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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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底知れぬひと

 二人が同時に倒れたのを見て、俺は咄嗟に二人に駆け寄っていた。


 慌てて飛びしたが、隣を見ると有栖も青い顔して俺同様に駆け出していた。


 自然、有栖との距離から俺が未惟奈に向かって、有栖は芹沢に向かって飛び出して来たことに気付かされた。


 なんだよ。未惟奈の為に飛び出したのかよ?俺?


 無意識にそんな行動をとっていた自分が少しむず痒くなった。


 それにしても……


 未惟奈は芹沢の一撃を身体に受けて倒れた。


 未惟奈の光速の蹴りでフェイスガードを飛ばされた芹沢は、まるでその衝撃がなかったかのようにそのまま前のめりで距離を詰めたのだ。


 そして右拳を"クロール"のように上から振りおろしオーバーハンドで未惟奈の鎖骨に渾身の一撃を打ち込んだ。


 顔面への直接打撃がルール上禁止されているフルコンタクト空手では、上段突きの代わりにこのような変わった"鎖骨打ち"をする。


 芹沢はまさにそれをやった。


 未惟奈はカウンターのタイミングでまともにその拳を身体で受けとめることになったので、"上から潰されるように"崩れ落ちた。


 しかし芹沢は一撃を放った直後に足がよろめきそのまま"つんのめるように"倒れ込んでしまった。この倒れ方は明らかに頭部の打撃によって脳震盪を起こし"足にきてしまった"倒れ方だった。


 つまり芹沢は未惟奈の蹴りでフェイスガードを飛ばされた時点ですでに脳震盪を起こしていたが、それをモノともせずに一撃を放ったのだろう。


 それは玉砕覚悟で捨て身の一撃を放ったことになる。




「み、未惟奈?大丈夫か?」


 俺は辛そうに倒れている未惟奈にまずは声をかけた。


「は?わ、私のはただのスリップでしょ?ダメージはないわ」


 未惟奈は強がって即座にそう応えたが、顔は悔しさで歪んでいる。確かにタイミング的には蹴りで上半身が伸びているところにカウンターを合わされたのでバランスを崩しただけの"スリップダウン"とも言える。


 しかし……


「あれが顔に入っていたらどうだったかしら?」


 ゆっくり上半身を起こしていた芹沢がそう応えた。


 そうだ。


 俺も同じことを考えていた。


 今回の未惟奈は明らかにルールに救われた。あのタイミングでカウンターのストレートが顔に入ったら確実にKOされていた。


 そう言われて未惟奈は"キッ"と芹沢を睨んで返した。


「バカ言わないで?それを言うならフェイスガードがなければ、あそこであなたが先に沈んでいたでしょ?」


 確かにそれも間違いない。


 そう言う意味では先に仕掛けて先に攻撃を当てた未惟奈が試合なら勝っていたのかもしれない。


 ただ、今回はそうはならなかった。


 なるほど、芹沢はこうなることを全て読んで、フェイスガードを用意し、ライトスパーリングという土俵に持ち込んだのか。


 そこまで思って俺は、あらためて芹沢という人間の"底の知れない策士ぶり"にゾッとした。


「先生、大丈夫ですか?なにがあったんですか?」


 突如割って入った有栖のそんな"暢気"な発言に、俺と未惟奈は目が点になった。


 何があっただって?


 えっと有栖君?今の見えてなかったのかな?


 さすがの芹沢も、あまりに抜けまくった有栖の暢気な言動に、苛立ちの表情を顕わにして言った。


「あなたはいつも私の"どこ"を見てるのよ!!」



 いや、だからそれは顔とか身体とか……ゴニョ、ゴニョ。


 俺は思わず心の中でそう突っ込んでしまった。



 幸いに二人とも"倒れ"はしたが、身体的なダメージはそれほど多くないようでホッとした。まあ芹沢は少し頭を揺さぶられたのでそれなりのダメージはあるだろう。でも彼女のことだ、必要があれば自分で脳神経外科を受診するだろう。そこは曲がりなりにも大人の、しかも空手部顧問だからなん不安もない。


 ただ未惟奈もスリップダウンとはいえ鎖骨下を結構な勢いで打ちこまれたので少し心配になり聞いてみた。


「未惟奈は鎖骨とか肋骨の痛みは大丈夫か?」


「な、なによ急に。大丈夫に決まってるでしょ?」


「いや、肋骨は後から痛みが来たりするから軽く見ない方がいいぞ?」


「知ってるわよ。だ、だからさっきからどこ見てんのよ!」


「はあ?そりゃ、おまえが打ちこまれたであろう胸のあたり……」


 ああ、しまった。そういうこと?


