと未惟奈のリアクションもこの2人と何ら変わりがないのではないかと少しがっかりしてしまった。


 冷静に考えれば未惟奈ほどに性格がアメリカナイズされ感情をストレートに表現するタイプなら試合に興奮して涙を流すなんて、日常のリアクションなのかもしれない。


 そして俺は改めて未惟奈に視線を移した。


 すぐさま駆け寄ってきた竜馬先輩や護とは対照的に、未惟奈と俺との間には不自然に距離があった。


 有栖との対戦前には少なからず「負けるな!」と煽っていたのだから、少しはねぎらいの言葉をかけて近寄ってきても罰はあたらないはずだろうに……


 俺はそんな不満を持ちはしたが、対戦の興奮もあったのか、あまり深い思慮を働かせるのも面倒なのでつかつかと自分から未惟奈に近づいて行った。


「どうよ?やっぱ俺って凄くね?」


 少しわざとらしいくらいの満面の「どや顔」で未惟奈にそう言い放ってみた。


「まあ、うん……」


 未惟奈は一旦”ちらり”と俺に視線を向けたが、なんとも中途半端なリアクションをしつつすぐに視線をそらしてしまった。


「おいおい?なんだよそのリアクション?師匠が勝ったんだからもっと喜べ!そして褒めろ!」


「バカじゃないの?」


 視線を少しだけ俺に向けちょっとだけ”くすっ”と笑ったように見えたが、それでもまだどことなく表情が硬い。


 なんだ?


 なんか気に障ることでもあったのか?


 もしくは俺と有栖の対戦で俺が気づきえない何かに気付いて、俺が及びもしないネガティブな”何か”に気付いたとか?


 鋭き過ぎる未惟奈だから十分ありうる話だ。


 そんなことを想像しているとなんだか不安になってきて、俺は次のセリフを出せなくなってしまった。


 すると護がいつものように”俺を出汁(だし)に”未惟奈との会話に入ろうとしたのか、この微妙な空気感をものともせずに”つかつか”と近寄ってきた。


「未惟奈ちゃん、俺は素人だから分からないんだけど……翔って結構凄いんだね?」


「護?”結構”じゃなくて”相当”だぞ?高校生チャンピオン倒したんだからな?……なあ、未惟奈?」


「うん、まあ」


 ほらほら、まただ。硬いよ、未惟奈?硬いから!


 全くなんなんだよ?その気のない返事は。


 この微妙な空気感は未惟奈と二人だったら耐えられなったが護という”おふざけキャラ”が隣にいることで若干俺にも心に余裕ができて少しだけ軽口をたたく余裕が出来た。


「なんかさっきから未惟奈がこの調子なんだよ?おかしくないか?師匠が快勝してるのにこのつれなさときたら」


「べ、別にそういう訳では」


 未惟奈は慌てたようにそれだけ返したが、微妙な表情が変わることはなかった。


「おい、翔?そこはちゃんと未惟奈ちゃんの気持ちを汲んであげろよ?」


「は?どういうこと?」


「ほんと翔ってこういうところが鈍すぎて引くわ」


「に、鈍い言うなよ!」


 俺にとっては「鈍い」は地雷ワードだ。


 なにせ俺は普段から未惟奈に「鈍い」「鈍い」と言われず続けている。


 でも護だって似たようなものだろう?


 まさか護にこの未惟奈の微妙な表情の意味が分かるとでもいうのか?


「お前は対戦してたから気づかなかったかもしれないが、未惟奈ちゃん泣きそうな顔で必死にお前のこと応援してたんだぞ?」


「え?そ、そうなのか……」


 涙ぐんでるのは対戦中にちらりと見えたが護からもわかる”必死に応援してた”という様はちょっと意外だった。


 俺はチラリと未惟奈の顔色を再度見るとついに未惟奈は下を向いてしまった。


「ほらな、未惟奈ちゃんは照れてるんだよ」


「は?そうなのか?未惟奈?」


「お、及川君!よ、余計な事言わなくていいから」


 そう言って顔を上げた未惟奈の顔は、普段の透き通るような真っ白な肌がピンクに紅潮していた。


 え?え?マジか?


 照れてるの?


 柄にもなく?


 俺は予想だにしていなかった未惟奈のそんな本音の表情?を目の当たりにして今度は俺のほうが慌ててしまった。


「な、なんだよ、嬉しいなら素直に飛びついてハグしてくれてもいいんだぞ?」


 俺は動揺を最大限にごまかすべくそんな軽口を叩いたが、いよいよ未惟奈の顔は「ピンク色」を通り越して「深紅色」にまで赤面し大きくて形のいい両の目がみるみる吊り上がっていくのが分かった。


 すると未惟奈は意を決したかのように急に俺との距離を詰め、未惟奈のフローラルな香りが鼻腔を刺激するほどに顔を寄せてきた。


 俺はまさかほんとにハグでもするのかと慌ててしまい、身体を大きく仰け反らせたらバランスを崩してしまい数歩後退までしてしまった。


「武道家がそんな簡単にバランス崩して情けなくないの?それとも私の踏み込みが早すぎて反応できなかったとか?」


 さっきまではあれほど動揺していたかに見えた未惟奈は勝ち誇ったかのようにそういった。


 未惟奈の踏み込みが早いというのは俺は十分すぎるほどに知っていたのだが、この場合はそういうスピードの話ではなく未惟奈のあまりに大胆すぎる接近に動揺してしまったと言うのが正解だ。


 俺は咄嗟に未惟奈から距離をとったが、有栖との対戦の時よりも心拍が激しく波打っているのを抑えきれずに、ただただうろたえるしかなかった。


 だからなんで俺はさっきからこんなにも未惟奈に心乱されにゃならんのだ……


 俺は自分の動揺の意味が少しも納得できず、頭が混乱するだけだった。

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