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普通男子と天才少女の物語  作者: 里見亮和
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画面の向こうで

『翔のこと話していい?』


 未惟奈がこともなげにそんなことを言ったものだから俺は慌てた。


 これから直ぐにでも会見がスタートするというタイミングでなにをいきなり言いだすのだ?


 俺はもうラインでメッセージを送っている余裕もなく、通話ボタンを押した。


 幸い未惟奈はワンコールですぐに通話に出た。


「お、おい!なに考えてるんだよ?」


「あれ?珍しいね?翔が通話してくるなんて」


「あたりまえだろ?会見で俺の話をするって、いきなりなにを言い出すんだよ?」


「なんだ、会見やるの知ってるんだ?もしかしてTV見てるの?」


「ああ、スマホでな」


「さっきは見れないって言ったのに……そう、でもそれなら話が早いわ。いいよね?」


「いやいや、いい訳ないでしょ?」


「えぇ?なんで?」


「なんだって、俺、一般人だから!」


「いいじゃない?有名人になれるチャンスだよ?」


「冗談やめてくれ!俺は普通の高校生活を安泰に過ごしたいんだから」


「つまんないなぁ、せっかく翔が世に認められるチャンスなのに」


「いや俺はいいから、認められなくても!そもそも世に認められるほどの実力がある訳じゃないし」



「私をあれだけ転がしておいて今更何言ってんのよ?私だって翔に勝てないのに天才とか言われ続けて居心地悪いんだからね?」


「そんな自分が居心地悪いだけで俺を巻き込むな」


「――あ、そろそろ会見はじまるから……」


「おい!」


「分かったわよ、名前は出さないから」


「"名前は"って、どういう意味だよ?」


「ああ……もう時間ないから、じゃあね」


 一方的に通話を切られてしまった。


 おいおい大丈夫なんだよな?


 これ全国放送だぞ?


「どうした?神沼。そろそろ会見が始まるようだぞ?」


 俺が未惟奈と通話をしている間、美影はスマホでTV映像を流し続けてくれていた。


「なんか、未惟奈が俺のこと会見で話すとか言ってんだよ」


「それは彼女が空手を続けることに君が関係しているということか?」


「俺に負けたことが原因で空手を続けるそうだ」


「そうか。どんなスポーツをやっても敵なしだったウィリス君がはじめて敵わない相手が現れた訳だからな。まあ彼女の行動も分かる気がするが」


 美影は呑みこみが早かった。確かにシンプルに言ってしまえばその通りだ。


 確かにこの会見をすることになった原因を作ったのは間違いなく「俺」だ。


 だから彼女が空手を続ける理由を説明するのに最も手っ取り早いのは「勝てない相手が出現したから」と言ってしまうことだ。


 未惟奈が俺のことを話すことは必然なのかもしれない。


 でもそれを全国放送で未惟奈に正直に話をされたら大変なことになる。


 それだけは勘弁してほしい。




 美影とそんな会話をしている最中に、いよいよ会見が始まるようだった。


 未惟奈は彼女の父、エドワード・ウィリスと会見場に入ってきた。


 俺はこの二人の映像を見た瞬間身震いした。


 未惟奈は制服姿だったので、外見そのものはいつも通りだったが、やっぱりこの二人の存在感は異常だ。画面に入るなりTV画面からも会見場の空気感が変わったのがありありと分かった。


 ウィリス父には以前にも保健室で会っている。しかしその時のウィリス父はこの映像に映る印象とは随分と違ったもので、ただでかいおっさんという印象以上のものは覚えていない。


 でも今日のウィリス父の記者を見据える鋭い眼光や、全身からほとばしる威圧感は全くの別人だ。


 これぞまさにスーパースターの存在感というものなのだろうか?


