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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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気の感覚

『月刊スポーツ空手』のライターである春崎須美と会った次の日、学校にはウィリス未惟奈の姿がなかった。


 転入以来、ちょいちょいと”芸能活動”があるらしく今日のように学校を休むことは珍しくない。


 彼女は結構律儀なところがあり、休みの前日にはわざわざラインで俺に連絡をしてくる。


『明日、学校休むから空手の練習はできません』


 ”できません”ってなぜ敬語?


 そういう彼女らしからぬ口調のラインに毎回吹いてしまう。




 さて、そうなると俺も放課後少し時間がある。


 だから帰りのホームルームが終わってすぐに”ヤツ”に会うことににした。


 そう、昨日春崎さんに聞いた内容を早速確認するために”オカルトマニア”の美影惣一を訪ねることにしたのだ。



 俺は美影がいる3組の教室の廊下まで行き教室の入り口付近にいた女子生徒に声をかけた。


「美影惣一いるかな?」


「ああ、あそこにいるから勝手に教室入って声かけて」


 彼の名前を聞いた瞬間にその女子生徒は、眉間に皺を寄せ逃げるように去ってしまった。


 この女子生徒の応対を見ても、美影がクラスでどういったポジションなのかがうかがえた。


 まあ、ヤツのことだ、そんなことは全く気にしていないだろうが。



「よう、美影」


 俺はまだ机の前に座って本を読んでいた美影惣一に声をかけた。


「ああ、君か……どうした?突然」


 美影は本に向いていた視線を俺に移して、それほど表情を動かさずにそう言った。ふと彼が読んでいた本に目を移すとそのおどろおどろしい挿絵から「オカルティックな本」であることがアリアリと分った。


 こんな本を教室で堂々と開いて読んでいる辺りがいかにも彼らしい。女子生徒から気味悪がられる訳だ。


「実は前回、美影が指摘してくれた気功の話なんだけど」


 俺がそう言うと美影は眉間に皺を寄せ怪訝な顔を見せた。


「その件は、君から関係ないと突っぱねたと理解していたが違ったのか?」


 いきなり鋭いところを突っ込まれて俺も苦笑いせざるを得ない。


「まあ、確かにそうだな。この前は悪かった。でもちょっと俺なりに調べてみたら少し美影の意見を聞いてみたくなってな」


「そうか。まあ別に構わないけど……で、何が聞きたい?」


 美影は思ったことを直ぐに口に出すと言う意味では未惟奈に似ている。でも彼の場合はあまり感情的に反応せずあくまで理性的に応対する。


 単に感情が薄いのか、意識的にコントロールしているのかはよくわからないが、話をする方としてはむしろ話がしやすい。きっと彼が周りから煙たがられるのは彼の性格と言うよりは彼の”オカルトマニア”という表面的なイメージの問題だろうと感じた。


「この前は美影自身が気功をやっていると聞いたが今も続けているのか?」


「もちろんだ。毎日続けている。だが前にも言ったように俺は独学だからあまり褒められたものではないのだが」


「気功って独学でできるものなのか?」


「はは、いい質問だな」


 珍しく美影が笑顔を見せた。俺には何が嬉しいんだかちっとも分らないが……


 自分の好きな話になるといきなり楽しそうに饒舌になるマニア特有のスイッチが入ったのか?


