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普通男子と天才少女の物語  作者: 里見亮和
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凡才の価値

『ウィリス未惟奈!空手続行宣言!!』


 美影が見せてくれたスマホの画面にはそんな文字が踊っていた。


 いつこのネタがマスコミにばれたんだ?まさか春崎さんがリークしたのか?


 いや、流石にそれは違うだろう。


 昨日の未惟奈の様子だと、春崎さんにもあっさりと”このこと”を話していたし、しかも昨日の今日でいきなり会見なんてありえない。


 とすれば、おそらくかなり前から準備されていたということか。


 ――記者会見会場の正面にはおそらく未惟奈とその関係者が座るであろう席が用意されていた。


 こんな映像を見ると、最近あまりに普通の友達として接していた未惟奈がどれだけ世間の注目を集めているかということを改めて思い知らされた。時折会場の様子をレポートするキャスターの背後にはごった返す報道陣が映しだされ、中には明らかに海外のメディアの姿まで見てとれた。


 高校生の少女が空手を続けるというだけの話題が、ここまでの大事になるというのは尋常ではない。


 いやいや、正確にはそうではないな……


 世間、いや世界までもが注目しているのは未惟奈が「空手を続けること」ではない。


 未惟奈が「メジャースポーツに転向しない」ということにこそに皆が驚嘆しているのだ。


 未惟奈が高校に入学すれば、すぐに女子陸上短距離のワールドレコードが全て塗り替えられることは「確実である」と言われていた。そのことは陸上に興味がない俺ですら知っている。


 そんな期待をいとも簡単に投げ捨てる未惟奈は一体何を考えているのか?


 誰も未惟奈のその”ありえない選択”を理解することはできないであろう。




 少し前に俺は未惟奈にそのことを直接聞いていた。


              *    *    *


「そんなにスポーツ界から期待されているなら、陸上は陸上で続ければいいんじゃないか?空手は趣味として続ければいい訳だし」


「世間に期待されたから続ける?そんなモチベーションで続ける意味あるの?」


「なんで?自分の才能を皆が認めてくれるんだぞ?いいことじゃないか?」


「才能ですって?」


 こう問い返しながら未惟奈は明らかに不快な顔になったのを覚えている。


「翔?才能ってどういう意味だか知ってる?」


「え?それは分るよ……生まれながらにして持っている能力だよな?」


「でしょ?それに価値があると思う?」


「は!?それはあるだろう?誰だって才能があることを望むはずだ」


「両親から”ただもらっただけ”のDNAがなんだっていうの?」


「いや、貰っただけとか……人は必ずそうやって両親からもらった身体で生きている訳だから」


「私はね。努力して認められたいのよ」


「え?どういうこと?未惟奈だって努力はしてるだろ?」


「だめよ。どんなに努力したって結局は”あの両親の娘だから”ということになるのよ、私の場合は」


 なるほど……そういうことか。




「だから翔が私の理想なの」


「は!?り、理想?」」


 俺は突然“理想”と言われて動揺してしまった。


「勘違いしないで?あなたの空手のことよ?」


「ああ、そっち?」


「なんだと思ったのよ?」


「いや、男としての理想?」


「よく自分でそんなこと言えるわね?バカじゃないの?」


「おい!バカまでいうなよ!男はだれだってそんな願望はあるんだよ」


「もう、そんな話してるんじゃないでしょ?空手の話よ」


「ああ、そうだったな。でも今の話の流れからすると俺が才能ないって話になるよな?」


「そうでしょ?翔って決して身体能力高くないもの」


「え?そうなの?そこそこは高いんじゃないの?」


「いや、残念ながら私とパパの見解では翔はスポーツ的な才能はそう高くないってことで一致したの」


「おいおい、俺のいないところでなんて酷い結論だしてるんだよ?パパも酷いな?」


 ったく何で「パパ」とか呼んでんだよ?そんなイメージじゃないだろう?あのおっさん。


 まあ、それはいいんだけど……


 でも未惟奈が言いたいことは分った。


 つまり、未惟奈はきっと幼少期からスポーツという場面で目立ちに目立ってきたはずだ。でもきっと彼女を褒める言葉とともに必ず付け加えられたのが「さすがエドワード・ウィリスの子供」「さすが保科聡美の娘」というフレーズだろう。


 子供にしたら自分が頑張ったことは、自分のこととして褒めてほしいのが当たり前だ。でも彼女の場合は残酷なまでにそれが許されなかった。


 どんなに努力をしたところで全部両親の才能という一言で片付けられてしまう。


 未惟奈は両親の才能が付け入る余地がないフィールドで「自分を」評価されたかった。


 だからこそ、父親や母親とは全く関係ない空手なんかに手を出した。


 しかし蓋を開けてみれば、空手界では「天才」と評された有栖天牙ですら未惟奈の「才能」の前には全くの無力だった。


 だから未惟奈は空手にも見切りをつけた。


 きっと未惟奈の中では空手を辞めてもきっと陸上や他のメジャースポーツをはなからやるつもりはなかったのではないか?


 きっとまた空手ではない”何か”に希望を見出した可能性が高い。




 でも……


 そんなタイミングで彼女とパパ曰く”才能がない”俺に出会って、そして俺にどうしても勝つことができないことをまざまざと体験することになった。


 そう考えれば、全く冴えない高校生男子が未惟奈の関心を奇跡的に引いている理由もはっきりする。未惟奈は俺の空手には決して生まれつきの才能ではない”何かがある”と期待しているのだ。


 空手を続ける理由は、未惟奈ははっきり「俺だ」と言った。


 今にして思えば確かにそういうことになるのだろう。


 俺も最初は未惟奈という有名人(しかも美女)の要求だからというスケベ心で空手を指導することを安請け合いはしたが、その責任は相当に重いということになる。


 だって世界の未惟奈が、その華々しい未来を全部蹴って俺に賭けようと言うのだ。


 なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまった気がして身震いしたことを思い出す。


              *    *    *


 そんなことを思い出していると、またラインに通知があった。


 また未惟奈からだった。


 そして俺はその未惟奈からのメッセージを読んで驚愕した。



「TVで翔のこと話してもいい?」

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