 そしていつも目の前で見ている未惟奈が、いざ映像越しに彼女を見ると、その美しさに息を呑むばかりだった。この映像を見る限りでは決して近づくことすらできない美少女とつい数分前に通話していたのが夢のように思えてしまう。


 こんな二人を前にした記者達のざわついた雰囲気は一瞬で、緊張感に満たされたものになった。


「この威圧感は凄まじいな」


 隣にいる美影も”何か”を感じたらしい。


「ああ、陸上界で世界を獲った男のオーラってやつなのかな?よく分からんけど」


 俺がそう言うと美影が少し怪訝な顔をした。


「いや、彼よりもウィリス君の圧が異常だ」


「え?未惟奈?」


「そうだ。彼女の威圧感はカメラ越しにもでもひしひしと伝わってくる」


 なるほど、俺は日常的に未惟奈の威圧感は感じているから慣れているが、美影からするとウィリス父以上に感じるということか……



 ――冒頭はウィリス父の挨拶で厳かに会見はスタートした。


「本日は、お忙しいなかウィリス未惟奈の会見にお集まりいただきありがとうございます。内容につきましては昨日、夕方にFAXでお知らせした通り未惟奈の今後の話に関することを本人の口からご報告したいと思います」


 "本当にアメリカ人か?"という程に流暢な日本語で、おそらく準備されていた通りのセリフを話した。


 驚いたのは、この会見の通達は昨日夕方にマスコミ向けにFAXされたということだ。考えてみれば昨日の段階で春崎須美ですら知らなかったのだ。


 となると予め準備されている会見ではなかったのか。


 なんで急遽、このタイミングで会見を開くなんてことになったのだ?




 ――そしていよいよ未惟奈本人の口から、おそらく空手を続けるという趣旨の話がはじまろうとしていた。


 正直、最後は否定していたものの直前に未惟奈から言われた"翔のこと話そうと思うんだけど"というセリフを思うと不安しか感じない。


「ウィリス未惟奈です。こんにちは。FAXでお伝えした通りです。私は空手を続けようと思います。他のスポーツをやるかどうかはまだ決まっていませんが、たぶん高校生の間は空手以外のスポーツに取り組むことはないと思います」


 あらためて未惟奈から「空手を続ける」「他のスポーツをやる気がない」と聞いた記者団からどよめきが起きた。


 記者の一人がすぐに質問を返した。


「今の未惟奈さんのお話は、エドワードさんも了承していると解釈してよろしいのでしょうか?」


「はい、父と相談して決めました」


 エドワード・ウィリス同席で記者会見を開くということは、当然ウィリス父も承諾したということだ。


 よくあれだけ自分のDNAを受け継いだ天才未惟奈のワガママをウィリス父は受け入れたと思う。


「エドワードさんからしたら正直、未惟奈さんにはメジャースポーツ、もっと言えば陸上をやってほしいという気持ちはあったんじゃないですか?」


 おそらくTVを見ている国民も同じことを思っただろう。しかしウィリス父はワザとらしく驚いたように話をした。


「親のエゴを子供に押し付けるようなみっともないマネを私がするとでも?私は未惟奈に陸上をやってほしいなんて思ったことは”一度も”ないですよ。」


 なるほど、子供に何かを期待するのは親のエゴと言う訳か。十分過ぎる程にスーパースターの座をほしいままにしているエドワード・ウィリスにしたら、子供に親の夢を託す必要なんて全くない。


 それでも俺の印象では、父親って娘には最大限に口を出すものだと思っていたが、見かけによらずウィリス父は娘の気持ちに寄り添える”良いパパ”なのかもしれない。


「では、未惟奈さんが一旦辞めると宣言した空手を続ける理由はなんでしょうか?」


 来た。当然この会見ではされて然るべき質問だ。


 未惟奈は何と答えるのだ?


「正直、ついこの前まではもう空手でやるべきことはないと思ってたんだけど……そうでもないかなって思ったので」


 なんとも雑な説明だ。それにその空手界をなめ切っていた発言。もうちょっとマシな説明があるだろうに。まあ未惟奈らしいと言えばらしいのだが……


「高校の部活説明会で、男子空手部と対戦して負けたという噂と関係してるんですか?」


 ある記者のそんな問いかけに俺は胃がねじれる程の焦燥感が走った。


 そして未惟奈の表情はにわかに緊張感を帯びた。



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