 そう言われて視線の先にあった未惟奈の胸の膨らみが意識されて赤面してしまった。


「わ、悪い……」


 そんな様を運悪く有栖に見られてしまった。


「君は案外デリカシーがないな?君はいつも彼女のどこを見てるんだ?」


 いや、だからおまえには言われたくないわ!


 まあ有栖の反応はどうでもいいのだが、そんな俺と未惟奈のやり取りを生温かい目で見守っていたであろう?芹沢と目があった時の居心地の悪さと言ったら……




 まあ、それはそれとして。


 この芹沢には聞きたいことが山ほどある。


「もうこの対戦は終わりでいいよな?」


 俺は未惟奈と芹沢双方に問うようにそう言った。


「そうね、ドローってことでいいんじゃない?」


 芹沢が言った。


「ドロー?なに言ってんの?私はスリップしただけでしょ?"足にきて"対戦を再開できないのはあなたでしょ?どう見ても私のTKO勝ちでしょ?」


「おい未惟奈、そもそも試合じゃないただのライトスパーリングだろ?勝ち負けにそう固執する必要ないだろう」


 俺は未惟奈を諌めたが、未惟奈のこの反応は良く分かる。


 自分で完全に"勝った"と感じられたならここまで勝敗には拘らないはずなのだ。


 自分の中でどこか"やられた"という思いがあるのだろう。


 それは俺が駆け寄った時に見せた悔しさに歪む表情を思い出せば明らかだ。


 だから未惟奈にとっては"おまえが勝った"なんて言ってあげるよりは自分自身でも"危なかった"もしくは"負けた"という気持ちを受けとめるさせる機会を与えた方が彼女のためになる。


「わかったわよ」


 未惟奈は素直にそう応えた。


 きっと未惟奈に向けた俺のそんな微妙な表情から俺の意図するところを鋭い彼女なら読みとったのだろう。


「では芹沢先生、色々伺いたいことがあるんですけど」


 俺はそう切り出した。


「フフフ、そうでしょうね」


 芹沢が観念したようにそう応えた。


「でもその前に」


「え?」


「え、じゃないでしょ?あなたと有栖君の対戦が残ってるでしょ?」


 ああ、それね。すっかり忘れてた。


 でもその話まだ生きてるの?やらなくてもよくね?


 そんな俺の心の声を読んだのか?芹沢もすこし苦笑いした。


「神沼君、ちょっといいかしら」


 芹沢はゆっくり立ち上がり俺に手招きをして未惟奈と有栖から距離をとった。


 俺は芹沢に近づくと、彼女は急に顔を寄せてきたのでちょっと焦ってしまった。


「なに照れてるの?」


「い、いや……そんなことないけど」


 そんなセリフを吐きつつきっと赤面している自分がなかなか恥ずかしい。


「一つ条件を出していいかしら?」


「条件?」


「ええ、30秒間有栖君の攻撃をただ受けてほしいの」


「え?なにそれ?」


「まあ、有り体に言うとハンデ戦ってことね。とにかく30秒間は有栖君の攻撃を捌くだけに徹してほしいんだけど」


「そんな無茶な!」


「あら?捌くの得意でしょ?」


「なんでそんな俺の実力を決めつけてるんですか?」


「だからそれは後で話しましょ? あんまりあなたと長話すると未惟奈ちゃんがうるさそうだから」


 今"うるさそう"って言った?なんだよその毒は?キャラ崩壊始まったのか?


「でもそうまでして俺が有栖と対戦する意味あるんすか?」


「あるわよ。二人ともにメリットはある」


 ここで急に"空手部顧問"らしい自信に満ちた声と表情で断言した。


「分りましたよ」


 なんだかよく分からないが、少しだけこの自信満々な先生の言うことに乗ってみようという好奇心が生まれた。


「言っておくけど、有栖君本人にはこのこと言わないから」


「え?そんな無茶な……ってか対戦してれば気付くでしょ?」


「彼、気付くと思う?」


 ああ、気づかねえな。確かに。


 思わず二人で苦笑してしまった。



「ちょっと、いつまで話してんのよ」


 未惟奈が不機嫌そうに絡んできた。


「ああ、ごめんなさい。もう終わったから」


 芹沢はいつも通りの"大人の笑顔"で返した。


「なんであなたに謝られる筋合いがあるの?」


 相変わらず未惟奈は芹沢への当たりがキツイ。


「え?それは……大切な翔くんをとったりしないから安心してね?って意味だけど?」


 芹沢は涼しい顔でそう返した。


 それを聞いて未惟奈は絶句してしまった。


 な、なんかこの女性ひとほんと恐いんだけど?


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