「気功を教える道場に聞けば、まず間違いなく独学は無理と言うだろうな。例えば君に空手が独学で学べるかと聞いたらなんと答える?」


「それは”無理だ”と答えるさ。全くの素人が本や映像だけで空手を学ぶなんてありえない」


「そうだろうな。でも俺がやっているのは厳密に言えば、世間一般で理解されている”気功”ではないからある程度はできるのさ」


「はあ?よく分からないんだけど?」


「日本人は気功と聞けば太極拳のような”動きのある鍛錬”を想像することが多い」


「違うのか?」


「もちろんああいった動きもあるが、俺がやるのは静功と言って動かない」


「静功?動かない?……なんだそれ?」


「武道家のやる立禅が近いと言えば分るか?」


「立禅か……」


「ああ、そうだ。俺の場合は座ってやるから見た目は座禅をしているように見えるはずだ」


「それ座禅とは違うのか?」


「ああ、少なくとも日本の座禅とは全く違う。俺は座りながら気を身体に巡らせているから見た目とは裏腹に体内では激しく気を動かしている」


「気を巡らせる?いきなり話が分からなくなったんだが」


「そうか?君はある程度は気を使えるから分ると思うのだが」


「いや、俺にはその自覚は全くない」


「あれで自覚がないのか?」


 美影は心底驚いたように目を見開いた。


「あれでってあの未惟奈との対戦の時のことを言ってるのか?」


「もちろんだ。俺は君の動きはあの時しか見ていない」


「そもそも”気を巡らす”とか簡単に言うけど、美影は気の感覚とか分るの?」


「当り前だろう?本来は訓練次第で誰でも感じることはできる。だからウィリス君の気を察知して攻撃を避けた君なら理解できていると思っていたのだが」


 ウィリス君って誰だよ?普通は未惟奈って呼ぶだろう?……やっぱこいつの感性ちょっとずれてるな。


 まあどうでもいい話だが。


「美影、その”気”ってのはどんな感覚なんだ?」


「人によって違うが、圧力だったり熱だったりすることが多い」


「ってことはかなり”物理的感覚”として感じるってことか?」


「その通りだ。”なんとなく感じる”という程度の曖昧なものではない。ハッキリとした感覚として感じることができる」


 にわかに信じられないが、俺のベースには大気拳があると分った以上、前回美影と話した時のように笑い飛ばす訳にはいかない真実味がある。


 だから”腑に落ちなくても”話を続ける必要があった。


「具体的にはどうやるんだ?」


「神沼がいつもやってる立禅をちょっとやってみてくれないか?」


 教室で、しかも美影とこんなことをやっていれば教室に残っている生徒から奇異の目で見られるのは分っていたが仕方がない。


 俺はいつもやるように足を肩幅に開いて両腕を胸の高さまで上げて”大きなボールを腕で抱えるような”姿勢をとった。


 これが俺がいつもやる立禅の姿勢だ。


「ほう。さすがだな」


「わかるのか?」


「ああ。神沼が今の姿勢をとった瞬間、気は下腹部の”丹田”に集まりまたそこから全身に広がった。」


 美影がまた意味のわからないことを言い始めてしまったので、俺は怪訝な表情を返すことしかできなかった。


「そこまで出来ていて、気の感覚が分からないのがむしろ不思議だな。神沼はよほど鈍いんだな」


「鈍い言うなよ」


 全くそれは俺にとって今、地雷ワードなんだからな?


 ええ、確かに俺は女心がわからない鈍男ですよ。


「何をぶつくさ言ってんだ?」


「ああ、こっちの話……で、美影の見立てからすると俺は何をやればいいと思う?」


「まずは基本通りに”感覚に集中する”しかないだろうな」


「感覚に集中する?」


「――気功で最初にやることはまさに気の感覚を感じることができるようになることだ」


「具体的には?」


「それは俺がここで教えるより、俺が参考にした本があるから貸してやる。おそらく感覚さえわかれば神沼の場合は全身に気が巡ってるのが自分ではっきりと分かるはずだ」


「そんなものなのか?」


「ああ、そうだ」


 まだピンとこない。



「それと美影、気ってのは見えるものなのか?」


「俺は見ることはできない」


「でも俺の身体に気が満ちてるってなんでわかったんだ?」


「俺の場合は圧力を感じることができる。もちろん見えるヤツもいるらしいが、確かなことはわからない」


「じゃあ俺と未惟奈が対戦した時も何かが見えたんじゃなくて圧力を感じたということか?」


「ウィリス君の圧は異常だ。俺は体育館の端にいたがそこでも肌がびりびりするほどの感触がありありと分かった。でも彼女の圧は君も感じていたのではないのか?」


 確かに感じていた。俺は”威圧感”として彼女の圧を感じた。それはあの時に限らず以後彼女と対戦する度にだ……そうか。だとすれば。


「だったら未惟奈も気のトレーニングをすればあの圧力をコントロール出来たりするのか?」


「まあ理論上はな。でもあれだけ強い気を放っているならコントロールはさぞ難しいと思うが」


 なんだか美影のペースに巻き込まれて気付けば随分とぶっ飛んだ話をしていることに苦笑した。


 まあ今日のところはここまでか。




 そう思っていたタイミングで俺のスマホに「通知音」が響いた。


 画面を見るとそれは未惟奈からであった。


 最初こそ、未惟奈とのラインのやり取りはそれはそれでドギマギとしたが最近ではすっかり慣れてしまっている。


 メッセージを確認すると……


『近くにテレビある?』とあった。


 なんだ?


『どういう意味?』


 入力があまり得意ではない俺は、短い返信をした。


『これから生中継で出演するから見れば?』


 なんだよ?自分の売り込みかよ?全く。


『いま学校だから無理だ』


 そう短く返すと、隣にいた美影がそのやり取りを見ていたらしい。


「俺のスマホならTV見れるぞ?」


「いや、別に見なくてもいいんだけど……」


「折角彼女からのお誘いなんだから見ろよ?」


「おいおい!?誰が誰の彼女だよ?」


「違うのか?」


「違うだろ!?相手はウィリス未惟奈だぞ?超有名人だぞ?今だって当たり前のようにTVにでるんだぞ?」


「神沼?そういうことと男女が惹かれあうこととはあまり関係ないと思うが?」


 まあそうだよな。コイツってこういうリアクションするよな。


「それに、近くにいるだけでも羨ましいくらいだ」


 不意に美影が悲しげな顔をした。


 おや?意外だな?もしかして美影も好きな娘いるのか?しかもあまり会うことが出来ないとか?


「美影もしかして遠距離恋愛とかしてるの?」


「遠距離恋愛か……まあ、そうだな距離と言うよりは時間だがな」


「はあ?時間?」


 まさかタイムマシンがどうとかDメールがどうとかいいだすんじゃないだろうな?


 忘れていた。こいつはオカルトマニアだ。話がややこしくなりそうだから、この話題はこの辺りで止めておこう。



 そう話しながらも美影は自分のスマホで、未惟奈が今まさに出演しているという番組を見つけて表示してくれた。


 その映像を見て、どうやらこれからウィリス未惟奈の記者会見が行われるらしいことが見てとれた。


 記者会見?そんなトピックス未惟奈にあったか?


 記者会席にまだ未惟奈の姿はないが、おびただしい数の報道陣の姿が画面に映し出されていた。


 そして画面に表示されていた文字を見て俺は驚愕した。




『ウィリス未惟奈!空手続行宣言!!』




 な、なにやってんだあいつは?



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