サプライズ
俺と未惟奈は結局いつも通りに教室を一緒に出て、春崎須美が待つ校門を目指すことになった。
さすがに毎日の風景なので、未惟奈と二人で歩いていてもすれ違う生徒がいちいち驚くことは無かったが、それでも男子生徒は概ね”ちぇっ!おまえばかり羨ましいよなぁ”という表情をして通りすぎる。
――校舎の下駄箱から玄関口へ出ると、校門前には派手なベージュのスーツを着た女性のシルエットが遠目に確認できた。
さっき春崎さんからラインで「校門着いたよ!」とメッセージが入っていたので、間違いなく彼女だろう。
「未惟奈はやっぱり春崎さんから定期的に取材を受けてるのか?」
「まあね。でもわざわざ会うことはあまりないかな」
「そうなの?」
「電話で話すだけとか、後は面倒だから私のSNSとか勝手にチェックしてもらってる」
「え?未惟奈はSNSやってるの?」
「はあ?やってない人っているの?」
「え?そういうもの?」
未惟奈が憐れむような目を俺に向けたので、俺はこれ以上自分の傷口を広げてしまうことを怖れて余計なことを言うのを止めたのだが……
「私のSNSはカギつけてるから……見たいならフォロー申請しなよ?」
「いや、だから俺はSNSやってないから」
「だからやれっていってるの!!ホント鈍いよね?翔って」
「え!?強制かよ!?」
「強制だよ!?フォロー申請するんだよ!」
えええ!?なんだよ?まただよ?そこまで俺の行動に口を突っ込むのか?
こんな性格して、よく周りの友達は我慢できてるな!?
……いや。
そうか。
そう言えば俺が「友達だから」と言った時に妙に嬉しそうな顔してたけど、今その理由わかったわ。
未惟奈は絶対友達少ないだろう?
もしかしてワンチャン”俺だけ”ってこともあるんじゃないかの?
なんだよ……少し同情しちゃったじゃないか?
「私が友達いなんじゃないか?なんて想像したでしょ?」
またこう言うところは鋭いよな?……ってか気付いてんなら直せよ、その性格。
でもそうやって気にした素振りをするってことは自分でもそれにコンプレックスを感じているってことか。
じゃあ、そこはあまり触れてやらないのがやさしさだな。
でも、毎回これにつきあう俺は相当しんどいよな……
「もう、そんな顔しないでよ」
「え?どんな顔?」
「だから”友達続けるの疲れるな”的な?」
「はあ?何それ?……ハハハハハ」
俺は未惟奈の、まるで子供が不貞腐れるようなしぐさが”ツボ”に入って笑ってしまった。
「な、なによ……そんな笑うことないでしょ!」
そんな会話をしていると俺たちは校門近くに差し掛かっていた。
春崎須美の視界にいつの間にかは二人の姿が映っていたようで彼女は身体をこちらに向けていたが……
良く見ると様子がおかしい。
「ちょ、ちょっと……ど、ど、ど、どういう……こと……なのよ?」
春崎さんは、まるで幽霊にでも遭遇したかのような驚愕の表情をして、動揺しすぎているのか、発するセリフが言葉になっていない。
「春崎さん?大丈夫ですか?」
俺は春崎さんが具合でも悪いのではないかと本気で心配してしまった。
「お久しぶりです、春崎さん」
それなのに未惟奈は全く春崎さんの様子が気にならないらしくむしろ清々しい感じの挨拶をした。
「ど、どうして?どうして未惟奈ちゃんが一緒なの?」
「ああ、こいつがどうしても来るってきかないからしょうがなく」
「また”こいつ”って言った!いいでしょ?どうせ私のために会うなら。私がいた方がむしろ好都合じゃない?翔はいつもいつも考えが浅いんだよ」
「は……はあ!?」
俺が言う前に、春崎さんが先に大声を出してしまった。
「春崎さん!?どうしたんですか?そんな大声だして?さっきからおかしいですよ?」
何なんだこの人?
俺は春崎さんの行動がいちいち分からず当惑していると、また未惟奈があきれ顔で言った。
「翔はホント鈍くて嫌になる。見て分らない?私と翔が一緒だから驚いてるんでしょ?」
「なんで?」
「そ、そうよ!!どうして翔君と未惟奈ちゃんが一緒なの?」
春崎さんが割って入って来た。
「え?なに言ってんすか春崎さん?俺たち同じ高校ですよ?一緒にいてもおかしくないでしょ?」
「だ、だからそうじゃなくて!!なんであなた達がもうそんなに仲良いいのよ?おかしいでしょ?」
「春崎さんどこ見てるの?私と翔のどこが仲がいいと言うの?今だってずっと喧嘩してたでしょ?……いつだって翔とは口論ばかりだよ」
「未惟奈?それはおまえが我を通し過ぎてるからだぞ?はっきり言っておくが、その”お姫様対応”が通用するのは俺だけだと思え?」
「だ、だから!!なんでさっきから二人してバカップルみたいな会話してるのよ!?……もしかしてあなたたち付き合ってるなんて言わないわよね!?」
「はあ!?」
「はあ!?」
さすがに俺と未惟奈は同時に同じ言葉を大声で吐いた。
* * *
俺たち三人は少し移動して、スーパーマーケット敷地内にある郊外型のコーヒーチェーンショップに入った。
コーヒーショップに入ってからも俺と未惟奈の”仲”について春崎さんの追及は続けられた。
「あなた達、どうしてこんなに急速に仲良くなったのよ?」
「仲がいいかどうかはとりあえず置いておくとして、部活説明会で一応対戦した仲でもある訳だし、それに”空手”という共通点もあるでしょ?友だちになる条件は十分揃ってるんじゃないですか?」
俺は”毎日未惟奈と空手の練習をしている”ということは敢えて伏せて話をした。それなのに未惟奈は俺のそんな気遣いを華麗にスルーしてくれた。
「そう、翔と放課後に毎日空手の練習してるからね。二人でいる時間はまあ長いよね」
すると案の定、また春崎さんの顔色が変わってしまった。
「み、未惟奈ちゃん?まだ空手を続けているの?」
「え?そうよ?今言ったでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ?!空手は引退するんでしょ!?」
「ああ、その話はなし。私はこれからも空手続けるから」
「な、なんですって!!」
春崎さんの大声はこれで二度目。しかも今回はコーヒーショップの店内。だから他のお客さん全員から注目される羽目になった。
「春崎さん?さっきから動揺しすぎでしょ?もっと冷静になってくださいよ?いい大人なんだから」
ほんとさっきから感情が全て顔に出てしまう女子高生のようにドタバタしている。だからつい年下の女子をあやすようにそんなことをいってしまった。きっと俺の方が十歳は若いんだけどね……フフフ。
「翔?キモイからそういうのヤメテ」
未惟奈が急に不機嫌になって突っかかってきた。
「え?今度はなんだよ?」
「大人の女性に向かって上から優しい声かけてニヤけてるからよ。ホントキモいから」
また目聡い未惟奈が俺のそんな小さな仕草を逃さずケチをつけてきた。
俺はまた言い返そうとしたが、それより早く春崎さんがカットインしてきた。
「ほら、また!もうやめなよ未惟奈ちゃん?大丈夫だよ。さすがに翔君もこんなおばさんに興味ないから」
未惟奈は”キッ!”とばかりに綺麗な青い目で春崎さんを睨んでから完全にソッポを向いてしまった。
”いやいや、おばさんなんかに見えませんよ?”というフォローを入れるべきだと思ったが、また未惟奈に何か言われそうだったのでその言葉は呑みこんだ。
すると春崎さんが俺の顔を見てニヤニヤとやけに嬉しそうにしているのがなんとも居心地が悪かった。
それにこの人、自分で”おばさん”と言っていたけど結構な美人なので見つめられるとうっかり赤面してしまいそうになるから困る。
「あの、春崎さん?そろそろ本題に入ってもいいでしょうか?」
「ああ、そうだったよね。色々驚き過ぎて忘れてた」
忘れてたって酷いなぁ?
確かに未惟奈が空手を続けるなんて特ダネ仕入れてホクホクなんだろうけど……呼んだの俺だからね?
まあ、でもそんなこととはどうでもいい。俺は気持ちのモードを”空手”に切り換えてまず用意していた最初の質問を春崎さんに投げた。
「春崎さん、気功ってスポーツ格闘技に通用すると思いますか?」
春崎須美の”目の雰囲気”が突然変わった。
どうやら彼女の”マニアスイッチ”が入ったようだ。




